29、森に捨てられていた妖精
プリンツェッスィンのお腹も大きくなり、あと数週間で生まれるだろうと医師からも言われる。
出産に備え、プリンツェッスィンは大人の姿になるようになった。やはり幼い体では出産が無事出来ない可能性もあるからだ。
「あれ? お母様とお父様は?」
「東の森奥に魔物討伐に出かけられたとか。あら。ブラート、シストラー、もうお腹すいたの?」
午前のキラキラとした光が部屋に注ぐ部屋には、赤子の鳴き声が響き渡る。身重のプリンツェッスィンの話し相手は出産し終わったばかりのシャイネンで、グレンツェンとの間に双子の男女の赤ちゃんを授かった。
よしよしとあやしながらお乳をあげるシャイネンを見て、プリンツェッスィンも早く我が子と対面したいと更に思うようになる。
「早くあなたに会いたいわ……」
そして優しく、膨らんだお腹を撫でた。
◇
「ツェスィー見ろ! 僕の子だよ!」
部屋にいきよいよく入ってきたゲニーがプリンツェッスィンにまだ生まれてまもないであろう赤子を差し出す。
受け取った赤子の頭髪はまだ産毛のようで、微かに青みがかかった黒髪であった。そしてパッチリとした目は金色に輝いている。幼いながらになかなかの美形の赤子を見てプリンツェッスィンは青ざめた。
「……まさか! お父様?!」
「へ?」
「最低です!! お父様の良いところはそこだけなのに!」
「は?」
手に烈火のごとく燃え上がる炎の玉を生み出したプリンツェッスィンはゲニーに投げつけようとする。
「ちょ、ちょっと待て! ツェスィー何か誤解し」
ゲニーが言い終わる前にプリンツェッスィンは父親に向けて猛火を投げつけた。
「ツェスィー! 違うの!」
そこにアンジュが現れ、夫にシールドを張り守る。
「ツェスィー、ちゃんと聞いて! その子は東の森奥で拾った子なの! 魔力量がとんでもなく高かったから私とゲニーで育てることにしたのよ!」
そう母親に言われ、プリンツェッスィンも納得した。確かにその赤子からは何やら強い魔力の波動を感じるのだ。
言い争いをしようとしてたプリンツェッスィンたちを見て、赤子はキャッキャッと面白そうに笑い出す。
プリンツェッスィンの指をさし伸ばすとその子はキュッと可愛く掴み楽しそうに笑うのだ。
「……可愛い! この子は女の子ですか?!」
「ああ、そうだよ」
ゲニーも疑いが晴れてほっとした表情をする。
「可愛い……。ん〜、いい子でちゅね。私はプリンツェッスィンよ」
拾い子を可愛がる娘を見て、アンジュもゲニーも微笑ましく思った。
「お父様!!」
赤子を可愛がっていたプリンツェッスィンがいきなりゲニーに真面目な顔を向ける。
「な、なんだ?」
一瞬怯んだゲニーはプリンツェッスィンの要望は何かと問うた。
「この子は私とヴァールお兄様の子として育てていいですか?! お母様が育てるより、お乳が出る予定の私が育てた方が良いと思います!」
真剣な顔をしてお願いをする娘を見て、アンジュとゲニーはお互いの顔を見合う。そして口を開いた。
「ちゃんと責任もって育てろよ」
「産まれてくる子と差異がなく育てるのよ?」
「分かってます!」
プリンツェッスィンは両親に笑いかける。ゲニーもアンジュも納得したように微笑み返した。
暫く赤子をあやしていたプリンツェッスィンがいきなりピタリと固まるのを見たアンジュは娘の様子を伺う。
「どうしたの?」
「いえ……。今、この子に誓ってたんです。母としての約束事ですよ」
にこりと笑うプリンツェッスィンを見てアンジュも安心した。
その日の夕飯後、夫婦の部屋に着いたヴァールは赤子を抱いてるプリンツェッスィンから今日あったことの説明を受ける。
「ってええ?! 僕が居ない時に凄いこと決めたね?!」
「兄様、ダメでしたか?」
「いや、ダメじゃないよ。その場にもし僕がいても賛成してたから、大丈夫」
ヴァールは優しい目でプリンツェッスィンを見つめ、微笑んだ。
「この子の名前どうします?」
「そうだね、女の子だから……」
ヴァールはうーんと腕を組み悩みまくる。
「シュヴェスターはどうですか?」
「えっと、姉って意味の?」
「はい!」
「ちょっと安直過ぎない?」
「兄様は反対なんですか?」
愛する妻からうるうると潤んだ瞳で訴えかけられ、ヴァールも降参を余儀なくされた。そして降参するように笑い、口を開く。
「じゃあ……もしお腹の子が男の子だったら、その子はブルーダーかな?」
「ふふ。弟ですから、そうなりますね」
夫婦が笑いあっていると、先程名付けられたばかりのシュヴェスターが泣き出した。
「お腹がすいてるのだと思います!」
「ツェスィーまだお乳出ないけど、どうするの?」
「出るまでは粉ミルクです!」
ドヤ顔で説明する愛する妻が可愛すぎて、ヴァールは吹き出し笑い出す。
ミルクを飲ませてもらったシュヴェスターはうとうととし、すやすやと寝てしまった。
「暫くは寝ててくれるかと」
「本当に可愛いね。森にいたから妖精さんかな?」
「……そうですね」
「どうしたの?」
少し考えたような顔をしたプリンツェッスィンを見てヴァールは心配そうにする。
「いえ。この子に誓ったことを思い出しただけです」
「ツェスィー、隠し事はなしなんじゃ?」
ヴァールは少しだけ頬を膨らまし、納得しない顔をした。
「女と女の約束事は隠し事ではありません」
「そ、そうなの?」
プリンツェッスィンは首を横にフリフリと振り、ヴァールは妻の発言を飲むことにする。
「そうですね……。この子がお嫁に行ったら話します」
「かなり先だね」
「分かりませんよ? 素敵な王子様がすぐ迎えに来てしまうかもしれません」
「ふふ、そうかも。幸せになって欲しいね」
二人にツンツンと頬を優しくつつかれたシュヴェスターは、むにゃむにゃと静かな吐息を立てて眠るのだった。
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