第31話 ダルド様

 俺がチラッと顔を上げた瞬間、ダルド様は腕を大きく振りかぶっていた。


 ……殴られるっ!?!?


「ちょ、ま、まっ……!?」


 俺が命乞いしようとした瞬間、振りかぶられた腕は────


「わっはっはっ! よーく来たなバッド!」


 ダルド様の腕は俺の首に巻き付き、さっきとは打って変わってニコニコした表情の王がいた。


「バッドお前ビビりすぎだろ。あ、ウールさん。俺外で待ってるんでどこか座れるとこありますか?」


「はい。お客様用のお部屋がございますのでそちらにご案内させていただきます」


 そう言ってストローグさんは「じゃ、また後でな」と言って部屋を出ていってしまった。その間、ダルド様の腕はずっと俺の首に巻きついたままであった。


「ちょ、ダルド様……く、苦しいです……」


「あ、すまんすまん。あと様付けなくていい堅苦しい」


 そう言ってダルド様は自分の席に戻って行った。


「いや、でも……じゃあダルドさんで」


「わっはっはっ! それで良い良い。あ、今椅子出すから待っとけ」


 すると、ダルドさんは右手を突き出し目を瞑り、小さな声で何かを詠唱し始めた。数秒後、俺の前に大きなふかふかな椅子が現れた。


「うわっ、すご」


「なーに、ただの引き寄せの詠唱魔法使っただけだよ。ほら、座れ」


「失礼します」


 なんでかは知らないが緊張はもうすっかりなかった。これがしたわれる王ってやつなのだろうか。


「んで、本題に入るぞ。まず、バッドよ。ケルビットの件、本当にありがとう。この通りだ」


「え、あいやいや! そんな頭下げなくても……」


「いや、これが大事なんだよ。俺は助けて貰ったらお礼をする、そう心に誓ってるんだよ」


「でも……」


 正直、俺はケルビットを助けたかったという訳ではなく、ケイトを救いたかったが正解だ。国のためとな王だからとかそんなものは無かったから尚更申し訳い気持ちになる。


「それと、これだ。お礼の品。おらよっ」


「ちょ! いきなり投げないでください……って金貨百枚こんな雑な袋に入れて渡さないでくださいよ!」


「わっはっはっ! すまんな、ちょっとそれしか持ち合わせてなくてな」


 薄い布の袋にびっしりと詰められた金貨を投げられた俺は大きなため息をついてしまった。


「てか、本当に来てくれるとは思ってなかったよ」


「ダルドさんが来れないは無しだって言ってたじゃないですか!」


「わっはっはっ! そうだっけか?」


 チラッとベッドの方を見るとシルフドが寝っ転がって本を読んでいた。なるほど、彼女の性格はお父さん譲りだったのか……大変な国王と繋がりができてしまった気がする。


「でも本当にこれ……貰っちゃっていいんですか?」


「なーに心配するな。ケルビットを助けたからって訳でもないしな。あいつの行動、俺は知らなかった。その詫びでもある」


「詫びって言っても……するべきは俺じゃないんじゃ」


「そこんとこは大丈夫だよ。ライトにも娘にも金貨渡してるからな」


「じゃあ尚更俺にあげる必要ないじゃないですか!」


「わっはっはっ! 最近はおもろいやつばっかだな。この前タラントが襲われた時、助けてくれたやつが居てな。そいつに金貨をあげるって言ったら要らないから俺の下に付かせてくれって言ってきたやつもいてな。席だけでもいいからって」


 まぁ、何となくだが。ダルドさんは度を越えていい人なんだ。だからこそこの馬鹿さ加減なのかもしれないけど……


「ケルビットのやつもな、昔は良い奴だったんだよ」


「そう……なんですか……?」


「あぁ。必死に俺のために働いてくれててな。それを認めてライトに紹介したんだ。今思えば自分の立場の為だけにやってたのかもとか思えるけど……」


 ダルドさんは笑いながら言った。


「───後悔はしてない」


 その表情には嘘はなく、そして裏表もない純粋な表情であった。


 ケイトの父親がどんな人だったのか。興味もない。でも、ダルドさんの表情を見ているとこの前の事件が嘘のように思えてしまう。


「と、まぁ今日はこんな話をするために呼んだわけじゃないんだよ」


「と言いますと?」


 俺が聞き返すとダルドさんは「シルフド」と彼女を手招きして呼び寄せた。

 その手招きににへらと笑い、ベッドから飛び降りてこっちに小走りで近付いてくるシルフド。


「シルフドの口から言ってもらうとするか」


「ほう……?」


 シルフドがニコニコしながらこちらへと向かってくる。そして、手を伸ばせば届く位置にまで到着した彼女。


 彼女の口から飛び出した言葉とは。


「バッド! この宮殿で一緒に暮らしましょっ!!!」


「……?」


 俺の思考が止まる。


「……は!?!?」


 理解が追いついた瞬間、また理解は追いつかなくなり、変な声しか出せなかった。

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