第2話 出逢い

 白く輝く靄に吸い込まれた先は、薄暗い場所だった。


 呆然と座り込んだ場所には魔法陣があり、薄い青色の文字が浮かび上がっている。


『ーー!ーーーーーーー!』


 わーーっと声が上がった。え?何?歓声は理解できるけど、その前の言葉は異国の言葉かしら?全く分からないわ。


 不安になり周りを見渡すと、同じような魔法陣が私の物と他に2つ光っている。そして、その魔法陣の上には私と同じように呆然としてる女の子が2人。それを確認したタイミングで部屋が明るくなった。


(あぁ、ここは部屋だったのね?)


 魔法陣が描かれているのは大理石の様な柔らかさを感じる白く綺麗な石の上だった。初めて見る魔法陣が気になり、下ばかり気にしていた私の前に、綺麗に磨かれた靴の先が見える。


 ハッとして上を見上げようと顔を上げると、スッとしゃがみ込む笑顔の外人さん……中性的な顔立ちで、『美しい』という表現しか思い浮かばない程、綺麗な顔立ちの男の人が居た。


 日本人では間違いなくあり得ない整った顔立ちに、サラサラの……銀髪かな?白にも見えなくは無いが、艶々でキラキラしている。陽の当たる場所で見たら本来の色が分かるのかも知れない。


 私は混乱しつつも状況を把握しようと、目の前の男性と目を合わせる。綺麗な……夕焼けから夜に移り変わった時のような、深い紫の瞳だった。その、深い紫の瞳をした美丈夫が私に話し掛けてきた。


「ーーー?ーーーーーーー?」


 やはり、聴いた事の無い言葉だ。日本語は通じないのかしら?


「日本語、話せますか?」


 取り敢えず口にしてみる。


「あぁ、言語が違うのか。どうしたものか...」


「あ!日本語話せるんですね!」


「あれ?通じます、が……話してるのはこの国の言葉なのですよ」


 少し眉を下げて、困った様に微笑む美丈夫が眩しい。


「そうなんですね。ここは何処ですか?」


 キョロキョロと周りを見渡すと、煌びやかな服を着た人が目の前の美丈夫含め3人と、ローブ?魔法使いの様な格好をしてる人が20人程。騎士なんだろうなぁと分かる格好の人が目の前の美丈夫の周りには5人居た。


「日本では無さそうですね……日本だったとしても大使館か何かでしょうか」


 現状を確かめようと質問する私に、目の前の美丈夫はふふっと笑った。


「えぇ、ここはデュルギス王国。あなたは日本と言う国からいらしたのですね?」


「はい、聞いた事の無い王国ですね……って、地球に王国ってありましたっけ?」


 顎に手を当て、コテンと首を傾げる。


「あぁ、すみません。異世界からの召喚ですので、お嬢さんがご存知なくても仕方がないのですよ」


「あらいやだ、お嬢さんなんて!ふふふっ」


 私は40代半ばの普通のおばちゃんである。まぁお嬢さんなんて、日本にいた頃にも言われた事は無いけどね。


「私はデュルギス王国第三王子のカミル=デュルギスと申します。お嬢さんのお名前をお聞きしても?」


 優しく微笑みながら首を倒した美丈夫の前髪がサラッと流れる。美しくて惚けそうになったがグッと顎を引き応える。


「私は……莉央です」


「リオ、私の事はカミルと。これからよろしくお願いしますね。それでは移動しましょう。石の上は冷えるでしょう?」


 そう言うと、カミルはそっと手を差し出した。スッと手を乗せると立たせてくれる。そして肘を曲げた。

(エスコートってやつかしら?)

 そっと腕に手を回し、カミルを見上げる。


「さぁ、こちらです」


 エスコートで合ってた様だ。ホッと息を吐き、カミルと並んで歩き始める。歩幅を合わせてくれているのか、私が周りを気にしてキョロキョロしているのを咎める事も無く廊下を進む。


「こちらです」


 騎士が部屋の前で立ち止まり、扉を開いた。部屋の中は応接室と思われる。ソファが2つ向かい合って置いてあり、間にはテーブルという、普通の応接室ね。


 カミルはソファまでエスコートし、座らせてくれた。とても紳士な人なのだと思う。


「さて、リオ。何が起こったか説明しますね。質問がありましたら、話の途中でも聴いてもらって大丈夫ですよ」


 私を怖がらせないためにか、微笑みを絶やさず優しい口調で話し掛けてくれる。私はコクンと頷き、カミルと目を合わせた。


「その前に、防音の結界を張りますね。ここに居る者達は私の直属の部下ではありますが、リオが聞かれたく無い事もあるかも知れませんしね」


 パチンとウインクをして、カミルは結界を張った。

(おぉー!異世界に来た事は理解出来たわ...)

 何を話されてもこれが現実だと受け入れるしか無い。私は結界からカミルに視線を戻した。


「ふぅ……この国、デュルギス王国は王子が3人も居る所為で敵も多いのです。平和で仲の良い兄弟と見せ掛けてはいますが……」


 少し困った顔で話を続けるカミルはお疲れの様だ。


「この度の召喚は、国王陛下の命により執り行われました。近々、魔物が大量に発生する予言があったのです。この国の貴族は魔法が使える人間も多く、対処出来るとは思うのですが、国王陛下が念には念をと言う事で」


「何の能力も持たない一般人である私がお役に立てるとは思えないのですが……」


 この世界にスキルがあるとしたら、私が持つのは家事や料理のスキルが多少あるぐらいだろう。自慢出来る趣味や特技も無い。家事と仕事の合間にする読書が唯一の息抜きだったから趣味と呼べるのかもしれないが。


「この国の古い書物に異世界からの召喚者は特別な能力を持つ者が多いとあります。この国は極端でして、魔法が使える人間と全く使えない人間に分かれます。そして使える者は殆どが貴族だったりするのです」


「魔法が使えないと生きて行けないのですか?」


「いえいえ、生活するだけなら使えなくても全く困りません。貴族でも騎士や魔道士は戦いますが、強い火力を持った貴族が魔物退治は...」


「あぁ、お偉い貴族様が、命を賭けて戦うとは思えませんね」


「理解が早くて助かります。それだけが理由では無いのですが、国の騎士や魔術師の他には冒険者ぐらいしか戦力はアテにならないのです。ですから国王陛下は召喚という選択肢を選ばれました」


「ん?他にも選択肢があったと?」


「ふふっ、リオは賢いですね。辺境伯達は自軍を持っておりますから、規模を大きくする許可を出す事で何とかしたかったようです。ですが、今回の魔物大量発生……スタンピードと言うのですが、かなり大規模であると予言された事、そして自軍を増やした辺境伯達が力を持ち過ぎるのを恐れた自軍を持たない貴族達が反対した事で却下されました」


「なるほど……特別な力を持った召喚者ならば捨て駒に出来るしねぇ……」


 ボソッと呟いた私の声を拾ってしまったカミルは慌てた。


「いえ!そうならない様に、召喚された者達はスタンピードを無事に終息させた後には、王子妃として地位と生活を保証する事を約束させましたから、大丈夫です!」


(約束させた……カミルが召喚者である私達を気遣ってくださる優しい人だとは思うけど……)


「これって拉致だと……召喚者が従うとは限らなかったのではないですか?」


 カミルは気不味そうに眉を下げて俯く。


「そうです……ね。私も陛下に進言したのですが受け入れていただけなかったのです。召喚者は私の妃になる予定だったのですが、他の2人の王子達も自分の妃にしたいと言い出したのです。なので召喚者は3人、王子と同じ数にする事で、国に尽くしてくれる召喚者が1人はいるだろうと……」


 カミルは頭を抱えて唸っている。やっぱりカミルは賢い上に良い人だ。他の王子は先程見た、煌びやかな服の2人だろう。


「私は第三王子ですが、王妃の子でして。王位継承権が第1位なのです。その私が異世界の妃を迎えるとなると……」


「他の王子達は、王太子になる希望が無くなるから?」


「そうです。やはり貴女は聡明ですね。美しいだけでは無い。その輝く黄金色の瞳も……」


「黄金色?」


「え?」


 2人で顔を見合わせる。私は鏡を探して周りを見渡すが鏡は見当たらない。


「容姿が変わってるって事かしら?私は生まれた時から間違いなく黒髪黒目だもの」


「召喚された事で変わったという事でしょうか……」


「他の召喚された女の子達の情報を知ることは?」


「今すぐには難しいかと。勝手に敵対されていますから」


 少し考える仕草をして答えるカミルは困った顔をした。


「鏡を見たいんだけど……」


「ここで鏡を持って来させるのは不自然ですので……申し訳ありませんが、部屋に通されるまで待ってもらえませんか?」


(カミルは用心深いのね。狙われたりするのかしら?)

 気になるが、知り合って間もない人間には話してくれないだろうと頷くだけにとどめた。


「話すべき内容は大分話しましたが……ひとつだけ確認させて貰っても良いですか?」


真剣な表情でカミルが前のめりにグッと距離を詰める。


「な、何かしら?」


「そ、その……リオは、私の妃に……いや!先ずは婚約なのですが、そ、その、、」


「あぁ、他の子達もそうなんでしょう?それが決まりなら従うしかないだろうし」


「嫌では無いでしょうか?見た目が苦手とか、長身が好きとか……」


 失礼だと思いつつもカミルを頭のてっぺんから爪先まで見てみる。


(先程隣に並んだ時は私より頭1つ分は大きかったから彼も長身だろうと思うけど……見た目は外人さんのイケメンって感じだし、寧ろ私で良いのだろうか?)


「私には勿体無いくらい格好良いと思うのですが……逆にカミルは私でよろしいのですか?」


「えっ!」


 顔を真っ赤にしてカミルが慌てる。目を合わせずに伏せたままだが、しっかりした口調で答えた。


「リオは凄く綺麗だし、私も好ましいと思います。もっとお互いを知るための時間は必要でしょうから、今日から夕食を一緒に摂りませんか?」


「ええ、喜んで。婚約しても、直ぐに結婚する訳では無いのでしょう?」


「はい。王族が結婚する場合、最低でも1年は婚約期間があります」


「そうですか……まぁ、明日直ぐに結婚する訳では無いのですし、沢山お話しましょうね」


 にっこりと笑顔を向けると、ボン!と音がするぐらいの勢いで耳まで赤くなったカミルが目線を逸らす。

(照れる様な事を言ったかしら?ウブなのかしら?ふふっ、可愛いわね)


 カミルはどう見ても18歳ぐらいだろう。賢く、振る舞いも大人びてるから20歳ぐらいかも知れないわね。


「リオが知りたい事や欲しい物などがあれば言ってくださいね。出来る限り急ぎ準備します。先ずは着替えでしょうか?後は日常品?リオ専属の侍女が付くはずですから、私が居ない時は侍女に伝えてください。足りない物は直ぐに揃えさせますね」


「カミル、お心遣いをありがとう。早速なのだけど……頼みがあるわ」


「はい、聞きましょう」


「私がこの世界で生きて行く為には、この国の常識とか?最低限の知識が最優先で必要だと思うの。礼儀や作法の様な日頃から必要な知識と……この国の歴史も知る必要があるわよね?それに魔法が使えるなら練習もすべきだろうし、家庭教師とか頼める?」


 ふとカミルを見ると、驚いた顔で瞬きをしていた。固まってるカミルに首を傾げて困った顔を見せる。


「あぁ、いや、その、そこまで考えて……こんなにすぐに現状を受け入れてくれてるとは思わなかったのです。先ずはここの生活に慣れてからの方が良いかと思っていたので、少し驚いたのですよ」


 フワッとした笑顔を見せたカミルにドキッとする。

(本当に美しい人ね。私が婚約者で良いのかしら?)

 少し不安になり俯くと、カミルが慌てて声をかける。


「あの、帰る方法とか聞かれると……いや、帰れないんだけど……あっ!わ、悪い……その、申し訳ない。こちらの都合で呼び出しておいて……」


 カミルの優しさが伺える表情に、ほっこりした。確かにラノベの新刊が読めないのは寂しいし悲しいが、昔読んだ異世界モノの本は帰れないものばかりだった。だから最初から帰れないんだろうと思っていたから平気なだけなのだ。


 それも魔法が使える世界!誰でも空を飛んでみたいとか、小さな怪我を即座に治せたらとか考えるよね?だからどちらかと言うと楽しみだったりしてる。


「カミル、ありがとう。大丈夫よ。帰れないだろうと思ってたし、折角だから魔法とか使ってみたい。だから本を......」


(あら?最初は言葉が通じなかったのだから、文字も読めないのかしら?読めたとしても、こちらの文字を書けなかったら?)

 

 つい眉間に皺を寄せて考えてしまった。


 「ねぇ、カミル。私は字を書けるのかしら?」


 「あーー、言葉が通じるからといって、読み書きが出来るとは限らないですよね……」


 現時点では分からない事だが、後で話し合いが終わってからでも本を何冊か借りて読んでみればいいわよね。


「文字が書けるようでしたら、質問などを手紙で渡して貰えれば、仕事の間に返事を書いて、翌日の朝までに届くようにしましょうか?」


「それは助かります!今すぐ全ての質問を思い付くとは思えませんし、後々出て来るかも知れませんしね」


 うんうんと頷きながら、読み書きが出来なかったら最初に勉強すべきは文字だなと納得した。


「そうですね……先ずは読み書きが出来るか確認する事が優先でしょうね。リオは何か知りたい事はありますか?本を探してお持ちしますので、最初に読みたいと思う内容を教えてください」


「えっと、1冊……じゃ無くても大丈夫ですか?」


「ええ、勿論です。リオは読書が苦手ではないようで安心しました」


 カミルは笑顔で続ける。


「本であれば、聞き難い内容も知る事が出来ますし。いつも一緒に居られるなら聞いて貰えれば教える事も出来ますが、私も執務がありますので……」


 申し訳なさそうにカミルが俯く。


「いえいえ、お仕事ですもの。私は本さえあれば、時間も忘れてしまうぐらい没頭してしまいますので。文字を読めるようなら、国の歴史や常識などは自分で勉強してみます。取り敢えずは魔法に関する本が読みたいです」


「分かりました。本はリオの部屋までお持ちしますので、先にリオが使う部屋へ案内しますね」


 カミルは来た時と同じく私の前に立つと肘を曲げた。スッと立ち上がってカミルの腕に手を回し、応接室を後にしたのだった。

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