第24話 おじ戦士、ドラゴンと戦う
採石場の最寄りの村に到着し、シャロンたち現地組三人と合流したときには、時刻はもう日が暮れる直前となっていた。
その日のうちにドラゴンの討伐に向かうのは、やはり無理という話になり、俺たちはそのまま村で一夜を明かすこととなった。
夜の間に、現地のドラゴンの様子について、ある程度の話は聞くことができた。
だが、アンデッド化したドラゴンというのは、俺も含めこれまで誰も出会ったことがない未知の存在だ。そのため、あまり有力な情報は得られなかった。
現状で分かったことといえば、鉄製の武器では傷付けられなかったことと、動きそのものは前より鈍重になっているということくらい。あとは、実際に現地で見てから対策を決めるしかないという結論となり、その夜はさっさと休むことにした。
今考えても分からないことで悩むよりも、明日の戦いに向けて体力を温存するほうが、よほど建設的だからだ。
そして翌朝、俺たち六人は夜明けとともに村を発ち、採石場へと向かった。
採石場に辿り着くと、周囲に数多く転がっている大岩に身を隠しながら、目標のドラゴンへと接近していった。
「見なよ、あれが今回の獲物さ。正確には、獲物だったやつになるのかな」
大岩のうちの一つに身を潜め、そこから見えるドラゴンの様子をうかがいながら、シャロンは不敵な笑みを浮かべた。
巨人族の血を引く彼女は、とにかく長身でガタイが良いため目立つ。おかげで岩陰に身を潜めるのも随分と窮屈そうだ。
その武装も豪快の一言だ。人間では両手で持つのがやっとな重量の巨大な戦斧を片手で軽々と担ぎ、人間なら全身を覆う大きさの大盾を、まるで俺の円形の盾のように持っている。
そしてそれらを駆使した獅子奮迅の戦いぶりを知っている俺には、本来なら圧倒されるほど巨大なドラゴンの姿が、一回りほど小さく見えた。
「たしかに見た目はドラゴンだが……あまり威圧感が無いな。あれは自分の意思で動いているのか?」
ドラゴンは採石場をうろうろと徘徊しているが、どうも己の意思というものが希薄なように見える。
これはアンデッド特有の現象なのだが、自らの意思で不死となった者と、他者によって創造されたモノとでは、まるで動きが異なるのだ。
前者は自分の意思によって自由に行動できるが、後者は創造時にどのような命令をされたかによって、その後の行動が大きく変わってくる。
そして創造時に特に何も命令をされなかったアンデッドは、ただひたすらに生者を憎み、見つけ次第襲いかかってくるだけの厄介な魔物となる。
「自分の意思という感じじゃなかったわね。あたしらへの復讐心があれば、撤退するときにもっと執拗に追いかけてきたはずよ」
俺の問いに対して、シャロンは感想じみたことを口にしながら、肩をすくめる。彼女はそう言っているが、自分の意見にさほど自信があるわけではないようだ。
「単に翼を失って、この岩場から出られなくなっただけじゃないか?」
「それは無いだろ、ドラゴンはあの大きさなんだ。その気になれば岩場を無理やり乗りこえることなど容易いはずだ」
ドラゴンは確かに片翼が破壊されていた。初戦で誰かが斬り落としたのだろう。
その点に目を付けたラサートがそれを指摘するが、槍使いのヘクターがすぐさまそれを否定する。
ヘレンの兄であるヘクターは、ソードギルド内でも中核的な人物だ。鎧は俺と似たような部分鎧を身に着けているが、武器は刃渡りが異様に長い槍を持っている。槍は優秀な使い手になるほど、こうした斬撃にも適した形状を好む傾向にあるようだ。
俺としても、ここはヘクターの意見のほうが現実味があるように思えた。
「ドラゴンが自分の意思で動いているかどうかが、それほど重要なのですか?」
「なに、アフターケアの問題だ。あいつ自体はこの場で始末してしまえばそれで終わりだが、自然発生したアンデッドだとその後もこの採石場は危険を伴うからな」
この不可解な現象について、少しでも情報収集をしておきたいのだと、質問をしてきたヘレンに対して答える。
アンデッドが発生した原因が分からないのは、正直言って気持ちが悪い。自然発生だった場合、その後の連鎖発生の可能性も捨てきれないからだ。
倒してしまうと、もう実物を観察することもできないため、今のうちに自分の経験と照らし合わせて、ある程度の推測をしておきたかったのだ。
「それで、経験豊富なラルフ先生には何か思い当たる節があったのかい?」
「いや、よくわからんな」
ドラゴンの動きには、えも言われぬ不自然さを感じるが、それをはっきりと言葉にするのは難しい。
こんなとき、オズワルドがいればこの場で明確な答えを出してくれるのだろうなと、愚にもつかない仮定が頭に思い浮かんだため、慌ててそれを振り払う。その場にいない旧友に期待するなど、俺も焼きが回ったか。
「なんだよそれ……じゃあもう、さっさとやっちまうわよ」
俺の発言に呆れたのか単に痺れを切らしたのか、シャロンが皆に号令をかけた。
俺としても、この件は討伐を後ろ倒しにしてまで固執することでもない。この場は皆と同じようにシャロンに頷き返した。
各自が、各々の武器に黒ニスを塗りはじめる。
黒ニスが塗られて黒くなった刃は、次第にぼんやりとした紫色の光を放ちだす。なんとも形容しがたい神秘的な輝きだ。完全に暗くなる直前の夜空の色、というのが一番近いかもしれない。
「あたしとラルフとで先陣を切る。アイゼンザックはすぐ後ろをついてくるんだよ」
「わかった」
「承知」
俺が返事をするのとほぼ同時に、巨漢の僧兵アイゼンザックも短く了解の意を示した。
彼は元々、三十年前の戦争で僧院から派遣された従軍僧侶だったのだが、戦いで傷付いた者たちを戦場で直に癒したいという理由から、宗旨替えをして僧兵へと転身した異色の戦士だ。
この場にいる六人の中では唯一、俺より年上の男でもある。
僧兵といっても、彼は重装歩兵のような鎧と盾を身に着け、大型のハンマーを携えているため、そんじょそこらの戦士では太刀打ちできないほど接近戦でも強い。さらにソードギルドにおける貴重な回復魔法の使い手として、数多くの戦場でその腕を惜しみなく発揮してくれている。
「アイゼンザックが耐火の陣を敷いたら、残りの三人もブレスの射程内に入ってよし。左右から挟み込んで手足をもいでいきな」
シャロンの指示に、ヘクター、ヘレン、ラサートの三人もそれぞれ返事をする。
全員に指示が行き届いたことを確認すると、シャロンはすぐさま岩陰から飛び出した。こういうときはさっさと突っ込んで、他の者が怖気づく暇もないまま、なし崩しに戦闘に突入してしまうのが彼女のやり方だ。
シャロンに続いてすぐに、俺も岩陰から飛び出した。
その時ドラゴンはすでにこちらの存在に気付いたようで、その巨体を旋回させて向きを変えようとしていた。
このタイミングでは初手で不意をつくのは無理だ。互いに足を止めて正面からぶつかり合う形となる。
接敵する直前で、ドラゴンは首を持ち上げた。その喉が膨らみはじめる。炎のブレスを吐く兆候だ。
「ん?」
「ん?」
予想していたブレスの熱が、俺たちに届くことはなかった。
ドラゴンはブレスを吐かないまま首を伸ばし、シャロンの大盾を噛み砕こうと牙を向けてきた。
ブレスに備えて盾の後ろに身を隠していた俺たちは、完全に意表を突かれる形となった。
「このっ……!!」
シャロンは咄嗟の判断で盾を捨てて、盾に噛みついたドラゴンの頭を素早く戦斧で殴りつけた。
頑強なはずのドラゴンの鱗を容易く貫き、角に覆われた頭部を深く切り裂いた。しかし、血は一滴も流れない。生身ならそれだけで生命にかかわる致命的な一撃のはずだが、アンデッド化したドラゴンにとっては体をわずかに削り取られたに過ぎないらしい。
シャロンの一撃でドラゴンの頭部が大きく垂れ下がったため、その無防備な首を銀の剣で斬りつける。
手ごたえはドラゴンにしては軽い。
鱗は確かに硬いのだが、生身のドラゴンとは比べ物にならないほど脆弱で、簡単に貫くことができた。ただ、その下の筋肉にはゴムのような弾力があり、油断すると刃が押し返されそうになる。
明らかにこれまで戦ったことのない、未知の魔物だった。
だが、勝てぬ相手ではない。
「シャロン、このまま継続するぞ、いけるか!?」
「はっ、誰にモノ言ってんのよ!」
再び牙で噛みつこうとするドラゴンの頭部に、シャロンは何度も戦斧を叩きつける。上顎を潰して、牙による攻撃を無力化しようとしているようだ。
シャロンの意図を汲み取り、俺は鉤爪がある前足を切断するべく、そちらへと移動する。
その頃には、アイゼンザックの耐火の陣が完成し、後続の三人もドラゴンへと殺到していた。しかし、その火炎対策は役に立たないかもしれないなと、俺は薄々ながら感じていた。
このドラゴンは絶好のタイミングでブレスを吐かなかった。理由は分からないが、もしかするとアンデッド化によってその機能を失ったのかもしれない。いずれにせよ、こいつで警戒すべきはアンデッド特有のしぶとさと、それを駆使した肉弾戦だと思えた。
周囲を取り囲む戦士たちに対応すべく、ドラゴンは身をよじらせるようにその場で足踏みをし、するどい鉤爪のついた前足を振り回す。
目の前に迫ってくる前足の攻撃を直前で見切り、すれ違いざまに銀の剣を振るって指を一本切断する。
獲物を捕らえられずに空を切った前足が、再び地面に着地する瞬間を見計らい、残る二本の指も立て続けに切断する。三本ある指をすべて失った前足は、これで踏ん張りがきかなくなるはずだ。
ドラゴンのような巨大な魔物を相手にするときは、張り付くくらいの距離感を保ったほうが、狙いが甘くなるためかえって安全となる。無論、完全に密着してしまうのは悪手だ。それではドラゴンが身動きしただけで、その巨体に跳ね飛ばされてしまう。
攻撃後は、反撃を警戒して一旦間合いを取る。
ドラゴンは長い尾を鞭のように振るい、自分を取り囲む戦士たちをなぎ払おうと反撃を仕掛けてきた。
その尾の攻撃に誰かが巻き込まれ、岩壁まで跳ね飛ばされるのを視界の端にとらえた。
これまで俺の中で感じたことがなかった種類の恐怖が頭をよぎり、背筋に冷たいものが走るのを感じた。
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