第16話 先代公爵夫妻
――――夜会が明けた翌朝。
アッシュとアイリーナを城から叩き出してくれたお陰で何だか気持ちがいいわね。できればもうひと、ふたつぎゃふんが欲しいところだけど……欲張りすぎかしら……?いいえ、あの2人のことだ、一回きりで懲りるかしら……?また暴走してきそうだもの。ここは慎重にいかないとね。
「シャーロット」
「うん……?」
朝食の席が終われば不意にロシェが口を開く。
「お前にも護衛を付けようと思う」
護衛……そうね。ヴァンパイアだらけの城だもの。護衛は必要ではあるわね。
「来い、アイザック」
ロシェが手招きをすると、どこからともなくヴァンパイアの青年が姿を現す。いや……青年と言っても外見上のもので、実際は違うかもしれないが。
プラチナブロンドの美しいヴァンパイアは、黒装束に身を包みながらも、相当な美貌を持っていることが分かる。
「お前にシャーロットの護衛を任せる」
「謹んでお受けいたします、ロード」
「これからよろしくね、アイザック」
「えぇ、何かあれば何なりとお申し付けください」
ずいぶんと親切そうな護衛ね。やっぱり人間の妃だもの、多少のやっかみやらそしりは覚悟していたのだけど。ロシェの前だからってことでもなさそうだわ。
こうして新たな護衛を迎え、ジェーンと共に今日もお仕事と行こうとした時だった。
「ロード。ロードに面会を希望するものが来ております」
不意にロイドが呼びに来たのだ。
ロイドがわざわざ朝食が済んですぐに……だなんて、よほどの重要な客なのかしら。
「先代のカーマイン公爵夫妻です」
は……っ。違うわ、これは重要な客と言うことではない。
ロイドはとっとと邪魔物を蹴落とそうと企んでいるのよ……!
私のその考えを読み取ったのか、ロイドがニヤリと嗤う。
やっぱりこの男……恐ろしい。
「このような時間に……ぶしつけだな……まぁいい。通せ」
「承知いたしました」
まぁ、面倒だと思っているのはロシェも同じらしい。そのロシェの反応すらも読んでいたのかしらね、ロイドは。
「シャーロットもおいで」
「あぁ、うん」
私も是非とも彼らがどうなるのか知りたいもの。
先日息子がやらかしたことに対して、どう詫びるつもりなのかしらね……?
そうして、謁見の間にて、私はロシェに手招きされて隣に腰掛ける。
すると早速とばかりに嫁いだ時に一度だけ会ったことのあるヴァンパイアの夫妻が通された。高位のヴァンパイアは人間の生き血を目当てに人間の嫁を迎えることがある。
しかしながら、夫婦はどちらもヴァンパイア。人間の生き血を啜るために秘密裏に人間を拐っていたとしても……不思議じゃないわよね。実際にやっていたようだし。
そして玉座の前に跪いた先代公爵夫妻が声をあげる。
「お願いでございます……!ロード!」
「私たちが今までどれだけヴァンパイアの世界に貢献してきたか……!」
確かに公爵ならばそうなのかもしれないが。
「知らぬ。お前たちの倅とその女が働いた無礼には変わらぬ」
「しかし、それはもともとシャーロットが……っ!」
また私か。そして顔を上げてロシェを視界に捉えた先代公爵がピタリと動きを止める。私の姿を捉えたからだ。一度しか会っていないとはいえ、やはり私のことを覚えていたか。それほどまでに、美形揃いのヴァンパイアの中で浮く地味な見た目だったのかしらね。
私も当時の印象が悪すぎて、あなたたちのことはよーく覚えてますけど。
「やはりお前か、シャーロット!」
「そうよ……この悪女め!私たちのロードを謀るとは、よほど命が惜しくないようね!?」
先代夫妻が私の方を見て声をあらげる。
「ヴァンパイアの恐ろしさを分からせてやろう……!」
先代夫妻がヴァンパイアの覇気を向けてくる。びくんと震える人間の本能だが、突如ふわりと抱き寄せられた優しい感覚に心が落ち着く心地がする。しかし反対にその場の空気はピンと張りつめる。
「私の妃に敵意を向けるとは……貴様ら、死にたいのか」
恐ろしいほどに抑揚のないロシェの声。
張りつめた空気と共に、先ほどまで威勢のよかった先代公爵夫妻が覇気を霧散させてふるふると青い顔でこちらを見る。
ロードの圧……のようなものかしら。
「ロード……だ、騙されないで……くださいませ……っ」
しかし果敢にも先代公爵が声を絞り出す。
「騙していたのは貴様らだろう?秘密裏の狩りはさぞや楽しかったであろうな」
その言葉に先代夫妻が凍り付く。
「そ……それは……公然の……」
「いつの時代か」
え……?まるでそれは、古き時代の因習のような言い分だ。
「お前たちが秘密裏にやっていることは知っていたが、今もまだ続けるヴァンパイアは稀だな。今はそんなことせずとも嫁を迎えればいい話だ」
確かに表向きはヴァンパイアとの関係樹立のために高貴な立場の人間が、種の存続のために嫁ぐのよ。
それがあれば、高貴なヴァンパイアたちは秘密裏に人間を拐って生き血を啜ることはなくなる。もし下位のヴァンパイアが人間の生き血を目当てに人間に手を出せば、ヴァンパイアハンターが動く。
それに関しては、無許可で人間を襲うことをヴァンパイアロードが許していないのだから、ヴァンパイアハンターは迷わず始末するだろう。
黙認されている、公爵家の子飼いの下位ヴァンパイアを除いて……。
まぁ、それに関しては先日グレイがその黙認を破って始末してしまったが。
「別に隠れて続けていたことに関しては特段禁じる理由もない。やりたいのなら勝手にやるがいい。ロードのメンツを潰さぬ程度におさめるのならな」
ロシェはそのことに関しては、自分に不利益がない限りは肯定も否定もしない考えなのか。私ならそう言うのは絶対ダメと即言ってしまいそうだけど……それも種族の違いゆえの考え方の違いなのか。
思えば他種族であり人間は下位種族。下位種族に対してそこまで慈悲を与えるなら、それほどの理由がなくてはならない。下手したら同胞から反発を受けるかもしれない。
絶対的なロードと言えど、配下や臣下がいなくては、ひとりで国は回してはいけない。
「だが……貴様らはシャーロットに手を出したから……ダメだな」
私……!確かに私も彼らの子飼いの下位ヴァンパイアたちに襲われかけたけど。
人間の王妃と言うだけでは、高位貴族を納得させるのは弱いのではなかったかしら。元侍女長たちの件で学んだはずだけど。
「たかだか人間の女でしょう!?」
「その女に騙されているのです!」
「それも分からぬから冷遇させたと……?お前たちには、倅を騙した上に、私の前でころっと鞍替えしようとする女の方が価値があるのだったな」
そうだ……アッシュはアイリーナの嘘を信じ、アイリーナはアッシュの前でロシェに鞍替えしようとした。
アイリーナはあなたたちが言うように、美しい生娘でしたもの。きっと、彼女のことはただの人間の女ではなかったのだろう。
「ヴァンパイアの種の評判を貶める行為を働いた貴様らは、ヴァンパイアの名誉としての爵位を取り上げるには充分だ」
「しゃ……爵位を……?」
先代公爵が愕然とする。
爵位を取り上げられると言うことは、自らが下位ヴァンパイアに落とされること。しかも種の評判を貶めたとなれば、下位のヴァンパイアからも見下されるだろう。
元は高位ヴァンパイアだと虚勢を張ろうとも、彼らはヴァンパイアと言う種の中にいる限り、いずれかの高位ヴァンパイアの配下である。だからその主人である高位ヴァンパイアに知られれば徹底的に罰せられ、叩き出される。
「そんな、お待ちください!ロード!」
最後の悪あがきで立ち上がった先代公爵の姿が、次の瞬間、一瞬で消えた……?
その瞬間背筋に悪寒が走る。
「お前のせいだ……!」
先代公爵の声が頭上から響く。そうだ……ヴァンパイアとは身体能力に秀で、時に人間の感知できぬ速さで動く。だからこそヴァンパイアハンターのような特殊な訓練を受けていなくては太刀打ちできないのに……。
しかしその凶刃は私の頭上で難なくぶっ飛ばされて玉座の下へと転がり落ちる。そして私の前にしゅたっと跪いたその姿に、そっと息を吐く。
「アイザック」
「お怪我はありませんか、シャーロットさま」
「う……うん、ありがとう」
「この場で腹を切り裂いてやっても良かったが」
隣で物騒なことを言うロシェがいるけれど。ロシェが隣にいるのに、私を始末しようとしてくるだなんて……。ロシェとアイザックが守ってくれる限りは無理に決まっているのに。
それでも最後に私を仕留めれば何かが好転するとでも考えたのか。
「そうだ……貴様らの処遇にいいものを思い付いたのだが」
力なく崩れ落ちた先代夫人と、アイザックに思いっきりぶっ飛ばされて踞る先代公爵に対し、ロシェが嘲笑を向ける。
「ヴァンパイアハンター協会が欲しがっていると思ってな」
「同胞を売り渡すつもりか!」
先代夫人が吠える。
「お前たちが我らの同胞でないのなら問題はあるまいよ」
つまりは……下位ヴァンパイアにもなれない……種からの追放。
そしてそれを引き取りにきたらしいグレイがニヤリとほくそ笑んだ。
「簡単に死ねると思うなよ。お前らに怨みを持つヴァンパイアハンターはたくさんいるからな」
黙認されてきただけで、怨んでいないはずはない。ヴァンパイアロードが種から追放してしまったのならば、ロードの管理下から外れる。つまり彼らは今までやって来た罪の対価を、ハンターたちによって払わされることになるのであろう。
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