自堕落貴族奮闘記⑨




一週間前、夜中に自室でのんびり過ごしていると小さなノックがオズを呼んだ。 


「?」

「兄さん、いる?」


正直応答するのが面倒くさかったが珍しい声に重い足を動かす。 どうやらルーファスのようだ。


「何だよ」


返事をするとゆっくりとドアノブが回りルーファスが部屋を覗き込む。


「話があるんだけど」

「俺はない。 あっちへ行け」

「だから僕があるんだって。 入ってもいい?」


別にオズはルーファスのことを嫌ってはいない。 寧ろ両親から見捨てられているオズはいつも気にかけてくれるルーファスに助けられていた。

だがそれでもルーファスの方が成績優秀だということに嫉妬している自分もいてなかなか素直になれない。


「許可も得ずに勝手に入ってくんなよ」

「ごめん。 でも大事な話だから」

「俺は忙しいんだ。 手短くな」

「うん。 兄さんに協力してほしいことがあるんだ」


そう言いながらルーファスは椅子に腰をかけた。


「俺に協力?」

「兄さんはこの国はこのままでいいと思ってる?」


そう言われロイのことが頭を過った。 オズとロイは成績が悪く居残り勉強をする時も同じ。 他でも一緒になることが多くいつの間にか常に同じ行動をするようになった仲だ。

それをルーファスは気付いていた。


「兄さんには仲のいい友達がいるよね。 だけどこのままだと庶民の彼はいつかこの国を出ていってしまうことになるかもしれない」

「・・・分かってる。 だけどどうしようもない」

「それを変えようと思わない?」

「はぁ? 変える? この国から庶民を追い出そうとしているお前がどの口でそんなことを言うんだ?」

「・・・庶民にとってこの国は暮らしやすい場所じゃない。 庶民は毎日汗水垂らして働きこの国にいるというだけの理由で税を払う。

 それが有効に使われればいいけどほとんどが貴族や王族の怠惰な生活に浪費されている」

「・・・耳が痛い限りだ」

「別に兄さんを指して言ったわけじゃないよ。 確かに怠惰な生活を否定はしないけど、贅沢の限りを尽くしているというわけでもないでしょ?」

「まぁ。 俺が動かせる金は僅かだからな」

「国の大門が毎日欠かさず開くのも僕たちの食卓に食べ物が並ぶのも庶民の皆がいるからこそ。

 両親には『庶民を追い出せ』と口を酸っぱくして言われ続けてきたけど、もしそうなればこの国は滅びてしまう」

「・・・そうだな」

「いや、おそらく庶民がいなくなれば貴族の中で序列が下の者たちが今の庶民の地位に落ちることになる」

「・・・そうしたら俺がそうなるのか」

「流石に王族の血筋である兄さんがそうなるとは思わないけど、格差は間違いなくできると思う。 父さんは国の富を集中させるためにそうしたいと思っているのかもしれない。

 貴族の一人でも減れば自分の分け前が増える、と。 どのみち僕は反対だ」

「なら父さんに直接反対の意見を言えばいいじゃないか」

「・・・僕は両親に反抗することができないんだ」


小さい頃から“いい子ちゃん”で育ってきたルーファスは自分の意志を示すということを今までしてこなかったせいで抵抗があるようだ。


「じゃあ俺にどうしろって言うんだ?」

「兄さんが僕の代わりにトップになってほしい」


そのような突拍子もない提案に頭を横に振った。 というよりこんな夜にやってきて馬鹿にしに来たのかと感じた。


「は? 馬鹿言うなよ、そんなの無理だって。 あまりふざけたことを言ってるとぶん殴るぞ? もう俺は寝るから」

「ちょ、ちょっと待って! 僕は本気なんだ。 兄さんがトップになるために僕を利用してほしい」


その言葉に思考が停止した。


「・・・は? 何を言ってんだ?」

「これは兄さんにとっても益のあることなんだよ。 国のトップに立てばやりたい放題。 酒池肉林の境地にいける、っていうこと」

「な、何だ? その酒池肉林っていうのは」

「かくかくしかじか」


意味を聞くとオズの目は輝き始めた。


「・・・ソイツは凄い!!」

「でしょ?」

「だけどそうなるためには一体どうやって」

「僕と兄さんの成績や評価を全て入れ替えるんだよ。 実は兄さんの方が成績がよかった。 そうなれば国民は兄さんを見てくれる」

「もし見てくれたとしても俺はルーファスと同じ家系だぞ? ないと思うけど仮に親がそれを信じてくれたとしよう。 どうせ俺も『ルーファスと同じことを主張しろ』って言われるに決まっている」

「今まで両親は兄さんのやることに対して全てスルーしてきた。 だから兄さんも両親の意見をスルーできる立場であると思う」


ルーファスの目は真剣そのものだった。


「・・・正気か?」

「うん。 兄さんが新たな方針を提示してほしい」

「俺の方針って結局はブレイドとやることが同じだ。 別に俺とルーファスを入れ替えなくてもいいじゃないか。 ルーファスの成績を自ら下げたらどうだ? 不真面目になるとかさ」

「いや、違う。 ブレイドのやろうとしていることは現状維持だ。 つまり今の庶民たちは苦しいまま変わらない」

「現状維持・・・。 俺のしたいことと似ているようで違うということか」

「そう。 ブレイドは平等を謳ってはいるけどただの現状維持。 平等という名の不平等をこの先未来永劫続けていくことを望んでいる」

「平等という名の不平等か。 ブレイドが望んでいる世界は」

「だけど最悪それでも仕方ないのかもしれない。 庶民が全員追放になるよりは」

「まぁルーファスがトップの世界よりは、それがマシかもしれないな」

「ただ僕が成績を落として不真面目になったとしてもお父様たちのことだ。 きっと揉み消される。 だから兄さんが代わりにトップになってくれるしかないんだ」

「・・・どうしてそこまでするんだよ」

「僕は純粋にこの国を変えたいだけ」


オズは腕を組んで考える。 オズにとってはメリットがあるのかもしれないが、ルーファスにとってはまるでメリットがない話だ。

本気でこの国をよくしようと考えているのなら大したものだと思うが、純粋にそう考えるにはオズは虐げられ続けている。 ルーファスのキラキラと光る眼を見ててもどこか嘘がないかと疑ってしまう。


「・・・駄目、かな? 僕にとっても兄さんにとってもいいことだと思うんだけど」

「んー・・・。 俺がトップになったらルーファスは酷く非難されるかもしれないんだぞ?」

「覚悟はできてる」


悩んだ挙句それに乗ることにした。


「・・・分かった、協力する」

「本当?」

「でもこんな落ちこぼれの俺にできることなんてないぞ?」


正直オズにとって何か裏があったとしてもあまり関係がない。 何かあったとして今のまま腐っていくよりも悪いとは到底思えなかった。


「全ては僕がやっておくよ。 兄さんは何もしなくていい」

「全て、って?」

「裏で僕と兄さんの記録を全て書き換えておく。 あとは僕たちの情報が逆だったと伝える方法だね。 ブレイド家にその証拠を残そうと思う」

「おいおい、侵入する気か?」

「結論から言うとそういうことになる。 そしてその大役を兄さんにやってほしい」

「はぁ!? 何だよ、俺は何もしなくていいんじゃなかったのか?」

「酒池肉林のために一つくらい頑張ってもいいんじゃない?」

「・・・ぅ」

「自分で何か一つくらい成し遂げないと酒池肉林だって堪能できないよ。 他力本願なのは僕から言い出したことだからいいけど流石にそれくらいはね」

「ちッ。 分かったよ」

「あ、だけどやっぱり兄さん一人だと心配だからいつもの友達に付いてきてもらいなよ」

「・・・あー、確かにその方が心強いかもな」

「あと僕たちが協力関係にあると周りに悟られない方がいい。 今まで以上に険悪な雰囲気を持って選挙に臨みたいと思う」

「・・・分かった」


こうしてルーファスとの協力が始まったのだ。



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