第91話 軍団暗殺②


 闇に紛れるシュウは大量の魔道具で照らされた陣地を発見する。

 よほど防衛に自信があるのか、煌々と照らされていた。敵を素早く見つけて即座に殲滅するという意思の表れにも見えた。



(広いな。たしか五つの軍団からの連隊だったか)



 ここには五人のSランク魔装士がいるということになる。さらには覚醒魔装士もいる。

 力ある者が成り上がれる大帝国で指揮官になれるとすれば、この六人のうちの誰かだ。



(まぁ、元から全員殺すつもりだったし)



 り方は色々ある。

 一つは死魔法の応用技、《冥府の凍息コキュートス》で凍らせることだ。他には広範囲を破壊する魔術を使うという手もある。神呪級魔術《暴食黒晶ベルゼ・マテリアル》がその例だ。

 だが、今回はしっかりと暗殺すると決めている。

 理由は革命軍リベリオンに手柄を与えるためだ。暗殺者の本来の仕事は見えない部分にある。目立つように広範囲破壊をするのは間違ったやり方だ。



(まずは位置の特定か)



 優秀な情報屋こと『鷹目』からは様々な事前情報を手に入れている。

 まず、第二連隊を率いるSランク魔装士の情報だ。大将軍『緋毒』を筆頭に、『震地』『甲塔』『覇獣』『魔本』と呼ばれる軍団長たちである。それぞれ強力な魔装使いであり、通常ならば倒すのに苦労することだろう。

 だが、シュウならば瞬時に殺せる。



(標的を見つければ、すぐに殺せるんだけどな)



 大帝国軍はそれほど数が多くない。第二連隊は千人もいないはずだ。ただ、その中から六人を的確に探し出すのは困難を極める。



(何にしても、まずは一人目を見つけないとな)



 こんなことなら『鷹目』を連れてくるべきだったと後悔する。

 そう考えた直後に背後で気配を感じた。

 シュウは即座に振り返り、手刀で貫こうとする。この距離なら死魔法を使うよりも早い。



「っ!」



 だが、手刀が背後の人物を貫く前に留まる。

 シュウの指先は首筋に触れる寸前でピタリと止まった。



「危なかったですよ」

「なんだ『鷹目』か。危うく殺すところだったぞ」

「酷いですね。私の力が必要かと思ったのですが、余計なお世話でしたか?」

「いや、良い時に来てくれた」



 丁度力を借りたいと考えていたところだ。

 『鷹目』が力を貸してくれるのならば、是非とも貸してもらいたい。普通ならば大量の情報料を払う必要のある『鷹目』も、シュウに関しては無料であらゆる情報を提供する。このようなしょうもない情報でも存分に教えてくれる契約だ。

 シュウは使えるものは使う性格である。

 有効利用しないはずがない。



「で、一番近いのは?」

「ここから見える一番大きなテント。あれが見えますか?」

「当たり前だ」

「あれが『甲塔』の野営地ですね。彼は神経質で、毎日決まった時間に眠ります。今頃は就寝していることでしょうね。一番殺しやすいかと」

「なるほど。すぐ戻る」



 シュウは霊体化して、さらに振動魔術を使う。勿論、無系統の魔力隠蔽魔術も使っている。

 そうして姿と気配を消し去り、『鷹目』が示したテントに向かう。シュウほどの手練れが本気で隠れたのだから、その辺の魔装士如きでは見つけることなどできない。探知に特化した魔装士ならば察知することも可能だが、少しでも反応すればシュウが殺すので問題ない。死魔力で塵も残さず消滅させれば証拠も残らない。

 そして物質を透過してあっという間にテントの中に入る。

 甲塔軍団の団長が眠る場所だけあって、それなりの警備があった。一応は探知の魔道具も仕掛けてあるようだが、シュウはそれを死魔法で壊しておく。魔道具はエネルギーを奪い取るだけなので、見た目には破壊されたように見えない。よって、警備は異変に気付いていなかった。



(ちょろい)



 一番大きな天幕の奥に辿り着く。

 『鷹目』の情報通り、そこには『甲塔』が眠っていた。尤も、シュウは『甲塔』の姿を知らない。教えられた情報を信じただけである。ただ、シュウは『鷹目』を疑ってはいなかった。

 そして音もなく近づき、右手で手刀の構えを取る。

 死魔法の最も強力な具現である死魔力を纏い、『甲塔』の心臓に向けて抜き出した。

 漆黒のオーラがあらゆる存在と概念を食い尽くし、胸に大穴を開ける。



「がふっ!?」



 死の一撃で目を覚ましたらしいが、もう遅い。

 標的の一人目が死んだ。



(こんなものか)



 シュウはすぐにその場から離れる。

 ここからは時間勝負だ。実際に歩いたことで、陣地の中の様子も把握した。あとは情報さえあればなんとでもなる。

 霊体化による直線移動と空気抵抗無視で即座に『鷹目』の下へと戻った。



「次は? 残りを全部教えろ」

「あそこに『震地』、その向こうは『覇獣』、そしてやたらと魔道具が配置されている場所が『魔本』ですね。問題の『緋毒』と覚醒魔装士、不敗黄金ガルドロスは未だに作戦会議中です。あの本部テントにいますよ」

「情報精度は?」

「問題ありません。私の配下を忍び込ませています。『死神』さんが『甲塔』を殺している隙に聞いてまいりました」



 転移という魔装には幾つかの制限こそあれ、移動に関しては無類の強さを発揮する。

 改めて『鷹目』の恐ろしさを知ったシュウだった。

 だが、味方となるなら頼もしい。

 情報が新しい内にシュウは行動に移る。



「位置的には『震地』『覇獣』『魔本』の順に殺すべきか。そして最後に『緋毒』と黄金不敗ガルドロスを同時に殺す。そのためには……」



 完全な演算により、最適な移動ルートを選択する。勿論、移動の際には最短距離を突っ切るために霊体化するのだ。そして次々とSランク魔装士を殺し、任務を完了させる。

 Sランク魔装士を暗殺するだけあって、一気に仕事を終わらせなければ意味がない。

 少しでも騒ぎになれば警戒され、暗殺どころではなくなるだろう。殺せないことはないが、暗殺とは呼べないものになる。



(移動、加速、霊体なら慣性は考えなくていいから、減速は必要ない。最短距離で標的に近づき、魔術で停止して死魔力で殺す。これを繰り返すだけでいい)



 移動ルートを確定し、魔術を設計した。

 シュウの足元に幾重にも重なった魔術陣が浮かび上がる。



「『死神』さん。ではいってらっしゃいませ」

「ああ、またすぐに戻る。指揮官と覚醒魔装士を殺した後も仕事が残っているからな。お前は第三連隊と第四連隊の座標を正確に調べておけ」

「ええ、理解しています。当初の作戦通りに」



 シュウは加速してその場から消える。

 空気抵抗を無視した理想的な物理条件の加速により、シュウは瞬時にSランク魔装士『震地』のいるテントに現れた。

 残念ながら『震地』は起きており、お付きの女官二名とお楽しみ中であった。

 だが、慈悲はない。



(とりあえず三人とも殺して)



 音も空気の流れもなく近づいたシュウは、即座に死魔力を纏った貫き手を放って三人の心臓を貫く。ベッドは血に染まり、三つの死体ができあがった。



(次)



 再び加速してその場から消え、次のテントを目指す。

 次のターゲットとして指定した『覇獣』は眷属型魔装士であり、護衛として自らの魔装を置いている。どうやら味方も信用しないタイプらしい。

 鼻が利くのか、眷属として具現した魔獣はシュウの存在に気付いたようだった。

 巨大な猪を思わせる魔獣はシュウへと牙を向ける。



(さすがにこれはすり抜けられんか)



 魔装は魔力で構築されている。霊体のシュウでもすり抜けることはできない。

 そこでシュウは右手を伸ばし、死魔法で消し去る。



「何っ!?」



 魔装が消されたことで『覇獣』も驚いたらしい。

 だが、もう遅かった。

 シュウは目前にまで迫っている。たとえSランク魔装士であったとしても、眼で追うのがギリギリの速度で不意打ちの貫き手を放たれれば死ぬ。

 死魔力の一撃で心臓を抉り取られ、『覇獣』は即死した。



「どうされました団長?」

(死ね)



 眷属の魔獣が消えたことで側近は不審に思ったらしい。配下が一人だけ駆け込んできた。

 勿論、シュウは無慈悲に死魔法で殺す。



(次は魔道具が大量に設置されている『魔本』の天幕だから……)



 直線的に攻め込むのは愚策。

 恐らくは魔力の探知機を異常なほど設置しているだろう。そこでシュウは考えた。霊体化した自分の特性を存分に利用するのだ。

 斜め下方向へと加速し、地面の中へと潜り込む。

 予め魔術陣で加速をプログラムしているので、適正な場所で真上に加速上昇する。

 すなわち、魔装士『魔本』のいる場所へと。

 地面から飛び出したシュウは右手に死魔力を纏っていた。

 だが、『魔本』も待ち構えていた。



「待っていたぞ! 侵入者がいることは魔道具で察していたからなぁ!」



 『魔本』が魔装で生み出した無数の本が浮かんでいる。彼の魔装は、生み出した本に魔術や魔装といった魔力に由来する力を封じ込めるという能力である。封じ込めた力は使い切りだが、上手く利用すれば万能となり得る。

 ましてSランクになるほどの魔装士だ。

 保存した魔術や魔装のストックは数えきれない。

 それを解放したのだ。

 しかしシュウは慌てなかった。



(遅いわ雑魚)



 左手を伸ばしたシュウは死魔法で魔装を消し去り、そのまま『魔本』の心臓を貫く。



「ぐっ……な、ぜ……」

(だから遅いってことだよ)



 右手を抜くと、左胸から大量の血液が噴き出した。

 当然、即死である。

 絶望ディスピア級の魔物として認定されている冥王からすれば、Sランク魔装士など雑魚同然だ。なにせ絶望ディスピア級とは国を滅ぼすレベル。言い換えれば覚醒魔装士を倒せる魔物なのだから。



(で、次が問題なわけか)



 最後は深夜まで作戦会議を続けている『緋毒』と不敗黄金ガルドロスである。恐らく、二人は第二連隊の最高指揮権を与えられている。こうして夜遅くまで会議するのも頷ける。

 大将軍と覚醒魔装士を二人同時に暗殺しなければならず、同行している補佐官なども同時に消さなければならない。そうしなければ、暗殺の発覚が早まってしまう。

 革命軍リベリオンに有利な状況を作るには、暗殺を翌朝に発覚させるのが一番だ。



(考えても仕方ないのは分かっているし、行くか)



 別にシュウは恐れていない。

 魔法の力があれば問題なく殺せるのだから。

 五重の加速によって移動し、あらゆる物質をすり抜けて陣地で最も権威ある天幕を目指す。大帝国軍の指揮官にのみ与えられる天幕で、戦争の度に皇帝が貸し出す。ここは最高指揮官の寝所となるだけではなく、作戦を立てるための戦術会議室になる。

 加速した世界でシュウは思案する。



(感知した人間は八名。その内二人は結構な魔力だな)



 恐らくはその二人が『緋毒』と不敗黄金ガルドロス

 優先的に殺す暗殺対象だ。そして特に不敗黄金ガルドロスは死魔法で殺せない覚醒魔装士であるため、確実に死魔力で殺すことになる。



(先に殺しやすい『緋毒』)



 天幕をすり抜け、戦術会議室に侵入した。

 そして目に付いた高魔力の女性に背後から貫き手を放つ。狙うべきは心臓。勿論、死魔力を纏っている。

 だが、『緋毒』はスッと避けた。



(何?)



 即座に殺せなかったので、仕方なく下がる。ついでとばかりに左手で死魔法を使い、二人以外の六人から命を奪った。

 ちなみに『緋毒』を死魔法で殺さない理由は、指揮官暗殺の方法を統一するためである。

 全ての指揮官を心臓貫通で殺害することで、第二連隊の士気を著しく下げるのだ。その方が革命軍リベリオンのためとなる。



「貴様、暗殺者か? まだ若いようだが無謀だな。ここに殴り込んでくるなど」



 不敵に笑う『緋毒』のグロア・メネテスは殺された補佐官たちを眺める。死んだ六人には軍師も含まれており、兵站管理など第二連隊の運営にもかかわる。

 突然現れた暗殺者に苛立ちを覚えた。



「死ね」



 グロアは赤い霧を出す。

 これは人体を溶かし、あるいは毒によって内部から破壊する。しかしこれは生物限定だ。すり抜ける霊体化したシュウには無効である。



(めんどいな)

「効いていないだと……? 貴様は霊系の魔物か!」



 シュウが再び手刀を構えると、不敗黄金ガルドロスが前に出た。

 全身を金ぴか鎧で覆われた大男なので、シュウでも簡単に見分けがつく。恐らくはシュウの攻撃から『緋毒』を守るためだろう。

 不敗黄金ガルドロスは告げた。



「吾輩の鎧はあらゆる攻撃を吸収する。そして弾き返すのだ。貴様の攻撃がどれほど強力であろうと、吾輩の鎧を貫くことはできんのだ」

(知ってる知ってる。『鷹目』から聞いているし)

「そして貴様、噂の『死神』だな。原因不明の即死能力。まさか魔物だったとはな。その特異な力は魔法だったということか。噂の冥王、貴様のことであろう」

(意外と鋭い)



 これにはシュウも緊張を隠せなかった。

 鎧で覆われていることから脳筋系だとばかり考えていたが、知的な面もあるようだ。二百年も覚醒魔装士をやっているだけはある。



「ほう。こいつがな。『王』の魔物ということか」

「気を付けることだ。国家を滅ぼすほどの魔物であるぞ」

「無論」



 シュウが『王』の魔物と知っても二人は余裕を崩さなかった。

 いや、正確には余裕なフリをしていた。実力者である二人は、シュウを倒すのが難しいと理解している。だが、それを表情に出せば心で負けるのだ。表面だけでも余裕を見せなければならない。上手くいけばシュウが撤退してくれると考えた。

 だが、シュウは引く気などない。

 その気になれば簡単に殺せる。

 『緋毒』は死魔法で殺せるし、不敗黄金ガルドロスの攻撃吸収反射能力も死魔力なら関係なく貫けるのだ。



(こだわらなければいいだけのこと。今は時間が優先だな)



 シュウは右手に死魔力を纏わせ、左手を『緋毒』に差し向けた。







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