第4章
優等生へのプレッシャー
「もっといっぱいの人に演奏を聴いてもらえますように!」
「あんまりこういうとこで手を合わせて言わないんじゃない?」
私たちは新年初の演奏を終えてから、綾香の提案で初詣に来ていた。既に三が日は過ぎていたから人はまばらで、スムーズに移動できた。綾香はご機嫌に恋愛占いやお守りを買って楽しんでいる。つむぎの恋愛占いは待ち人来ずと書いてあった。そのせいか、隣にいた私にギリギリ聞こえるくらいの声で神様にそれをお願いしていたのはとても可愛いけれども。
「それで、清花は何をお願いしたの?」
綾香が私たちの後ろでお願いをしていた清花さんに問いかける。年末に続いて演奏を聞きに来てくれた清花さんと小春ちゃんも一緒に来ていた。どうやら小春ちゃんは遊園地で私とつむぎ、二人ともコミュニケーションが得意でないながらも綾香と清花さんが話をできるように頑張った結果、私たち二人には心を開いてくれているらしい。しかし、まだどこか綾香には不信感が拭えないのか表情が強張っていた。
「家内安全」
「なにそれ」
そう言ってから綾香は笑い出した。具体的にどういった部分が面白いのか私にはわからなかったけれども、二人の間にはわかるらしい。清花さんも笑顔で、それこそ話に聞いていたような親友の二人が持つ空気感だった。私とつむぎはそんな二人を見て、どこか安心したように微笑んだ。
「じゃあ、莉愛ちゃんは?」
急に会話を振られたから、私はビックリしてしまった。八つの瞳がこちらを見つめている。もちろん、いろいろと神様にお願いしたいところはあるんだけれども、とりあえず自分たちではどうにもしきれないところを頼むべきだと思った。最終目標にはまだ私は実力が足りないと感じることがある。
だから、とりあえずの解決するべき課題をみんなに教える。
「金管楽器のメンバーが欲しいなって」
私がそう言った瞬間、綾香とつむぎがニンマリと笑った。
「そうだよね、うんうん」
「やっぱりあなたってジャズが大好きなのね」
二人は盛り上がってくれているけど、それはかなり大きな問題だと私は思っていた。今のピアノトリオという形も嬉しい、楽しいけれどもどうしても自分が憧れていたのは金管楽器。特にサックスを含むジャズバンドになりたいという気持ちもある。
「金管楽器って、そう言えばジャズのメインみたいなイメージね。どういう楽器があるの?」
「トランペット、サックス。少なくとも私はこのどちらかが来て欲しいわね」
つむぎがすぐに説明してくれた。確かにその二つのどちらかがあると私も嬉しい。ピアノメインだとどうしても表現しきれない音があって、それは私が感じていた部分だった。
綾香はうーんと唸りながら悩みだす。
「でも、なかなか金管楽器に触れる機会って少ないよね」
私がやっているピアノは、かなりの数の女の子が触れた機会があると思うしドラムとベースはそれこそ選択の余地がある。ただ、そう言う金管楽器は吹奏楽部でそのパートを務めているというなかなか少ない状況にあたる。これは綾香の人脈を頼ってもなかなか難しかったのが事実だ。
「そうね、ねえ小春?」
清花さんが、これは綾香だけじゃなく私たちにもわかるように含みのある笑いを浮かべた。その笑顔を見て、小春ちゃんが震えている。綾香が、あ、という声とともに何かに気づいた。
「そうだ! 小春ちゃんってサックス出身じゃん!」
ぱちんと手を叩く。
「どういうこと?」
「いや、清花の家に遊びに行った時に見せてもらったんだけど、小春ちゃんって確かいくつも賞状やメダルを持ってるんだよ。実は東京で何回も中学全国大会に出ている金花犀中学のサックス担当なんだよ」
そう紹介されると、自然と私たちの視線は小春ちゃんの方に向く。自分も音楽に携わっている以上はどうしても金花犀という名前は意識する。自分もピアノでそこを志そうとしたこともあったからそこで活躍して全国にまで出たというのは一気に小春ちゃんを見る目が変わった。
「すごいね、ほんとに。私も金花犀に入ろうかと考えたくらいだからすごさはよくわかるよ」
どうやらつむぎも私と同じだったらしい。それくらいに音楽を志す中でその影響力は大きい。
「あのね、小春ちゃん」
すぐにすり寄っている綾香に、小春ちゃんは怯えて清花さんの後ろに隠れようとするけれどもそれは上手く捕まえられて話を聞かざるを得ない状況にされている。
「よければ、よければなんだけどね」
……
「私たちと一緒にサックスをしてくれない?」
「嫌です!」
あまりにも大きな声でされた反応に驚いたのか、綾香は手を放した。そのまま、ブーツを履いているとは思えないほどの勢いで駆け出していく。そのあまりにも素早いスピードに私たちは誰もついていけなかった。確かに、綾香の誘い方は強引だったけれどもそこまで嫌だったのだろうか。それとも綾香がまだ嫌われているのか。
その答えは、意外なところに眠っていた。清花さんが話し出す。
「あの子、高校で吹奏楽に入っているんだけどずっと練習に出てないの」
「どういうこと?」
「あの子、もちろん金花犀で全国大会に出てすごく音楽が大好きで続けたいって言ってそのまま金花犀高校に進学して吹奏楽部に入ったの。でも、そこにはもちろん今までとは違う人もいて、推薦を受けて入った小春みたいな子もいればセレクションを受けて入部したような子もいるの。その歪がどうしても部内にある中で金管楽器のパートがまとまりきらずにその矛先が小春に向いたというか……」
清花さんは明確に言葉を濁したけれども、いじめのたぐいだろうか。実力差やそれによる歪はどうしても集団でそれをしようとする限りは存在していて、たった三人しかいない私たちの間でも、私は綾香の演奏の華やつむぎのドラム技術に感じることはある。
それが表層化してしまった結果、小春ちゃんは部活をサボっている。
「その、小春ちゃんはサックスを吹くことは好きなんだよね?」
「そうだと思う。でも、いじめというか、人間関係のしがらみで練習に身が入らないから最近はほとんど吹いてないの。前までは休みの日でもわざわざ公園に行って演奏していたのに」
「そっか……」
なんて言葉をかけていいのか、私にはわからなかった。それを受けて、清花さんが続ける。
「どうしても期待されている、推薦を受けて両親からも褒められて金花犀だからと全国大会を目指して頑張れと応援されて。もちろん、それは小春自身が選んだことだし仕方のないことだと思う。でも、努力できる環境に無い状態で両親たちにも相談できず、今は私だけが知っている」
その言葉を聞いているたびに、自分の中にずしんと重いものを感じる。清花さんの言っていることが事実なら、小春ちゃんが選ん
だことというのは間違いないけれども可哀そうだ。金花犀で吹奏楽を頑張ろうと思ったのに。それがどうしても私には辛い。
「ねえ、清花さん」
「ん?」
私は思わず、こんなことを口にしていた。これまで、そんなことは考えたことなんてもちろんなくて、ずっと一人でいるために、自分の世界を守るために人から嫌われないようにだけ考えてきたんだけど、最近はというよりも綾香と出会ってからこういうことが多い気がする。
考えるよりも先に、言葉が出てくることが。
「私に、小春ちゃんと話をさせてくれないかな?」
小春ちゃんと二人、ないしは清花さんを含めた三人で話をしたいからと綾香とつむぎには帰ってもらった。清花さんの案内に従って、小春ちゃんも家に向かう。正月期間中だから小春ちゃんはおそらく家にいるらしい。
「その、金花犀なら練習って厳しいんじゃないの? なら、両親って気づくんじゃ?」
練習に来ないからと部活の顧問が両親に連絡をするのかは知らない。ただ、練習をサボっているのならどれだけ小春ちゃんが隠そうとしても気づくのではないだろうか。
「うん、実は金花犀って私立で推薦を貰っていたとしても完全にその学費が浮くわけじゃないの。高校にもなると更に練習にお金がかかるらしくて、それを受けてお父さんは昇進を受けて管理職になったから残業は多い、お母さんもパートの時間を増やすことになったの」
「なるほど、それはより責任感を覚えるよね」
「そう、でも部活にはいきたくないし……どうすればいいのか」
清花さんは溜息をもらす。小春ちゃんが清花さんにしか相談をできていない以上、清花さんから両親に漏らすわけにもいかない。きっと、清花さんもいろいろと考えていたんだろう。
「それで、なにか話を考えているの?」
「まあ、ある程度は。だけど、確実にそれを達成できるわけじゃない。私はこれまで自分で言うのも恥ずかしいけど、ずっと一人でやってきたから」
小春ちゃんの最も大きな悩みは、やはり部内での人間関係なのだろう。ただ、私はそれを解決する術を知らないし、知っていたとしてもじゃあいきなり何の関係もない私が金花犀の吹奏楽部に踏み込んでいくなんてことは現実的じゃない。
「だから、少しでも小春ちゃんが楽になれればと思うよ」
「そっか、分かった。あなたに任せてみる。よろしくね」
清花さんは私にそう言って、立ち止まった。そこにある家の表札には相沢と書かれている。
「家が近くだったんだ」
「そう。じゃあ、入って。小春の部屋は階段上がってすぐ。私も部屋の前まで行った方がいい?」
「ううん、大丈夫」
階段をあがって部屋の前にいくと、部屋の中からは何も音が聞こえてこなかった。脱ぎ捨てられた靴が玄関にあったから小春ちゃんが帰っているのは間違いないはずだ。このドアを開くと、私は小春ちゃんを話しをする。
それは小春ちゃんの心に少しは影響を与えるかもしれない。プラスになるのかマイナスになるのかわからない。けども、私ならなんとかできるかもしれない。
「小春ちゃん、入るよ?」
私は自分の過去を思い起こしながら、返事を待たずにドアを開いた。
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