Day12 チョコミント
アパートの最寄りのコンビニで、201号室の住人に出くわした。
目立つ人だ。三十代くらいの男性で、柔道でもやっていそうながっちりした体つきをしている。わりあい強面の方だが、わたしはわりと好きな顔立ちだ。
先方もどうやらこちらを見分けたらしい。「ああ、104号の」と言って会釈をし、手にとったチョコレートをカゴの中に入れた。
ミントグリーンのパッケージには、アイスクリームのイラストが印刷されている。チョコミントアイスをそのままチョコレートにした、という感じの商品だろうか。わたしが一生手を出さないやつだ。あのスースーする感じがどうにも苦手なのだ。
「甘いものが好きなんですよ、似合わなくて恥ずかしいんですけど」
201号室の男性は、言い訳するようにそう言って少し笑った。
「恥ずかしくなんかないですよ」
「そうですか?」
どちらかと言えば、右手の指を骨折してギプスをはめているというのに、カゴに缶チューハイのロング缶を三本も突っ込んでいるわたしの方が恥ずかしい気がする。
201号氏とは、コンビニを出るタイミングもかちあってしまった。こちらを見るなり、
「持ちましょうか?」
と言って近寄ってくると、わたしの膨らんだレジ袋をひょいと持ち上げた。
「えっ、いやいや、いいですよ」
「ケガされてるでしょ。どうせ同じ建物に帰るんだし」
好みのタイプの男性に、家まで酒とコンビニ飯を運ばせることになってしまった――ラッキーだけど、やっぱり恥ずかしい気もする。せめていつもよりおしとやかにと静かに歩いていたら、突然、
「104号室って、何か出ますか?」
と尋ねられた。
「へっ?」
「すみません、急に。気になってしまって。有名じゃないですか、うちのアパート」
そう、有名なおばけ物件なのだ。すべての部屋に幽霊が出ると、もっぱらの評判である。
「ああ、うちはなんか、天井に出るみたいで。でもわたし自身は見たことないんです」
わたしは幼い甥っ子や、元彼のことを思い出した。わたしは幽霊を見たことがない。でも、彼らは何かを見たという。
「甥っ子はおさかなさんって言ってましたけど、知人は違うって」
「そうですか……」
201号氏はうなずいて「うちは窓の外に出ます」と教えてくれた。
「足場なんかないのに、窓の外を誰かが通るんですよ。最近、窓辺に甘いものを置いておくとなくなるってことに気づいて……いや、あんまり構わない方がいいんですかね。ああいうものは」
などと言いつつ、201号氏はまんざらでもない顔だ。野良猫に懐かれちゃって、とでもいうような表情が、厳しそうな顔立ちの上に浮かんでいる。
「チョコミント、あげるんですか?」
わたしが尋ねると、彼は「そうですね、試しに」と笑って答えた。
そうやって話しているうちにアパートに着き、201号氏はわたしにレジ袋を返すと、「じゃあ、おやすみなさい」と言って階段を上っていった。わたしも「ありがとうございます。おやすみなさい」と声をかけた。
それが彼との最後の会話になった。
どうやら逃げるように引っ越したらしい。201号室は空き部屋になった。
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