第6話 リオの告白 ★カミル SIDE

 (やっと夕食の時間か。本も探したし、家庭教師候補の者にも声を掛けた。書類仕事は大した量が無くて良かった……)


 リオと話した事を反芻し、必要だと思う内容はメモを取り、いつものように日記にも詳しく書き留めた。リオと出会ってまだ数時間しか経っていないのに、会えなくて寂しいなんて不思議な気持ちだ。


 コンコンとノックする音が聞こえる。「どうぞ」と穏やかな声を出して促した。


「こんばんは、カミル。先程振りね」


 笑顔で話し掛けて来てくれる愛しい人に顔が綻ぶ。


「やあ、リオ。会えて嬉しいよ。侍女とは上手くやれそうかい?」


「えぇ、とても優しくて良い人達だわ。さっきまで話していたのだけど、ちょっと気になる事があって……その、カミルには伝えておきたいのだけど……」


 不安そうに俯くリオに、僕も少し不安になる。元の世界に帰りたくなったのだろうか?兎に角、まずはリオの話を聞こうと声を掛ける。


「どうかしたの?何か不安でも?」


「いえ、その……」


 リオは落ち着かない様子でキョロキョロと周りを見渡す。


「あぁ、言い難い話しなのかな?防音の結界を張るね」


「ありがとう、カミル」


 リオはホッとした表情で、先程よりは少し落ち着いて見えた。


「よし、これで良いかな。食事の前に話した方が落ち着けるなら、先に話しをしよう」


「ありがとう、カミル。あのね、さっき鏡を見たの」


「あぁ、瞳の色が違うって言ってたね」


「えぇ、そうなんだけど……それだけじゃ無かったのよ……」


「ん?見た目も変わってたとか?自分じゃないみたい?」


「いえ、そうでは無いの。多少は容姿が変わってる所はあるけれど、見た目と言うか……その……年齢が……中身と見た目が全く違うのよ……」


「年齢?えっと、女性に年を聞くのは失礼にあたると思うんだけど……聞いて良いのだろうか?」


 困った顔でコテンと首を倒すと、リオがふふっと笑った。


「えぇ、黙っていれば分からないとは思ったのだけど、カミルを騙してるようで嫌だったの。記憶を辿れば、私の今の姿は18歳ぐらいだと思うわ。その、20歳以上も若返ったみたいなの……」


 僕を直視出来ないのか、目を伏せて申し訳なさそうにリオが呟く。


「あぁ、なるほど!見た目の割に、話し方も落ち着いているし、随分と達観してると思ったんだ。15歳ぐらいだと思ってたから不思議だったんだよ。これで謎が解けたね」


 パチンとウィンクをして戯けて見せると、リオはポカンと呆けていた。


「カミルは私が若いと思っていたでしょう?その、私の事、嫌じゃ無いの?」


 (あぁ、リオは嘘がつけないタイプの正直者なんだな。そんな所も好ましい。なんて可愛らしいんだ)


「落ち着いてる女性は好ましいと思うし、年齢は全く気にならないよ。リオは僕が幾つだと思ってる?」


「えっと、18歳ぐらいかしら」


「やっぱりね。僕はこれでも50歳なんだよ」


「えぇぇ――!」


 驚くリオが可愛くて、つい頬が緩む。


「ねぇ、リオ。僕の方が年上でしょう?だから気にする事は無いよ。それにこの国では80歳ぐらいまでは青年扱いだから、100歳を超える前に子供が出来れば何も言われないしね。さっき第一王子が執務室に来て、君達の世界と何もかもが違うから混乱するって言ってたよ。確かに寿命が違えば概念なども違うだろうからね」


「この国の平均寿命はいくつなの?」


「300歳前後だよ。80ぐらいまでが青年、150ぐらいまでが中年、250以上が老人かな」


「だから私も見た目が若くなったのかしら?この世界に順応したと考えるのが妥当ね……カミルは18歳ぐらいから成長が止まったの?」


「これでも未だに成長してるんだよ。見た目はそこまで変わらないから分かりづらいだろうけど、60ぐらいまで成長するからね。そこから少しずつ老けて行く」


「え?じゃあ、60歳までは見た目がほとんど変化しないって事?オジ様に見える人は150歳以上……?」


 驚いたまま固まってしまったリオが可愛くて、つい眺めてしまっていたが、そろそろ食事をしようと誘おう。


「リオ、この世界とリオが居た世界は大きく違うらしいね。それでも僕はリオと一緒に生きて行きたいと思ってるよ。僕に出来る事なら何でも言ってね?必ず力になると誓うよ。続きは食事を摂りながらしようか」


「えぇ、そうね。ありがとう、カミル。私も馴染めるように頑張るわ」


 にっこりと笑顔を見せてくれたリオは吹っ切れたのか、食事に意識が向いたようだ。パチンと指を鳴らし、結界を溶いて給仕して貰う。嬉しそうに食事を眺めていたリオが、急に笑顔を曇らせた。


「カミル、私まだ食事の作法をちゃんと知らないわ」


 リオはあちらの世界では貴族だったのだろうか?常識があるし、作法の重要性も理解しているようだね。それにしても、何とも可愛らしい悩みなんだろうか。少し考えてから答える。


「まだ知らなくても仕方ない……と言ってもリオは気にするんだろうね。取り敢えず僕の真似をして食べると良いよ。静かに丁寧に食べるだけでも様になるからね」


 コクンと頷いたリオは僕の行動を注視する。先ずはお肉を切り分けて口に運ぶ。音も立てずに切り分けて同じく口に運んだリオは表情で美味しいと言っていて、とても可愛らしい。


「なんだ。普通に出来てるよ。心配しなくて大丈夫」


「本当に?でも、まだカミルの前でだけ練習するわね」


 僕の事を頼ってくれてるのが分かって嬉しい。リオの食べる姿と会話を楽しんでから数冊の本を渡す。


「これが、魔法の基礎の本だよ。今回は、魔法を使うためでは無くて理論の本を持って来たんだ。魔法を使うためにはいくつか条件があって、リオはまだ魔法を使えないんだよ。魔力測定をして祝福を受けてから、魔法は使える様になるんだけど、ただ……魔力が全く無い人は使えないんだ」


「魔力が少しでもあれば使えるって事?」


「そう。ゼロでなければ使える。涙ほどでもあれば、魔力は増やす事が出来るからね。ただ、魔力の器が体にある人は大きく出来るけど、無い人には器を作れないって事だね」


「なるほど……」


「そういう基本的な事から書いてある方が良いと思って、魔法理論の本と低級魔法を解説してる本、後は暇な時に読めるようにデュルギス王国の歴史書15巻中5冊と、作法やマナーの本を持って来たよ」


「ありがとう!読み終えたら図書館で借りれるのかしら?」


「あ……実は、現時点でリオ達召喚者は、貴族でも平民でもない賓客扱いだから図書館が使えないんだ。魔力測定が終わるとリオは正式に僕の婚約者になるから、それ以降なら自由に使えるからね。それまでは読みたい本があったら、僕か侍女に頼んでもらえるかな?」


 申し訳なくて眉を下げて上目遣いでリオを見上げる。


「そうなのね。ううん、そういう事はハッキリ教えてもらえた方が助かるわ。どこまでが大丈夫なのか分からない時は侍女に聞くわね。本も、私に合う物を選んでくれてありがとう。早速後で目を通してみるわ。字を読めて文字を書けるようなら手紙を書くわね」


「あぁ、楽しみにしてるよ。魔力測定は10日後を予定しているから、それまでは好きに過ごすと良いよ。部屋から外に出る時は遣いを寄越してくれたら、僕の近衛騎士が護衛するから遠慮なく言ってくれると嬉しいよ」


 リオは微笑みながら頷く。ちょっとした仕草が可愛くて仕方ない。もっと僕に頼って欲しい。召喚の儀で『手が掛からず、賢く、魔法が使えれば良い』と雑に願った事を少し後悔したが、リオを寄越してくれた神様に心から感謝するのだった。

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