第6話 遅刻

「とりあえず様子見で明日の昼までは入院ね」


 どうしてこうなった……

 俺はあの大男に無理やり連れて行かれた病院の病床で寝ている。


「明日の昼まで入院って……待ち合わせ間に合わない!?」


 そう。明日はケイトとの待ち合わせの日。

 明日行かなければ俺は確実に彼女と疎遠になる。


 やばいやばい! 決めたばかりじゃないか!

 あの男……許さん! 次会ったら鼓膜破れるまで説教してやるからな!!


「バッド! 大丈夫なの!?」


「あ、お母さん。俺は全然大丈夫だよ」


 話を聞き付けたお母さんがお見舞いに来てくれた。お見舞いと言っても俺は全然ピンピンなのにな。


 事情をオブラートに包みながら説明し、持ってきてくれたフルーツを食べた。


「じゃ、ここに着替え置いておくからね。明日気をつけて帰るんだよ。お母さん明日はお休みするから」


「うん。ごめん迷惑かけちゃって。ありがとう」


 そうしてお母さんは帰って行った。

 はぁ……迷惑かけたなぁ……


 しかも、明日間に合うかなぁ……


「今グズグズしても仕方ないか。明日起きて考えよ」


 やることもない俺はかなり早めに眠りについた。


 ☆☆☆


 翌日。俺は退院した。

 そして、時間は無い。


「やばいやばいやばい!」


 手続きにてこずった俺は30分程遅れて病院を後にした。


 現在時刻は多分1時40分くらい。

 ただいま30分程遅刻している。


 走れ走れ俺! 会えさえすれば事情を話せる……ん?


 バゴーーン!!!


「うわぁ!! なんだ!?」


 目の前に大きな砂煙が起こる。俺の目の前に何かが降ってきたのだ。


 それは……


「モン……スター?」


 気が付くと同時に周りから悲鳴が上がる。


「に、逃げろーーー!!!」


 俺と同じ方向に向かって歩いていた周りの人達は、すぐさま回れ右をして走り出した。


 でも俺はこんなとこで回れ右なんてできない。なんでかって? この道が彼女の所への最短距離だからだ。


「このクソモンスター! 邪魔だどけ!!!」


 右手を前に突き出し、魔力を貯めながらモンスターに向かって走り出す。


「ぐへぇ」


 魔法なんて出る訳なかろう。呆気なく尻尾で吹き飛ばされてしまった。

 クソ! 情けねぇ……痛てぇ……


 羽の付いた大型犬のようなモンスターは、俺を完全にロックオンした。


 やばい。逃げなきゃ。じゃないと死ぬ! 本能がそう言ってる。早く立たなきゃ!!!


「動け! 動けよ俺!!」


 完全に腰が抜けてしまっていた。痛むお腹を抑えることしか出来ない。


 そんな状況でも、モンスターは吠えながら近ずいてくる。


 怖い怖い死にたくない死にたくない。

 ……あ、終わった。2回目もあっさり。


 振り下ろされた尻尾を確認してから俺は目を瞑った。


 ガキン!!


「!?」


 大きな金属音に驚き、目を開ける。

 そこには見覚えのある、あの大男がいた。


「あ、あんたなんか見た事あんな。忘れちまったけど」


 チラッと俺の方を見た大男はフッ、と尻尾を弾き、走り出した。


「おらよ!」


 ジャキン! っと2つの羽を切り落とし、最後には首をスパン! っと切り落とした。


 剣に付いたモンスターの血を払いながら、大男は俺のほうに近づいてくる。


「あんた、大丈夫か……ってあんた昨日の子どもか! あの汚ねぇ色した魔力の」


 あれ……? 俺バカにされてない?


「そうですけど……なんですかその汚ぇなんちゃらって」


「モンスターと同じ感じの色してんだよ、あんたの魔力」


 モンスターと同じ? 俺は人だぞ! さすがに!


「それって……何が悪いことあるんですか?」


「多分だけど魔法を使うのは難しいだろうな。他の人と比べたら。あと、さっきのモンスターもあんたの魔力に釣られて来たと思うぜ。モンスターの魔力は引き寄せ合うって言うしな」


 このモンスターはダンジョンから出てきてしまったモンスターらしい。クエストを放棄した冒険者が逃げ出し、それを追いかけて外に出て来てしまったという。


 そして俺はモンスターの魔力と同じ色? 本当にそんなことあるのか?


「ま、俺も魔法使えねぇけどな。ほら早く立て邪魔になるぞ」


 でも、魔法を使えないって言われたってことは……一理あるな。


 そのせいで洞穴にもモンスターが湧かなかったのか?


 てか……この人強い。恐らくさっきの動きの中で見えていなかったが、魔法も使っていた。


 ……ん? いや待てよ。今この人魔法使えないって言ってなかったか?


 ビビッときた。持っている剣の周りから感じる魔力。この人になら……


「どうされましたか!」


「あ、こいつ倒しといたから。後処理はよろしくねー」


 大男は遅れてやってきた警察にそう伝え、その場を去ろうとした。


 腰が抜けている俺は気合いで立ち上がり「待ってください」と声を振り絞った。


 ピタリと大男は止まり振り返らずに待っている。そこにゆっくりと歩いて向かう。


「俺に……俺に! 貴方の力教えてください!!」


「……」


 一言目は無視された。ここを逃したら間違いなく俺はずっと弱いままだ。何故だかそう思ってしまった。


「僕も魔法が使えないんです……!」


 小さな声で嘆いた。一か八かの賭けだ。未成年の魔法使用未遂発言だ。でも、それしか自分の中に手が無かった。


「……それでも。強くならないといけないんです……!」


 俯いてそう言い放った瞬間。優しく大きな手が俺の頭にポンッ、と乗っけられた。


「……俺の名前はストローグだ。よろしくな」


 相当やばいこと言っちゃったけど……何とかなりそうだ。


「ば、バッドって言います! よろしくお願いします!」


「ん、まぁ、俺もタダでとは言わねぇぞ……」


 ……あ、忘れてた。


「話は明日でお願いします!!! ちょっと予定があって!!! 同じくらいの時間にまたここで!!!」


 俺はストローグさんを置いて走り出した。

 頼む頼む頼む……まだ居てくれよ……!!!


 後ろから「おい!」と叫び声が聞こえた気がしたが今はそれどころではなかった。


 ☆☆☆


 ここを曲ったら……


 ……あ!


「ケイト!!」


 もう帰ろうか、と言わんばかりに歩き始めていたケイトを見つけ、叫んだ。


 何度も何度も、ケイト、ケイトと叫び走った。


 周りからの目線が痛い。恥ずかしい。でも、これでいい。


 走ってケイトの元へとたどり着いた俺は、へとへとになって膝に手をついてしまっていた。


 はぁはぁ、と上がる息を何とか押さえ込み、驚いた表情で振り返ったケイトと目を合わせる。


「……もう。静かにしてよ」


 ケイトは安心したように微笑んだ。

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