第12話 学校まつりとカマイタチ
次の日から、アタシは
保健委員の仕事はちゃんとするけど、放課後に保健室に一番乗りすることはなくなった。
曜子先生に話しかけられても、言葉少なに「はい」と答えるだけ。
曜子先生は何も言わないけど、悲しそうな顔をしているのはわかる。
アタシは胸がぎゅっと苦しくなったけど、自分は何も悪くないと言い聞かせた。
「
「……別に。安倍くんには関係ないでしょ」
「ええ? そんなことないだろう? 俺たち、友だちじゃあないか!」
「
「すまない、春風さん。清明のことは気にしないでくれ」
「……渡辺くんも安倍くんも、いいよね。二人はオバケと戦う力、あるんだもん」
アタシがムスッとした顔で二人をにらむと、二人ともキョトンとしていたのだ。
「これはこれは、まだ
「だってさ、アタシは二人より先に曜子先生といっしょにオバケ事件を解決してきたのにさ……」
アタシは思い出すとムカムカして、頬をぷうとふくらませた。
「これは……まいったな……」
渡辺くんは申し訳なさそうな顔をしているが、安倍くんは反対に面白そうに笑っているだけ。
「まあまあ、とりあえず、一度、八雲先生と話し合いしたほうがいいよ」
「でも……今さら話しかけられないよ」
「ちょうど絶好のタイミングがあるじゃないか」
安倍くんの言葉に、アタシは首をかしげる。
「近々、学校まつりがあるだろう? 先生といっしょに回ればいい」
学校まつりは、生徒たちがお店を出して、そこに学校の外から、よその人たちが集まるイベントだ。
お店は食べ物屋さんや自分たちのクラスで作った図工作品の展示などが多い。
「そうと決まれば、善は急げだ。俺たちから先生に伝えておこう!」
「えっ、ちょっと待ってよ!」
「待たない。春風さんはどうせ誘わないんだろう? だったら、俺たちがおぜん立てしてやらないとね」
「……というわけだ、春風さん。あきらめろ、清明はこういう時、人の話を聞かない」
「待ってってばー!」
アタシは結局、二人を追いかけて保健室まで来てしまったのだ。
「え? こころちゃんがいっしょに学校まつりをまわろうって?」
曜子先生はびっくりしていた。
これまで、先生を避けるような行動をしていた生徒が突然そんなお誘いをしたら、まあこの反応になるだろう。
「いいの、こころちゃん?」
曜子先生は、期待と不安が入り混じったような顔で、アタシの顔をのぞきこむ。
先生のきれいな顔が近づくと、ドキドキしてきた。
「……は、はい」
アタシは顔を真っ赤にして、ぷいと目をそらす。
「先生といっしょに、学校まつり、行きたいです」
「……ありがとう、こころちゃん」
先生の声には安心感がにじんでいた。
「べっ、別に先生のこと、許してませんからね」
「そんなツンデレみたいなこと言われてもなあ」
「安倍くんはちょっと静かにして!」
保健室の中には笑い声が響いたのだ。
***
そして、十月の学校まつり。
アタシのクラスは、教室で図工作品の展示をしている。
五年生までずっと学校まつりをやっていると、最初のうちは食べ物屋さんで張り切ってお店をやろうとするものだが、何度もやっているうちに、六年一組のみんなは自分たちでお店を開くより、友だちとグループで他の店に食べに行ったほうが楽しいことに気付いてしまったのだ。
委員会への立候補と同様、六年一組はどうにもやる気を感じられないクラスだった。
でも、そのおかげで、アタシはお店番のことを気にすることなく、曜子先生といっしょに学校まつりを見て回ることができるというわけ。
「どこを見て回りましょうか。こころちゃんの好きなところでいいわよ」
「どうしよっかなあ……」
アタシは曜子先生といっしょに学校を回れるだけでも充分幸せだった。
るんるんとしながら、学校の出店のマップをふたりでながめる。
「あっ、チュロス! チュロス食べたいです!」
「じゃあ、行きましょうか。はぐれないように、手をつなぎましょう」
曜子先生の手は柔らかくて温かい。
……たしかに、学校の中はいつもより人が多くて、迷子になったら大変なんだけど、学校の先生と手をつなぐのは、ちょっぴり気恥ずかしかったりする。
「――おや、もしかして八雲くんじゃないか?」
曜子先生は、自分の名前を呼ぶ男の人の声に、ピタッと足を止めた。
「あら、
「君は相変わらず、あの頃から姿がまったく変わってないな。さすがといったところか」
曜子先生の知り合いだろうか、と見上げているアタシに、曜子先生がくすっと笑う。
「こころちゃんも、この人のこと、見たことあるんじゃない?」
そう言われて、じっと男の人の顔を見つめた。
鼻の下にヒゲをたくわえている、短い髪のおじいさん……。
「……あ! もしかして、玄関に飾られてる校長先生……?」
「あの銅像、まだ飾っていたんだな。そう、私は交通事故にあった八雲くんを助けたことがあってね。春風こころさん、君の活躍も八雲くんから聞いているよ」
車にはねられたキツネのオバケ、曜子先生を助けたという、当時の校長先生、それがこの対馬先生なのだろう。
「お久しぶりです。お元気そうでなによりですわ」
「そういう君こそ、保健室の先生、頑張っているようだね」
「おかげさまで」
曜子先生は命の恩人とのお話に夢中みたい。
……別にいいんだけど、このままだと学校まつりが終わるまで、ずっとおしゃべりしてそう。
ちょっとつまらないな、と思いながら、廊下を見ると、なんだか向こうがさわがしい。
「わっ……! すごい風!」
外から吹き込んできたらしい突風が、ろうかを駆け巡るように吹き抜けた。
でも、この風、ふつうの風じゃないみたい。
風が通り過ぎたあとは、おまつりの飾りつけがなにかに切りつけられたみたいにズタズタになっている。
ハッとなにかに気付いた曜子先生が「お話の途中、すみません。少し厄介ごとが起きているようです」と対馬先生に声をかけた。
「かまわないよ、行ってきなさい」
「ありがとうございます。こころちゃん、対馬先生といっしょにここに残って――」
「アタシも行きます。仲間はずれにしないでって言ったでしょ」
ぷう、とほほをふくらませたアタシに困った顔をする曜子先生。
「八雲くん、もう少し生徒を信じてあげたらどうかね」
「しかし、生徒を危険な目にあわせるわけには……」
「それじゃ、渡辺くんや安倍くんを巻き込んでる説明にならないんですけど!」
曜子先生は対馬先生とアタシに挟み撃ちにされて、タジタジになっているようだ。
「……わかりました。こころちゃん、私から離れないでね」
「はいっ!」
アタシは、曜子先生としっかり手をつないで、風を追いかけた。
ろうかを走り抜ける風は、人にはケガを負わせていないけれど、飾りつけをザクザクと切り刻んでいく。
まるで、風に人格が宿っているみたい。
「あれは、カマイタチっていうオバケだわ」
「カマイタチ?」
「風に乗って、人やものを切っていく妖怪ね。切られても痛みがないから、傷を見るまで気づかないことも多いわ」
それが、なにかのひょうしに学校の中に入り込んでしまい、イタズラをして回っているということなのだろう。
「先生、どうしたらいいですか?」
「そうね……なんとかこっちにおびき寄せて、窓から外に出してあげないと」
「わかりました! 先生はここの窓を開けていてください」
曜子先生は廊下のつきあたりにある窓を全開にする。
アタシはすうっと息を吸って、大声を出した。
「やーい、やーい、バカイタチ!」
すると、風は方向転換して、アタシたちのほうへ吹いてくる。
――稲や雑草を刈るのに使うような小さな鎌を持った、イタチのようなオバケが、アタシに向かって飛んできた。
そのまま突っ込んでくるカマイタチに、アタシはぶつかる寸前でしゃがみ込む。
カマイタチはつきあたりの窓から、ひゅうっと外へ飛び出していった。
曜子先生はすぐさま窓を閉めて、「ふう……」とため息をつく。
「まったく、こころちゃんはいつも無茶をするんだから……」
「えへへ。でも、これで解決ですね!」
「あはは。やっぱりふたりは息ぴったりだね!」
そこへ、廊下の向こうから、チュロスを食べながら歩いてくる男の子二人組。
「あっ、安倍くんと渡辺くん!」
「やあ、春風さん。八雲先生とはバッチリ仲直りできたみたいでなにより」
のんきに手をふっている安倍くんに、曜子先生はしかめっ面をしていた。
「……安倍くん。今のカマイタチ、もしかして……」
「はい。二人が仲直りできたらいいなと思って、ちょっと仕込みました」
安倍くんの思わぬ言葉に、アタシはびっくり。
「あのカマイタチ、安倍くんが呼んだの!?」
「式神として従えているやつを、
安倍くんは人の形をした紙を人差し指と中指で挟んで持ち、ニコッと笑う。
「まったく、人騒がせなんだから」
「でも、先生もわかってくれたでしょ? 春風さんも、妖怪退治のために役に立ってくれるんですよ」
「あまり危ないことはしてほしくないんだけど……でも、わかってるわ。こころちゃんは、
曜子先生は、アタシの頭を優しくなでてくれた。
「そうですね。春風さんのそういう優しい心、僕たちみたいな『まず妖怪を倒して鎮める』みたいな思考回路では到底出てこない発想だと思います」
渡辺くんにもほめられて、アタシはなんだか照れくさくなってしまう。
「じゃあ、もう仲間はずれにしないでくださいね」
「ええ。改めて、これからもよろしくね、こころちゃん」
曜子先生はニッコリと笑って、「でも危ないことはしないでね」と念押しした。
こうして、学校まつりの騒動はおさまったのである。
〈続く〉
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