第2話

 ピチャンとおれの頬に温かなものが触れる。


 まさか、自分が食われている場面で目を覚ますとは思わなかったな。どこから食われてるんだろう?


 でも、全然痛くないぞ?


 必死に目を開けると、ぼんやりとした輪郭がだんだんはっきりしてくる。


「目が覚めましたか!?」


 まさに、鈴を転がすような可愛らしい女の子の声に、わが目を、そして耳を疑う。そしてそのまあるい瞳からは、あたたかな涙がこぼれていた。


「ああ、ムリに起きないでください。きみはシケた海に投げ出されてしまったのです。海水もたくさん飲んでしまいましたので、まだ声が出にくいかと思うのです」


 本当に可愛らしい女の子だ。おれたちは、波の比較的かぶらない岩礁にいた。彼女がおれを、ここまで運んでくれたのだろうか?


 って、彼女、水着姿じゃんっ!!


 くぅ〜。ピンク色で裾がスカートみたいにヒラヒラしたワンピース型の水着の上に、純白の薄手のパーカーがよく似合うっ。


 きみは、人魚なの?


 だけど、おれは声が出なくて。


「いいえぇ!! 人魚様だなんて、おこがましいです!! わたくしは――、わたくしのことは、イーちゃんとでも呼んでください」


 なのにちゃんと、おれの考えていることを読み取ってくれた。


 人魚じゃないなら女神かな?


「もう! 女神様に失礼ですよっ」


 可愛らしいイーちゃんは、おれの鼻先を指で弾くと、ふふふっと楽しそうに笑った。


 そっか。なら、イーちゃんはイーちゃんでいっか。


「はい。それでお願いしますね。それでは、わたくしたちの間に伝わる万能薬を飲んでもらいます。ですので、ほんの少しだけ、わたくしの足に頭を乗せてもらってもよろしいですか?」


 うん、いいよ。ってこれ!? 膝枕じゃんっ!! しかも水着だから、生太もも!!


「そそそそそそそんなっ!! そのような破廉恥なことを言わないでくださいっ!?」


 イーちゃん、顔真っ赤。いいよ。おれ、イーちゃんを信じるから。どんな薬でも飲むから。


「では、あらためて。口を開けてください」


 穏やかでゆっくりした口調のイーちゃんに癒やされる。


 まさか、口移しで飲ませるつもりか、なんてくだらないことを考えていたら、さすがに笑われた。


 できる限り口を開けて、イーちゃんが言うところの薬湯を飲む。少しずつ、少しずつ。


「また眠くなるかもしれませんので、ゆっくりとおやすみくださいね」


 その言葉の通り、おれはイーちゃんの膝の上で優しい歌声を聞きながら、だんだんと眠りに落ちていった。


 つづく

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