第16話 おじ戦士、ずるい男と呼ばれる
ひょんなことから、さらに模擬戦が続けられることになった。
ヘレンは長い髪を後ろで一つにまとめると、訓練用の槍を持って配置につく。そこは先ほどまで、ダニエルが立っていた位置だ。
ダニエルのやつは、いつの間にか周りの野次馬たちに混じって、ちゃっかり観戦を決め込む気になっている。
まあ、ヘレンの戦い方を観るのは、やつにとっても参考になるかもしれないな。
「なあ、せめて盾を持ちたいんだが……」
「ダメです。それくらいのハンデはください」
俺の提案は、即座に却下された。
なにがハンデだ。
槍を相手に剣だけで戦うのがどれだけ難しいか、分かってるだろ。両者の間によほど力量の差でもない限り、剣にまず勝ち目はない。
「では、いきますよ」
「……いいぞ、かかってこい」
最初から不利な立ち合いだと分かっている分、いっそ開き直って腹をくくることはできた。
戦いに必要のない雑念を捨て、目の前の相手に集中する。
模擬戦が始まると、ヘレンはすぐに動いた。
槍の間合いを最大限に活かしながら、鋭い足ばらいを放ってくる。
この足ばらいは牽制だ。
これを避けると、その勢いを利用したなぎ払いが次にくる。なぎ払いをかわしても、その次のなぎ払いが立て続けにくる。
最初の足ばらいへの対処を誤ると、その時点で詰みだ。
俺は余裕をもって大きく後退し、足ばらいを避ける。次に予想通りのなぎ払いがくるが、間合いが遠すぎるため届かない。
それ以上の追撃は無意味と判断したのか、ヘレンは連撃を一度そこで止めた。再び三連撃をしかけようと、間合いを詰めてくる。
単調な攻め方に見えるかもしれないが、実はこれをされると、剣には有効な対処方法が特にない。槍は間合いを維持しつつこれを繰り返せば、やがて相手は壁際に追い詰められて逃げ場が無くなる。
こちらとしてはそうなる前に、どうにかして剣の間合いに持ち込まないといけない。突きを避けるか、槍を強打で弾いて隙を作るかすれば、剣の間合いに持ち込むことは不可能ではない。
しかし、ヘレンほどの使い手ともなると、それらの対処方法は当然ながら熟知している。その上でこちらの対処ミスを待っているのだ。焦って勝負に出ようとすれば、その術中にハマることになる。
とはいえ、逃げ続けても活路はない。なるべく距離を稼ぐために円を描くように後退しているが、このままではジリ貧になるだろう。
(色々と、試してみるしかないな)
槍の回避に集中するために、俺はそれまで体からかなり遠い位置で剣を構えていた。その構えを一旦止め、剣を上段に構え直す。間合いを詰めながら、上段から下段の位置へと流れるように剣を動かし、槍への強打を狙う。
強打を警戒したヘレンが、槍を引いた。だがそれは、ほんのわずかだが引きすぎだ。槍を引くのに合わせて一気に間合いを詰める。
俺の動きに対応するため、ヘレンも後退しながら槍を短く持ちかえ、近距離の鋭い突きを繰り出してくる。その攻撃を滑り込むように低い姿勢でかわす。槍が頭上を通過したところで、ヘレンの下腹部に剣の切っ先を押し当てることができた。
しかし、勢いをつけすぎたため最後の寸止めが不十分になってしまった。
「すまん、俺としたことが途中で止められなかった……痛かっただろ?」
ヘレンは少し痛そうに、木剣が当たった箇所を押さえている。
「いえ、平気です。それよりなんだったのですか、さっきの上段は?」
「あれか? あれはただの冗談だ、上段だけにな」
ドスンッ!!
会心の親父ギャグを言い放ち、得意げな笑みを浮かべる俺の腹に、腰が入った右の拳が打ちこまれた。
やめてくれ、ノーガードのみぞおちに、そのツッコミは効く……。
「真面目に答えてください、殴りますよ」
「……もう殴ってるじゃないか」
あまりの衝撃に、一瞬息が止まってしまった。
芯が残るような鈍い痛みに耐えながら、今度は質問に真面目に答えることにした。
「槍を相手に剣を上段に構えるやつなんてまずいない。だからお前は、一瞬だけ戸惑っただろ。攻撃を誘っているのか、それとも何か自分の知らない手があるのだろうかと」
「まんまと乗せられたわけですね」
「ああ、俺が欲しかったのはわずかな綻びだ。ほんの少しでもお前の思考が乱れれば、なんでもよかった」
「あなたはいつもそうですね。ラルフなら何か仕掛けてくるかもしれない、そう思わせるのが本当に上手い……」
ヘレンは目を細め、キッと睨むような視線を俺に向ける。しかしそれとは対照的に、口元には笑みを浮かべていた。
「あなたは本当に、ずるい男です」
「その言い方はやめろ、なんか誤解を招く」
「そうですか。では、このまま勝ち逃げをするような、ずるい男ではないのですね?」
ヘレンは再び槍を構え、模擬戦を続けるよう促してくる。
この流れでは俺に拒否権は無かった。
結局、その後も三戦ほど続けたが、三本ともヘレンに取られてしまった。
足ばらいを避け損ね、なぎ払いを避け損ね、うっかりまともに突きが入ってしまったりもした。
その度にヘレンに怒られた。
「ちょっと、もっと本気でやってくださいよ」
「本気でやってる、単純にもう疲れたんだ……」
疲れたのというのも嘘ではないが、半分くらいは言い訳だった。
初戦で勝てて気が抜けてしまったというのも、もちろんあるが、それよりも何よりもあまりやる気が出ないのだ。
この模擬戦は、俺の実戦イメージから遠すぎて身が入らない。
「あー、せめて盾を、盾を持たせてくれー」
「だからダメです。盾を持たせるとあなた、無茶苦茶するじゃないですか」
それなら私のほうが模擬戦を下りますと、あっさり引き下がってしまった。
なんでだよ、若者の熱意とやらはどこへ行った。
先ほどまでよりも立ち合いに見応えが無くなったからだろうか、周りの野次馬たちもいつの間にか自然解散していた。
「やれやれ、仕方ありませんね。では一度、食事休憩にしましょう。この近くでいい店を見つけたんです。今日は一日付き合ってもらいますからね」
「いやちょっと待て、俺はこの後は自分の鍛錬をするぞ」
「なぜです? たまには一日中私の相手をしてくださいと言ったら、あなたは了承してくれたではないですか」
「おい、なにしれっと捏造してるんだ。一日中とは言ってないぞ」
お前は一体何を言っているんだ、という表情でヘレンは俺を見てきたが、誤魔化されないからな。
「……ラルフは、私と一日過ごすのがそんなに嫌なのですか?」
だから、そういう言い方するのはずるいだろ。
これを断ると、どんな言葉を選んでも角が立ってしまう。完全に退路を断たれていた。
「……分かったよ、今日はお前に付き合ってやる」
俺から言質を取ったヘレンは、普段は感情が乏しいその顔に今日イチの笑みを浮かべていた。
笑ってくれたほうが可愛いんだから、できればいつもその表情でいて欲しいんだけどな。
ヘレンと一緒に昼食をとりに行こうと片付けを始めたところ、ギルドの入り口のほうがやけに騒がしくなっていることに気づく。
何事かと様子を見に行ってみると、騎士団の鎧を着た若い男が大声で叫びながら、ずかずかとこちらに向かって来ている。
「ラルフ・オブライト! ラルフ・オブライトはいるか!」
えっ、なになに?
俺、何も悪いことしてないよ?
ただ、要件が分からないのに勝手にギルドに入られるのは困る。若い騎士がそれ以上奥へと進まないよう、片手を上げて静止する。
「ラルフは俺だ、用件を聞こうか」
俺の返事に不意をつかれたのか、騎士は驚いて止まった拍子にたたらを踏んでいる。鎧の重さに体がまだ慣れていないようだ。新兵だろうか?
若い騎士は、ありもしない威厳を保とうとするかのように軽く咳払いをすると、俺に向かって言葉を続けた。
「ラルフ・オブライト、貴様に出頭要請が出ている。すみやかに詰所まで同行しろ!」
「あ゛?」
今の返事、俺じゃないです。
とても女の口から出たとは思えないドスの利いた声が、背後から聞こえてきた。
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