第520話 煌天城争奪戦④


(さてさて。加勢してやろうかとも思ったが、もうしばらくは監視に徹してもいいか)



 シュウの感知ではイミテリア家の一派が近づいていることにも気づいていた。そこで煉獄へと身を隠し、干渉されない状態で観察していたのである。

 ノスフェラトゥだけではラヴァ相手に防戦一方であったが、加勢があれば話が変わる可能性もある。本来ならば役にも立たないだろうと期待しなかったが、オスカーと名乗る聖石寮の術師の存在が方針を変えさせた。



(確か現九聖の第一席だったか。黄金域で神器ルシスを手に入れた人物だと聞いたが、かなりの魔力だな。少なくとも攻撃力はノスフェラトゥよりもある。これなら戦いようもあるか)



 そして実際、ラヴァを吹き飛ばしノスフェラトゥを救った一撃は凄まじいものだった。下手な鉄防具よりも固いラヴァの骸殻に大きな亀裂が走ったからだ。

 ラヴァはすぐに体勢を立て直して破損部分を修復したが、かなり警戒しているように見えた。次々と放たれる火球は全く通用しておらず、ただオスカーにのみ目を向けている。



「ケシス陛下はお下がりを。どうやら私が狙いのようです」

「任せ、任せる」

「天空人の皆様は護衛を」



 オスカーはケシスから離れるためラヴァの側に降り立ち、神器ルシス劔撃ミネルヴァを構える。すると骸殻の獣と化したラヴァは激しく吼えて、全身から骨の棘を伸ばした。そして手始めに骨の尾を叩きつけてきた。

 咄嗟に劔撃ミネルヴァで防ごうとするが、軽い一撃に見えて威力は地を割るほど凄まじい。オスカーは吹き飛ばされてしまう。だがそれをノスフェラトゥが受け止めた。



「ッ! 申し訳ない少女よ」

「ノスフェラトゥです。先程のお返しを」

「礼を言いますノスフェラトゥ。しかし下がってください。ここは大変危険ですから」

「お気遣いの必要はありません。私が倒すべき敵ですから」

「しかし――ッ!」



 目が見えず、幼い少女にしか見えないノスフェラトゥを慮っての言葉であった。しかし悠長にしている暇はなく、すぐにラヴァが突撃してくる。そこでオスカーはノスフェラトゥを抱きかかえ、大きく跳んで回避した。

 ただオスカーはあくまでもただの人間だ。

 ラヴァのように特異的な身体能力を保有しているわけでもない。多少は魔力強化で肉体も強いが、あくまで人間の範疇だった。今は辛うじて回避できたが、少し遅れていればラヴァの骨に貫かれていた。実際、先程までいた場所は砕かれている。



「仕方ありません。劔撃ミネルヴァ……我が身、我が魔力を捧げます。同化を」

『いいでしょう』



 様子見などという生温いことを言っている場合ではない。オスカーは神器ルシスの力をその身と同化させ、第三の眼トレスクレアを発現する。これにより疑似的な覚醒者となった。本来ならば絶大な魔力により大きな負担を生む。何のリスクもないラヴァが異常なだけであって、常人であれば寿命を縮めるほどの負荷がかかる。



(これも《耐魔》の祝福ベルカのお蔭ですね)



 劔撃ミネルヴァと同化したオスカーは両手両足に装具が現れ、淡い魔力の光に覆われている。ノスフェラトゥを抱えたままグッと足に力を込めると、ラヴァの頭上を跳び越えるほどに跳躍した。そのまま片手で劔撃ミネルヴァを振るうと、斬撃が飛翔してラヴァの背を傷つける。

 骸殻の表面に薄っすらと斬撃痕が刻み込まれたものの、その内側はまだ見えない。それどころかラヴァは背中の骨腕でオスカーを握り潰そうとした。



「危険です」

「あ、君ッ!?」



 ノスフェラトゥは蝙蝠分裂してオスカーを掴み、ラヴァの骨腕から逃れる。今の一瞬でノスフェラトゥは理解したのだ。オスカーの攻撃力がなければ勝利は難しいと、直感的に判断した。



(それにどこかこの方は……いえ、今は)



 たった一度逃れたからといってラヴァは見逃してくれない。寧ろますます執着した様子で、骨の射撃や骨腕の刃による斬撃、更には体当たりなど、攻撃は激しくなっていく。

 蝙蝠分裂を解除して地上に降り立ち、今度は赤い毛並みの狼となってオスカーを背に乗せた。機動力であればこちらの方が優れているので、縦横無尽に駆け回りながらラヴァの攻撃を回避していく。



「この娘はいったい……考えている暇はありませんね!」



 激しく揺れる赤い巨狼がノスフェラトゥの変身した姿であることは分かっている。蝙蝠への変身や狼への変身など、その異質な能力はまるで魔族だ。だが、今のオスカーはそんなことを考えている余裕などなかった。

 とにかく目の前に迫る危険への対処、そして振り落とされないようにするだけで精一杯だったのだ。



「少女よ。もしも聞こえているならばもう少し揺れを抑えてくれませんか! そうすればあの骨の化け物は私が必ず討ちます」



 すると巨狼化したノスフェラトゥは背中から血液の結晶化能力を発動した。それによってオスカーを背中に固定し、激しい揺れで振り落とされないようにしたのである。初めこそ抵抗しかけたオスカーだがその目的を理解して大人しく従った。

 そして双刃の槍に魔力の弦を張り、弓形態へと変更した。同化によって生じた両手の装具から魔力が流れ、劔撃ミネルヴァへと魔力矢がつがえられる。その矢に対して続々と魔力が注ぎ込まれ、飽和した分が光として漏れ出ていく。



「オスカー様!」

「皆は奴の気を引き付けてください!」



 術師たちも戸惑っているように見えたが流石に訓練された者たちだった。オスカーの命令には即座に従い、それぞれが聖石を使って炎系統の魔術を発動する。また彼ら術師の持つ力は聖石だけではない。ヴェリト王国との同盟に伴い、ヴェリト人が重要視する祝福ベルカという能力も手に入れたのだ。

 手に入る祝福ベルカは必ずしも攻撃的な能力とは限らないが、どれも有用なものばかりである。

 たとえば《反応》という祝福ベルカであれば反射神経や思考速度が上昇し、戦闘中の行動をサポートしてくれる。それこそ、ラヴァの骨射撃ですら回避できる程度に。



「うわっ!?」

「大丈夫ですか!」

「はい! ですが気を付けてください。《反応》の祝福ベルカでも見てから回避は無理です!」

「良い情報です! ならば土魔術で壁を作り、攻撃を誘導しましょう」



 術師たちは積極的な攻撃を停止し、土魔術や水魔術での足止めを始める。ラヴァにとって少しでも邪魔だと思わせることができれば、上手く攻撃を誘導することも難しくはない。獣のように単純な行動原理を持っているお蔭で、オスカーから気を逸らすという役目を果たすことはできそうだった。

 一方で狼化したノスフェラトゥに跨るオスカーは、自らの限界まで力を溜めていた。



(くっ……《耐魔》の祝福ベルカでもこの辺りが限界ですね)



 迷宮神器・劔撃ミネルヴァの性能は多様であり、単純だ。

 双刃の槍形態と弓形態を使い分け、遠近両用を可能とする。特殊な形状もあって使いこなすのは難しいが、充分な使い手になることさえできれば有用であった。

 だがその最たる能力は変形機構ではない。

 攻撃力をチャージする能力だ。

 刃、あるいは魔力矢に魔力を蓄積することで攻撃力を強化することができる。限界までチャージした刃は湖すら容易く切り裂き、魔力矢は山をも崩すだろう。



(狙うべきその瞬間はほんの一瞬で通り過ぎます。決して逃しはしません)



 魔力をチャージして攻撃力に変換するということは、それだけの魔力が集まっているということ。つまりそれなりの感知能力さえあれば、その脅威に気付くことができてしまう。 

 ラヴァは全身を骸殻で覆い、骨の獣となっている。だが本当に獣という訳ではない。膨大なその魔力は自身を傷つけるほどのものだと直感的に悟ったのだ。だから簡単には狙わせてくれないし、寧ろ骨の射撃や骨腕の斬撃、尾による叩きつけなどを駆使して邪魔してくる。

 劔撃ミネルヴァは大型の武器であるため、取り回しが良くないのもそれに拍車をかけていた。



(時間がありません。ですが焦っても……ッ!)



 骨の刃がすぐそばを通り過ぎる。

 心臓が締め付けられるような恐怖を感じた。

 仲間の術師たちが妨害の魔術を使って時間を稼いでくれているが、それでもラヴァが狙っているのはノスフェラトゥとオスカーだけである。無尽蔵に射出される骨は地面を爆散させながら突き刺さり、あっという間に地形を変えてしまう。

 そこでノスフェラトゥは後脚に力を込め、高く跳躍した。空中は踏ん張る場所がないので急な転換ができず、狙われやすい。当然ラヴァもそこを突いて骨を射出した。

 だがそれと同時に背に乗るオスカーも姿勢を安定させることができる。



(今しかない)



 その思考が完了するより早く、指は弦から離れていた。

 ラヴァの骨射撃も、オスカーの魔力矢も、共に初速は音速を越えている。その二つはちょうど中間地点ですれ違い、僅かに逸れる。骨は狼化したノスフェラトゥの前脚を一本消し飛ばすに留まり、一方で魔力矢はラヴァの巨体に突き刺さった。



「外しましたかッ!」



 矢はラヴァの頭部を狙って放たれた。

 だが実際に当たったのは右肩の付近で、骸殻を完璧に貫いている。地面に縫い留められたラヴァはすぐには動けず、その隙にオスカーは次なる矢を生み出した。

 しかしラヴァはノスフェラトゥが着地する瞬間を狙って骨の刃を投げつける。タイミングは完璧なので避けることはできない。そこでノスフェラトゥは再び蝙蝠分裂してオスカーを掴み、逆方向へと転換することで逃れた。

 こうしている間にラヴァは自身を貫く魔力矢を引き抜き、再生まで始める。そして不意に、今まで全く興味を向けなかった術師たちの内二人を骨腕で掴んだ。



「ああああああああっ!?」

「ぐあっ、つ、ぶ、潰……!」

「二人とも! すぐに助け――」



 だがあっさりと二人とも全身を骨で貫かれる。

 確認しなくても分かる即死であった。しかもそれだけでは終わらず、二つの死体は急激に肉が腐敗し、分解され、塵となって消えていく。骨腕が二つの死体をそれぞれ手放すと、その落下途中で死体は骸骨となって地面に散らばった。

 一瞬のことで、誰一人として動くことはできなかった。



「アルス、ゲリック……」



 オスカーが呟くその名が、今死んだ二人のものなのだろう。蝙蝠分裂を解いて人型に戻ったノスフェラトゥも、何となくそう思った。

 だが悲劇はそれで終わらない。

 散らばった二人分の骨は突如として動き出し、パズルのように組み上がり始めたのだ。二つの人間の骨を一つに合わせ、更にはラヴァ自身が生み出した骨の欠片も融合する。そうして生まれたのは首のない巨大な骸骨戦士であった。

 頭蓋骨はそれぞれ剣の鍔に埋め込まれ、悪趣味な骨武器となっている。

 これにはオスカーも、他の術師たちも茫然としてしまった。だが思考を止める行為は戦場における最大の過ちである。ラヴァは全身から無数の骨を突き出した。その骨は枝の如く広がり、回避不能なほどに密だ。術師たちは咄嗟に逃げようとしたが、逃げきれず全身を貫かれてしまう。



「皆ッ! く……」



 反応の遅れたオスカーは、ノスフェラトゥを小脇に抱えつつ光の第三階梯《守護壁プロテクション》を発動した。大聖石のお蔭で第三階梯程度であれば多重かつ即時に発動可能である。四重の《守護壁プロテクション》に守られたオスカーだが、それでも最外殻は一瞬で破られ、すぐに跳び下がった。

 迫る骨の追撃により《守護壁プロテクション》は徐々に消耗し、二枚目、三枚目もすぐに破壊されてしまう。そこで再度防壁を発動していき、ギリギリで耐える。



「皆が……《耐貫通》の祝福ベルカ持ちまであんなに!」

「危険です。後ろ」

「なっ!」



 ノスフェラトゥの言葉で振り向いたオスカーは、骨の刃を振り下ろそうとする骸骨戦士の姿を見た。先に術師二人を融合して生み出された骸の戦士である。刃はオスカーの防壁を一撃でたたき割り、前方から迫る骨の波と挟み撃ちされることになった。

 そこでノスフェラトゥは瞬時に瘴血を操って《守護壁プロテクション》の上面にぶつける。その部分に穴を空け、オスカーの服を掴んで飛び上がった。



「あの骨は皆を骸の怪物に変えてしまうのか。何という所業か。死者を弄ぶとは!」



 空からは何事が起こっているのかよく見える。

 ラヴァを中心に発生した骨の津波は術師たちを全員貫き通し、肉を腐らせた。骸骨となった者はラヴァから骨を供給され、戦士として蘇る。骨の津波が引いたことで骸骨の戦士が何体も作られたことが分かった。



「首飾りの聖石は残って……やはり彼らは。死者が蘇るなど」

「蘇ってはいません」

「君ッ!? 首だけ!?」



 ノスフェラトゥは肩から上の部分だけを実体化させ、それ以外は蝙蝠分裂を使ったままオスカーを持ち上げる。この戦いの中でも彼女は更に器用になっていた。ただオスカーからすれば奇妙に見えるらしく、驚きを隠せていない。

 この戦いが始まってから驚きの連続であった。

 だが今はそれを問うている時ではないと思い直す。



「蘇っていないとは? 何を知っているのですか少女」

「ノスフェラトゥとお呼びください。あの骸の戦士に魂はありません。ただ死体を操っているだけです」

「その違いはよく分かりませんが、私の仲間を弄んでいることに変わりありません」

「ですが厄介です。群れには群れを。私がどうにかします」



 少し離れた場所に降り立ったノスフェラトゥは、強く祈り願う。クリフォトへと接続し、その術式によって黒魔術を発動した。

 地獄から呼び出されたのは大量の不死属。無首黒騎士デュラハンという高位グレーター級の魔物たちであった。またその全てに《呪装ヴァリフ》をかけてやり、獄炎の加護を与える。これによって魔物はあらゆる耐性を獲得し、触れる者を黒い炎で苦しめるようになった。

 召喚した地獄の魂は合計で八。その全てを無首黒騎士デュラハンとして召喚したので、骸骨兵を抑える戦力としては充分過ぎる。



「これは……やはりプラハ帝国の黒魔術! あなたはプラハの人間なのですか!?」

「分かりません。私には記憶がありませんので。それよりも私たちはラヴァを止める必要があります」

「ラヴァ。あの蛮族の名ですね? あなたの力は気になるところですが、今はあの怪物を止めることが先です。全ての疑問を呑みましょう。ええ、何も聞きません」

「その方が良いでしょう」



 こうして会話している間にラヴァは自ら骸殻を脱ぎ捨てていた。身に纏っていた骨が崩れ落ち、地面には無数の骨が散在する。それは自ら防御を捨て、不利になる行為である。

 だがそればかりか、ラヴァは胸元を抑え込んで苦しんでいるように見えた。



「呪いが進行しました。私たちを始末するために大きな力を使ったためでしょう」

「それはどういうことですか?」

「彼は呪われています。胸にある黒い痣です。あの男は力を消耗し、呪いを抑え込んでいるに過ぎません。つまり私たちが追い詰めれば……」

「勝機はそこですね。良い情報をありがとうございます。あなたの呪いですか?」

「いいえ、初めから呪われていました」

「そうですか。ではあの男に呪いをかけた何者かには感謝せねばなりませんね」



 ラヴァが苦しんでいたのはほんの僅かな間だけ。暴れまわる魔力を抑え込み、それによって痛みや苦しみは引いていった。

 だが胸の黒い痣が広がり、呪いは進む。

 そうしてラヴァは再び骸殻をその身に纏う。黒い痣も骨の鎧で覆い隠され、両肩からは合計四つの骨腕が作られる。額からは角、また背骨から連なるように骨の尾が伸びた。



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