第13話 熱
ライアン王子がメルヘンチックなカフェテリアを使わなくなり、エミリーとクロエと以前のように集まるようになった。
まもなく発売される新作ロマンス小説について語り尽くしてミルクティーで喉を潤していたら、エミリーが思い出したように口をひらく。
「そういえば、王子とアンナ様は最初から付き合っていなかったみたいよ」
「えっ」
「このカフェテリアで待ち伏せしてアンナ様に一緒にいるように迫っていたそうよ」
「ええっ」
ロマンス小説のような2人が付き合っていなかったというまさかの事実に驚きを隠せない。
「アンナ様は王宮魔術師を目指して、朝早くから放課後まで勉強に励んでいると聞いているわよ」
はじめて聞くことばかりで目をぱちぱち瞬かせてしまったけど、アンナ様がいつ職員室に行ってもアレックス様と熱心に話している理由がわかってうなずいた。
「ねえ、2人は卒業パーティーのドレスはどうするか決めた?」
「わたくしは、ブルーサファイアのネックレスで青を取り入れようと思っているの」
「わあ、すてきだね……!」
ポミエス学園の卒業パーティーにはドレスコードが決まっていて、総合科は青色、魔術科は黒色、騎士科は赤色、薬師科は緑色のものを身につける習わしがある。わたしのドレスはアレックス様が青色の糸からこだわったものを贈ってくれた。
「ソフィアはどうするの?」
「わたしは空色のドレスだよ」
「パステルカラーは色白なソフィアにとても映えそうね」
「卒業といえば、今年の首席はだれかしらね?」
「そうねーーレオナルド様かアンナ様、もしかするとジョセフ様じゃないかしら」
首席に選ばれた人は卒業パーティーにクラス担任と入場する決まりなので卒業が近くなると毎年ポミエス学園の首席は誰だろうと話題にのぼる。
このあとも卒業パーティーのことを話しながら楽しいお茶の時間を過ごした。
◇◇◇
冬休みに入ると雪がちらつく寒い日が続く。
明日から年末までみっちり仕事が詰まっているアレックス様がコリーニョ伯爵家に足を運んでくれた。
「明日からソフィーに会えなくてつらいよ」
はあ、とため息をつくアレックス様がなんだか子どもみたいで思わず笑ってしまう。
「さみしいのは僕だけなのかな?」
しっとり濡れた黒い瞳にのぞき込まれた途端、わたしの心臓は大きく震えてどきどき高鳴って、たれ耳はぷるぷる震えはじめる。
アレックス様の膝の上で見つめあう。
端正な顔立ちは見惚れるくらいに格好よくて、仕事もなんでもできて難しい魔術をあやつるのに、いつもわたしにとびきりやさしい。
こんなに素敵な人がわたしの婚約者で、好きだと言ってくれて、こんなに甘やかしてくれるなんて奇跡としか思えない。
ぴょん、と跳ねてアレックス様に抱きついた。
「アレク様と会えないとさみしい……。今日は来てくれてすごくすごくうれしい!」
「ソフィーは本当にかわいいよね。しばらく会えないから
「う、うん……。で、でも、恥ずかしいから、うさぎ吸いは少しだけ、だよ?」
嬉しそうにふわりと笑ったアレックス様がふわふわなたれ耳に顔をもふんとうずめて息をゆっくり吸い込み深呼吸を繰り返しはじめる。
アレックス様から仲のいい婚約者は『うさぎ吸い』をすると教えてもらったばかり。
「ソフィー、本当にすごく癒されるよーー…」
アレックス様の言葉に、これから忙しくて大変になるアレックス様を少しでも癒すことができている嬉しさと恥ずかしさで、たれ耳がぷるぷる震える。
うさぎ吸いは匂いだけではなく撫でまわすものらしく、たれ耳を撫で、ふわふわな髪を梳き撫でていく。まるい尻尾も縞模様の尻尾ですりすり撫でるから身体がぴょんぴょん跳ね上がってしまう。
「ん、んん、……も、くすぐったい、よ……」
最近のアレックス様はうさぎ吸いがすごくお気に入りみたいで身をよじっても力強い腕や尻尾に抱きしめられてしまう。
たれ耳をぺろんとめくって、やわらかな内側までうさぎ吸いをされるのが、すごく恥ずかしくて体温がどんどん上がっていく。ふにゃりと力が抜けてアレックス様の胸にしがみついて息があがって涙目になったあと、今度は甘いキスに変わった。
◇◇◇
冬休みが終わり卒業を控えた残り少ない魔術の授業の日、いつものようにアレックス様のいる職員室へ向かう。
魔術科の建物が見えてきて視線を何気なく窓にうつした途端に、わたしはわたしの目を疑った。
アレックス様とアンナ様が抱き合っている――…
まばたきするのも忘れて抱擁をしているアレックス様とアンナ様を見つめていると、アンナ様がはにかみながらゆっくり離れていく。
アレックス様とアンナ様が歩きはじめて見えなくなっても、わたしはたった今見た光景が信じられなくて呆然と立ち尽くした。
そのあと寮までどうやって戻ったのかわからない。
自分のベッドに潜り込んで目をつむると2人の抱擁を思い出してしまって、どうして? なんで? が頭の中をぐるぐるまわり続けて、ちっとも解けない難問の答えを頭も身体も拒否するみたいに熱が上がっていく。
気づいたら身体が熱くて力がうまく入らない。なんとか薬を飲んで目をとじれば意識がゆっくり沈んでいった――
「……アレクさ、ま。ど、うして……?」
目を覚ましたらアレックス様が部屋の中にいて、わたしはまだ夢を見てるのかと思いながら掠れた声でつぶやく。熱でぼやける瞳をアレックス様に向けて首をこてんと傾げた。
「ソフィー、大丈夫かな? 熱があるの辛いよね」
アレックス様の黒い瞳に心配そうに見つめられる。辛そうに眉を下げて、いつものようにわたしに手を伸ばす。
「や、……やだ……っ」
その手がたれ耳に触れそうになった途端、拒否していた。
アレックス様の手がぴたりと止まる。
「あ、あの、アレク様にも、風邪がうつっちゃうから、だ、だめ……」
「そんなこと気にしないでいいよ。僕にうつしてソフィーの熱が下がるなら、うつしてほしいくらいだよ」
ふわりと笑ったアレックス様の手がもう一度伸びてきて。
「やっ……! やだ、さ、さわらないで……っ!」
わたしのたれ耳がぶわっと逆立つ。
アレックス様とアンナ様の抱擁が頭をよぎる。わたしに触れようとするその手は先ほどアンナ様を抱きしめていたと思ったらもうだめだった。アレックス様の手に触れられるのを身体がいやがる。
ぶわっと膨らんだ逆立つたれ耳がぶるぶる震えはじめてアレックス様を拒むのを止められない。
アレックス様が驚いて目を見開いたあと、ゆっくり手をおろす。
「ソフィーの嫌なことはしないから大丈夫だよ。さわらなければ、ここにいても平気そうかな?」
わたしが拒んだのにアレックス様が怒っていなくて、わたしのせいなのに、ほっとしてしまう。こくんとうなずくとアレックス様も安心したように表情をゆるめた。
「つめたい林檎のすりおろしなら食べれるかな?」
「……うん」
「ソフィー、自分で起き上がれる?」
「……うん」
「食べさせてもいい?」
「……うん」
幼い頃に知恵熱を出した時と同じようにスプーンに掬った林檎のすりおろしを口もとに運ばれる。ぱくりとスプーンを咥えると喉をつめたい林檎が通り抜けていく。
「おいしい……」
「うん、よかった。もっと食べるかな?」
「うん」
わたしが眠たくなってきたことに気づいたアレックス様から横になるように勧められる。
「ソフィーが眠るまで、ここにいてもいいかな?」
「……うん」
「おやすみ、ソフィー」
アレックス様のやさしい声にまぶたをとじる。
アレックス様に渡されたいつも飲んでいた薬と魔術でひんやりさせたタオルが心地よくて、すぐに眠りに誘われた。
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