第16話 引力
平日もかかさずお酒を飲むようになったのは、社会人3年目の頃からだった。
いつもアルコール度数低めの缶チューハイを2本程度だけど、仕事から帰って来ると必ず飲んでしまう。なので、予備の分も含め、冷蔵庫には少なくとも必ず4本は常に冷やしておくようにしていた。
定時に仕事を終えた水曜日、お腹が空いていたけどどこかに入って食べる気にはならず、お酒のあてを買って家でゆっくり飲もうと、帰りの電車の中で考えていた。
乗り換えの時に駅の構内でからあげ屋さんを見たからか、あと二駅で最寄り駅に着くというところで、今日のあては絶対に揚げ物と心に決めた。
駅から家までの道の途中には、私の一番好きなコンビニがある。家からは3分の距離ですこく便利だ。近くにこのコンビニがあったからこのアパートに決めたと言っても過言じゃないくらい。
そこでサクッと揚げ物を買って、パッと帰って、冷えた缶チューハイで一杯やろう!と、空腹限界の最後の力でいつものコンビニに寄った。
何にしようかなーとケースを覗き込むと、一日の中で一番揚げ物が売れそうな時間帯だというのに全て売り切れ。
町内会の集まりでもあって、誰かがまとめて買い占めたんだろうか…。仕方ない、揚げ物をやめて別のものを買おう…と店内を物色してみたけど、いまいち乗らなかった。
もうすでに揚げ物一色に染まってしまった私を満たすものは、やはり揚げ物しかない。逆に言えば、揚げてさえあればもうなんでもよかった。
自動ドアから外へ出ると、半ば徘徊のようにして、記憶にあった少し離れたところにあるもう一つの同じコンビニへと向かった。
外だから雑踏に紛れてバレないけど、さっきから自分にしか分からない音量で何度もお腹が鳴っている。
10分弱かかってようやくたどり着いた私は、空腹から来る感じ悪さを隠しきれない顔で、真っ直ぐに揚げ物のケースへと向かった。
あった!!
さっきのコンビニとは打って変わって、こっちの店には積み重なるくらい色々な種類の揚げ物が並んでいた。
どれにしようか?何個にしようか?ここに来て悩み始めると、その間にも次々とトングに掴まれた揚げものがケースの中から消えていく。
奇跡的に、私だけじゃなくこの街の人達みんなが今日は揚げ物気分なんだろうか?
焦った私は深く悩んでる場合じゃない!と、ちょうどよく空いたレジの前に行った。
「フライドチキン二つと、アジフライ一つ下さい!」
つい気合が入りすぎて、ちょっと恥ずかしいボリュームになってしまった。
「はい!」
店員さんは私に負けない声の大きさで、ちゃんと私の顔を見て返事をしてくれた。
目が合った瞬間、驚いて息を飲んだ。
…この人、きみかさんだ……
ここでバイトしてたんだ……
名札を見ると【尾関】と書かれていた。
尾関きみかさん……
頭の中で彼女のフルネームを呼んだ。
向こうは私のことなんか知らないし、何も動揺することなんてないのに、挙動不審にドギマギしてしまう。
きみかさんが私のフライドチキンとアジフライを袋に入れてくれている時、その奥にもう一人、見覚えのある姿を見つけた。
例の彼女だ。そっか、二人はいつもここのバイト帰りにあのベンチで話していたんだ…。
そんなことを考えてるうちに、テープで封をしっかりと止められた揚げ物たちがレジカウンターの上に置かれた。
会計を済ませて外に出る。ドアのセンサーの音楽をかき消すように
「ありがとうございましたー!」
と、背中からきみかさんのいい声がした。
フライドチキン、一つにすればよかった…。
そう思いながら家まで歩いた。
++++++++++++++++++++++++++
「いつも揚げ物が揚げたてで種類も豊富だから…」「うちの近くのコンビニよりお酒が冷えてるから…」「最近運動不足でウォーキングにちょうどいい距離だから…」
だから私は、それからそのコンビニに行くことが増えた。
いつしか缶チューハイを冷蔵庫に常備するのはやめて、毎日仕事帰りにそのコンビニで買うのが日課になった。
別にきみかさんに会うためじゃない。その証拠に、彼女がシフトに入っていない曜日でも私は欠かさずに行く…。
しばらく通うようになって見ていると、きみかさんと倉田さんという彼女は今はもう付き合っていないように思えた。
二人は時折仲良さそうに会話をしていたけど、以前公園のベンチで見かけた恋人同士のような雰囲気とは違くて、それは仕事中だからということでもない気がした。
何があったか知らないけど、何かがあって二人は別れちゃったんだと思うと、なんだかすごく切ない気持ちになった。
いつものように缶チューハイ2本をレジに持っていくと、
「今フライドチキンが揚げたてなんですけど、いかがですか?」
と、きみかさんに営業をされた。
コンビニでそんなことされたことなくて驚きながらも、純粋に揚げたてのフライドチキンに惹かれたし、断れる性分でもないので
「……じゃあ一つ…」
と答えると、
「一つでいいんですか?」
とまた営業をかけられた。
「あっ、えっと……」
慣れない状況にどうしたらいいか分からなくなってうろたえてしまった。すると、そんな私に気づいてきみかさんは慌てて謝った。
「ごめんなさい!プライドチキンお好きなのかと思って!…失礼しました!お一つですね!」
「あっ、いえ!二つにして下さい!!」
「……えっ…よろしいんですか…?」
「……はい」
「ありがとうございます!!」
きみかさんの100%営業のスマイルに、なぜか胸がドキドキした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます