第13話 勧誘(13日目・定規)


「そこの一年生!困っているんだ。手を貸してくれないか!」

放課後。

いきなり声を掛けられ、僕は振り向いた。旧校舎の入口の前に、緑色のネクタイの男子生徒が立っている。緑色は、三年生の学年カラー。

「何でしょうか」

声が良く通り、背も僕より高く、整った顔立ち。にこやかだが、何だか圧を感じる。

「ついて来てほしい!」

嫌な予感がしたが、腕を取られて引っ張られて行く。冷たくて痛い。

「どこへ、」

先輩は、すぐ分かる!とだけ言って、まだ進む。辿り着いたのは、三階の空き教室だった。ドアを閉め、先輩は僕に向き合う。しんとした教室に、校庭の生徒たちの喧騒が遠くに聞こえる。

「困ってることって、何ですか?」

「オカルト研究会に入ってほしいんだ」

「は、あ?」

突然の要求に、僕は間の抜けた声が出る。先輩はにっこりと笑う。

「一年の後輩と二人きりなんだが、あいつ一人なのは、不憫でな。入ってほしい」

「オカルト研究会なんて、あったんですか?」

「最近出来たばかりだ」

得意気に言うのを聞いて、腑に落ちた。

「どうして、僕を勧誘するんですか?」

「少し、キミを見ていたんだ。日田技宗也ひたぎそうや。霊が視えるキミなら、良いと思ってな!」

「え?」

先輩は、怖いような顔で笑う。嫌な予感が、確信に変わる。先輩の向こうにある窓が、透ける先輩を通してぼんやり見えた。

「先輩、幽霊なんですか?」

「見込んだ通りだ。その通り!出現場所は、この学校の敷地内限定だ!」

「地縛霊じゃないですか」

「そうとも言う。だが、あまり不便は無い!」

「そ、そうですか」

そんなきっぱり言い切られると、何も言えなくなる。

「キミの弱点も知っているぞ」

「弱点?」

僕は思わず後退る。掲示物を貼る壁に、背が触れた。先輩が、サッと手を上げる。空中で何かが複数、煌めく。

「っ!?」

何かの切っ先が僕の頬を掠めた、と、同時に壁に磔にされる。僕の制服ごと壁に刺さっていたのは、無数の古いアルミ定規だった。

「……勧誘の態度とは思えないんですが」

「うん。逃げられるのは避けたいからな!」

悪い人では無いのかもしれないが、直接的過ぎる。

「もう少し、穏便に出来ないんですか」

瞬きの間に、先輩が音も無く目と鼻の先に迫って来た。本当に幽霊なのだと思うと、ゾクリとする。反射的に少し動いた指が触れる定規は、嫌に冷たい。

「君の友達の弓守ゆみもり!」

「えっ?」

「キミが入部してくれないのなら、彼に楽しい学校生活を提供しようと思っている!地縛霊流の!」

最早、脅迫である。

「やめてください」

「入ってくれるか!弓守のところにも、化けて出ようと思っていたところだ」

「他人の友達、巻き込まないでくださいよ!」

今にも飛び出して行きそうな勢いに、僕は溜息をつく。部に入るのは構わないのだけれど。満寛みちひろに何かされるのは、困る。どう話そうかと思っていた時、勢いよく教室のドアが開いた。

「人を勝手に人質にするのは、止めていただきたい」

「日田技、大丈夫か!?」

入って来たのは、満寛、十朱とあけしばだった。


「部員が四人も入った!めでたい!感謝する!」

教室内、先輩、僕を見てキレた満寛が、四人一緒に入部することを即決し、入部届を叩きつけたのだ。先輩は全く気にしていなかったが。むしろ浮かれて踊ってた。十朱と芝も大喜びだし、丸く収まったのだ。一応は。

「そういえば、先輩の名前は何と仰るんですか」

「私か!三年三組、地上玄之助ちがみげんのすけという。よろしく頼む!」

あんまりよろしくしたくないなあとも思ったが、何とかなったからいいかと思い直した。


「さっきはありがとう。助かったよ」

ようやく解放された帰り道。強張ってしまった腕を回してほぐしながら、満寛たちにお礼を伝える。

「地上先輩の声がデカいから、外まで筒抜けだったんだけど。教室入った時、最初は見えなかったんだ。段々見えてきて、あれはゾワッとしたな」

芝の言葉に、なるほどと思う。

「俺は最初から見えてたんだけどさ、ところどころ透けて見えた。確かにどわってなるな、ありゃ」

十朱も頷きながらそう話した。

「何で僕が、あの教室に居るって分かったの?」

「弓守が、旧校舎に一人で入って行く日田技を見た、って追っかけるところで、俺と芝がばったり会ったんだよ。めちゃくちゃ探したぜ?三階着いたら、あのクソデカボイスで直ぐ分かったけどよ」

クソデカボイス、で不覚にも笑ってしまう。満寛は、溜息をついた。

「宗也が旧校舎に関わると、ろくなことが無いからな」

心当たりが有りすぎて、否定が出来ない。

十朱と芝がわいわいと話す後ろに、僕と満寛が並ぶ。少し声を潜めて聞いてみた。

「満寛も入部しちゃって、良かったの?オカルトとかいろいろ、興味無いのに」

満寛は基本、オカルト等々、信じていない。僕といるせいで、結構不可思議なことに遭っているのだけど、基本的な考えは出会った当初とあんまり変わっていなさそうだった。

「オカルト云々より、入らんで執着されるのが面倒だからな。宗也に対して俺を使って来たんだ、ゆくゆくは俺に対しても同じことしてくるだろ、あの先輩は」

「確かに」

「日田技が怪我してんの見てブチギレた弓守、めちゃくちゃ怖かったな。正直、幽霊先輩よりおっかねえ」

十朱がくるりと振り向いて笑う。

「怪我?ああ、頬の?」

僕は、定規が擦って行った頬に触れる。乾いた血が剥がれた。

「別に、僕の怪我とかじゃなくて、先輩が満寛のとこに行くつもりだったから怒ってたんでしょ?」

僕の言葉に、満寛、十朱、芝は一瞬黙り、顔を見合わせる。そしてそのまま、溜息をついた。

「えっ?」

変なこと言っただろうか。十朱と芝が、満寛の肩をバシバシと叩く。

「……まあ、気を落とすな弓守」

「そういうことなら、それで良いんだけどさ」

満寛は二人を睨む。

「お前らは黙っとけ。……帰るぞ」

満寛は疲れたような顔で、さっさと歩いて行く。十朱と芝も笑いながら続く。僕だけ分かってない。誰に聞いてももう答えてくれないから、結局諦めて皆を追った。









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