第3話 Yorktown

「本当にいいんですか? 」


 前を歩く俺に後ろから声がかかる。

「何が? 」


「分かっていてトボけるの止めてください」

 怒られた。


「俺の戦争じゃないからね」


「何が俺の戦争よ! あんたの無駄知識があれば何とかできるんじゃないの! 」

 黒髪のに続いて茶髪のまで怒ってる……月に1度の期限の悪いサイクルに入っているのだろうか。


「無駄知識……まぁ似たような状況で何とかなった戦例はあったかも知れない」


「何よそれ! 」

「あるんですか? 」


「う~ん。眉唾モノというか、かなり質の低い海外ドキュメンタリーで、チャールズ・ウィルソン・ピールなのか、それともジェームズ・ピールなのかも定かでない、ヨークタウンのジョージ・ワシントンと将軍たちという想像図と、河底に沈んでいる……番組* では戦艦と言っていたけど戦列艦ですらない多分戦闘用の帆走スループの沈没船スキャンを根拠に、熱した鉄の球を投石機で飛ばせば、甲板の木材は直ぐに燃えなくとも、布製の帆は瞬時に燃え上がるから燃え続けている帆が甲板上に落ちれば船全体が燃えあがるとかなんとか中途半端な検証をしていたね」


「随分と曖昧な話ですね」


「まぁね。外国のドキュメンタリーは、稀にアタりはあるけれど総じて質が低いから」


「あんたのお国のドキュメンタリーとやらは、さぞかし質が高いのでしょうね」

 リンが皮肉を隠そうともしないで突っかかってくる。


「そうでもないよ。年々劣化が酷い」


「例えば? 」

 何かを探り出そうとしているのか、リンは又話柄ワヘイを脱線させはじめた。


「例え、か。事業計画〜挑戦者たち〜という人気シリーズの新シリーズをはじめる前に四半世紀前の旧シリーズを放送していたのだけれど、とある話を見ていてふと思った。大事故の現場や戦場の最前線でもないのに当該国の医師免許なしで医療行為が行えるのだろうか、と」


「駄目なの? 怪我をした人がいたら治してあげればいいんじゃないの? 」

 リンが人として真っ当な意見を言う。


「小国だったら誰も問題にしないかもしれないけれど、俺の世界で二つの超大国と言われていた片方の国だからね。国民の生命より超大国の沽券コケンが優先するんじゃないのかなぁと思って調べた」


「どうだったの? 」


「そういう名前の人がその超大国に行ったというのは事実らしいけれど、それを除いた番組の内容は……視聴者を完全に誤導させるものだった。で、この話の本当に酷いところは、番組が放送された翌年、その医者は市長に立候補して当選しているところ。俺がそこの市民でその番組を見ていたのなら、間違いなくその医師に投票していたよ。その医者を支援した政党は嫌いだけど。あっと選挙って分かる? 」


「全く日本人は! 商業の発達した地域での都市では選挙もやっているし、都市市民の子供の多くは学校にも通ってい・ま・す! 自分たちだけが特別だっていう前提でものを言うのはやめてよ」


「ごめん。さっきの話の続きだけど、旧シリーズは全話見たけれど、新しいのは見ていない。どこまでが本当でどこからが嘘なのか、何年も経たないとわからない番組は見る価値がない」


「あんたの国のドキュメンタリーとやらも大したことないわね。他にもあるの? 」


「まぁ幾らでもあるけど、もう一つ追加するとしたらそうだな、あの話かな。ある種の小説を揶揄ヤユするのに〇〇結界という言葉がある。主人公の優秀さを書けないから、主人公の周囲の人物を唐突に社会生活をイトナめないような愚鈍な人物にしてしまい、相対的に主人公の優秀さを示す手法。日本で150年位前に起こった内戦を取り扱ったドキュメンタリーでもこんな安っぽい手法が使われた」


「ねぇ。あんたはどうしてそんなバカなものを見てるの? そんなものを見ているあんたもバカなんじゃないの? 」


「否定はしないけれど、見ていて俺も唖然とした。何でこんな企画が通ったのだろうかとか、編集会議で誰も当たり前の常識を口にしなかったのだろうか、ってね」


「どうして、そんな番組がつくられたのですか? 」

 興味をもったのかマヤも俺の話に食いついてきた。


「日本の社会の特殊性かな? 」


「日本人が特殊なのは、こっちの世界の常識よ! 特にあんたを見ているとよくわかるわ」


「一言もない。でも多分俺の世界で日本だけだと思うよ。『戦争に使われる船は全て戦艦です』という人が正しい知見の持ち主だと敬われ、『潜水艦や輸送艦は戦艦とは言わない』という当たり前のことを言うと、軍事に詳しいことを吹聴したがる危険人物と見做されて周囲から人が去っていくのは」


「え~と、つまりどういうことなのですか? 」

 マヤが混乱している。よくわかる。


「軍事を取り扱う番組なのに、正しい軍事知識を披露すると閑職にまわされるから、誰もが気づいている現実を誰も口にしない。だから、あんなお粗末な番組** が出来上がってしまったんじゃないのかな」


「そのお粗末な話とは具体的には何なのですか? あまり聞きたくない話のような気もしますけれども」


「攻城戦があって、守備側が寄せ手を撃退した。寄せ手は損害をだした。という事実があって、そこから話をつくりだしたんだろうね。寄せ手が損害をだした守備側の戦術とは何だろうかということを。で、城下町の道路を障害物で塞いで寄せ手の侵攻路を限定し、守備側の負担を軽減した。ここまでは問題ない。駄目なのは、誘導した四つ角の二方向に守備隊を配していると、寄せ手は何も考えずに四つ角に入って行き一方的に損害をだしたのだ。だから守備側は撃退に成功した。と言っているところ。ある程度の戦闘経験を積み重ねれば先を見通せない街路では斥候ぐらいはだすだろうし、自分たちの目の前でバタバタと四つ角でタオされるのを見ていれば、大八車、あぁ馬車かな、何か盾になるものを用意するだろ。アリの行進ではないのだから。ただ殺されるために前に進めと言われても拒否する兵がでてくるのが当たり前だ。もしくは木造家屋なのだから馬鹿正直に四つ角に入って行かず、家屋を破壊して経由するなり、兵を屋根の上にノボらせて待ち伏せを回避する程度のことはその場で思いつくのが当然だと思う。その人として当然の発想ができずに、と言うか人間とすら認識せず、食肉処理で順番に家畜を処理するような思考を押し付けて、こうして寄せ手の兵は皆次々と死んでいったのです。と解説されると思うところの一つもあるさ。犬や猿でも仲間が次々と動かなくなったらそんな場所には踏み込まない。多分この作り話を考えた人は、軍事を卑しみ真面目に考えようとしない自分たちは人として高等で、軍人なんかになる国家の暴力装置は下等な連中で動物以下の虫だと決めつけている。明確な蔑視意識があるから自分たちが人として真っ当な考え方をしていないということにすら気がつかない。そんな連中が別のところでは上から目線で“正しい人の道”とは何かと説いている。自分たちは高尚な存在であるから、無知なお前達は“我々の言葉”を黙って聞けと自分たちの思想を押しつけ、それに従わない者は敵としてレッテルを貼り、攻撃し、排除する。本当に嫌な連中だよメディアという存在は」


 四人とも唖然として固まっている。うん? 四人?


「あっ! そうでした。どうして私たちはこんな話をしているのでしょう」

 俺はリンの方を見たが、リンは違う方向に目を逸らした。


「先程の、熱した鉄の球を投石機で飛ばして船を燃やすという話をあの人たちに教えてあげることはできなかったのですか? 」


「効果があるのか分からない話だし、悪名高い日本人の話だし、効果があったらあったで日本人の悪名が弥益イヤマすだけだろ。誰が好んで虐殺者と言われたがる。俺は嫌だよ」


「でもっ! 」

 マヤが食い下がる。


「討伐軍がどうするのか予測はできないけど、反乱した民兵も元農民なのだから、軍船が一列に並んで河岸を威圧するなり何らかの示威行動があれば、カナわないと投降するんじゃないの。そうすれば首謀者の処刑と何人かの刑罰で戦闘は終わる。無駄に民間人を殺してまわるような愚は犯さないだろう」


「でも! 」


「戦争を続けたいのなら金が要る。そんな当たり前の事すら分からないで、勢いだけで何とかなると話を聞かない連中に勝ち目なんかハナからない」


「でも…… 」 


「ロミナはお花摘みに行ったの? 」

 赤髪の、ロミナがいなくなっていることを四人に告げる。


「え? 」

 全員できょろきょろと周囲を見回す。

 数分待ったが戻ってこない。


「あの子。何時も無口だから気づかなかったわ」



「行こうか」

 何時しか皆、歩みを止めていたが俺は出発を告げる。


「私。呼び戻してきます! 」

 マヤが港へと駆け出して行った。


「仕様がない。今日はここで野営かな」


「ふ~ん。マヤは待ってあげるんだ」


「黙っていなくなったわけじゃない。ロミナがロミナの判断でやったことに容喙ヨウカイする気はないけど、俺が言ったとか言動の責任を俺に転嫁して何かやったなら、ここでロミナは切り捨てるよ」


「あんた。マヤだけ特別扱いしていない? それ、マヤが言ってもあの子を切り捨てられるの? 」


「君たちが個々に個々へ何を思っているのか知らないけれど、俺は確言したことは必ず実行するから。それは信じてくれ」


「答えてない! ……ねぇ! あんたの言う俺の戦争って何? 貴族になって領地を持てばちゃんと戦うの? 」


「まさか。俺は貴族になんかなる気はない。俺は子供のときからつきあう友人は選んできた。こいつは嫌だと思う相手とツルむことは絶対にしない。領民なんか持ってしまったら、必ず何人か何十人か俺の嫌いな奴がでてくる。そういう奴となあなあで衝突せずに上手にやっていくスベを俺は知らない」


「じゃぁどういう状況になったら能書き垂れてるだけじゃなくて、ちゃんと戦ってくれるのよ。あんたの言ってることは何もしないですます逃げにしか聞こえないわ」


「……どういう状況……ん~まぁ、仮定の話だけど、パシュトゥーンワーリー*** かな」


「何よそれ! 」


「敵から追われている者を、自らの命を懸けて助けよ。逃げてきた者がどんな人物でも、多大な犠牲を払ってでも保護し、状況が良くなるまで避難所で守れ。俺のいた世界では、そういう部族の掟を二千年間守ってきた人達がいる。もし俺がそれだけの恩義を受けたのなら、何もしないで立ち去ることは人としての仁義に外れてるから絶対にしない。その時には俺は俺個人の戦争をはじめるよ」


「個人? 独りで戦うの? あんた何時も個人の力でできることなんかタカが知れるって言ってるじゃないの! 頼りなさいよ! あんたにとって私は何なの! 」


「俺の戦争に君達を巻き込む気はない。個人で戦争をはじめるのなら、それは心が躍る英雄譚といった小奇麗な戦争には成しえない。俺の汚いところを君達にみせて平然としていられる程、俺は盆暗ボンクラではないよ。それに俺が一般論の範疇に入るのかは又別の話なんだけど」


「いいかげんにして! そういう所が鼻持ちならないのよ。周囲と壁を造って、その中に閉じこもっているのは誰でもないあなた自身じゃない。どうしてその事に気付かないの? あんたを心の底から信じられないのは………………いいわ…………あんたに恩義を感じさせれば、私の戦争につきあってくれるのね。さっき、確言がどうのと言ってたこと。あたし、一生忘れないからね」


「さあ野営の場所を決めましょ」


 しまったな。当人の言葉で当人を縛ってこちらの意図通りに動かすのは、本来俺の十八番オハコだったのに、こういうのも本歌取ホンカドりと言うのだろうか、いや違うか。


 突然機嫌が良くなったリンがテントの設営を終えるとこちらを見る。


 午後の黄色味を帯びた空気越し。彼女の鳶色の瞳に正面からじっと目を合わせる。

 絶妙に融け込む太陽光線越しの瞳の美しさをシバし見つめる。その事を口にするとリンの機嫌が又悪くなりそうな気がしたので、黙って見惚ミトれていると、頬を僅かに赤らめたリンが満足そうに微笑む。


「安心しなさい。あんたが善人だなんて誰も思っていないから」

 そう宣言するとクルリと向きをかえ、リンは荷物をテントの中に運び入れはじめた。


 俺は何を安心すればいいのだろう……






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* ディスカバリーチャンネル 『仰天! 海の底まる見え検証 アメリカ独立戦争 勝敗を

 分けた水上戦』


** NHK 『歴史探偵』「戊辰戦争と会津」2024


*** アフガニスタン地域のパシュトゥーン人たちの間で用いられる部族掟

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