第14話 慣れ
私が住む街で、私は“仲間”を知っていた。そのカップルは、残業で遅くなりがちな木曜日によく見かけた。
初めて見たのはもう三年くらい前だと思う。駅から家までの道の途中にある公園のベンチで二人並んでポテトを食べている姿を見た時、すぐに“仲間”だと分かった。
あきらかにそのオーラを
常に少数派に分類される日常の中、“仲間”を見つけるとなんとなく嬉しくなる。それが同じ街ともなると、仲間意識は勝手に強くなり、心強い気さえしていた。
一時期、二人でいるところをぱったりと見なくなって、もしかして別れてしまったんじゃないかと密かにけっこう心配していた。だけど、そこから一年以上ぶりに偶然二人並んで歩く姿を目撃して、またひっそりと勝手に安心したりしていた。
もちろん私が一方的に色々思っているだけで、二人は私のことなど何も知らない。それにいくら私からそう見えたって実際の二人の関係は分からない。
それでもあの二人を見つけると、素敵な恋愛小説を読んでいるかのように自然と胸が高まった。
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「ねぇ、光……?」
「んー?なにー?」
光はカップのアイスを食べるのに夢中で、こっちを見ないまま返事をした。
「来週は会えないかも」
「なんで?」
「行きたくないんだけど、付き合いで行かなきゃいけない飲み会があるの。もしかしたら朝までかもしれないし、土曜日もきっと疲れて潰れてるだろうから…」
「そっか…、大変だね。でもそれも仕事だもんね、がんばってね!」
光は私を励ますように笑って言ってくれた。だけど私はそんな光を恨めしく思っていた。
例え長い付き合いの職場の人達とだと言っても、お酒の入った状態で朝まで一緒に過ごすなんて、逆の立場だったら私は気が気じゃない。
仕事だから仕方ないと私だって理解はするけど、なんの飲み会?何人で?場所は?…と、最低限のことは知りたくて聞いてしまう。
実際、大学の時から光は男女を問わずによくモテた。いつも明るくてよく笑う光の周りには自然と人が集まる。光を嫌いになる人なんてこの世にいないと思う。だから本当は常に色々と心配している。
だけどそんなことを言っても不毛だし大人だから言葉にはしないけど、平然を装いながら心は苦しくなる。光みたいに「がんばって」なんて言葉は私にはかけることは出来ない。
私は、光が私に嫉妬する姿を見たことがない。だいぶ前にそれとなく聞いた時、「信じてるから」と言っていた。それは嬉しいけど、信じていても嫉妬は勝手にしてしまうものだと思う。私だって光を信じてはいるけど、いまだに嫉妬ばかりだ。
心のどこかでずっと、私に嫉妬をしない光は、私を本当の意味で愛してはいないんじゃないかと不安に思っている。
ふと、帰り道で見かけるあの二人を思い出した。
きっとあの二人は、何かあるたびにお互いにやきもちを焼いて、ケンカしては仲直りをして、ああやってマックを食べて、“恋”をしてるんだろうな…
無性に羨ましく感じ、同時にそこはかとなく虚しい気持ちになった。
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別々の週末を過ごしたその次の週末は、私が光の家に行った。
「そうだ、こないだ
部屋で飲んでいる時、突然思い出した光が言った。
「へー!うちの近くにそんなとこ
基本的に光は家で過ごすのが好きだし、最近はちゃんとしたデートも出来てなくて、二人で外を歩くこともほとんどなかった。だから、妹の明ちゃんがきっかけとは言え、珍しく光から外へと誘ってくれたことが私はすごく嬉しかった。
その週はあえていつものように金曜日にどちらかの家には泊まらず、土曜の夜に外で待ち合わせることを私は提案した。
久しぶりに、会社帰りの服でもスウェットでもない光と外で出会いたい。私と会うために、光はどんな服を選ぶんだろう。もともと自分のスタイルを持っている光は、プライベートの服が一番ステキだった。
私は学生の頃から自分のファッションセンスに自信がなく、光の隣を歩くことにいつも引けを感じていた。
大人になって自分の似合うものが分かってくるようになり、自由なお金も増えて、ようやく最近になってオシャレが楽しくなってきた。買ってからなかなか出番のなかった、初めて光に見せる服を着て、少し早く着いた待ち合わせ場所で私はソワソワしながら光を待った。
「あっ!いたいたー!
「光!」
「あれ?今日なんかいつもと違うね」
期待した反応とは違かった。
「…よくないかな…?」
「全然そんなことないよ、ただ近くのライブハウスなのにちゃんとしてるなって思って」
光の家から私の家はそれほど遠くはない。タクシーでここまで来たと言う光は、その後私の家に泊まる予定だしと、ちょっとコンビニに行くのと大して変わらないような格好で現れた。
別にいい。その服も好きだし、何を着ていても光は可愛い。でもどこか悲しかった。
昔はデートのたびに違う服を着てくるくらい、私に自分がどう見られるか光は常に意識してくれていた。今の光は、もう私にどう見られるかなんて何も気にしないんだろうか。
「どした?大丈夫?」
少し沈んだ私を気にかける光に、
「ライブハウスなんて久しぶりだからちょっと緊張してきちゃった…」
と、私はごまかして笑った。
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