第57話 獣王


 襲いかかるアズカに対して、シュウは冷静に対処した。



(まぁ、殺すのはダメか)



 流石にその分別はある。

 殺したところでシュウとしては問題ないが、帝都アルダールの真ん中ということが問題だ。一応は法律によって守られた都市である。ここで殺しをすると動きにくくなる。

 そこで掌に振動魔術の魔術陣を小さく展開し、アズカの動きを読む。怒っている上に、一般人相手だと舐め腐っている。故に動きを読むなど容易い。

 変身系魔装で獅子の獣人へと変化したアズカはシュウを鋭い爪で斬り殺そうとする。だが、逆に懐へと飛び込んだシュウによって掌底を打ち込まれ、振動によって脳を揺らされる。

 掌に魔術陣が浮かんでいるため、街中で魔術が発動したことには気付かれていない。



「が……ぁ?」

「一撃で気絶しないのか。頑丈だな」

「クソが……てめぇ何を……」

「ルールぐらい守れ馬鹿」

「おぐっ」



 二発目を受けて流石のアズカも気を失った。

 こっそり死魔法で魔力を奪ったのだが、誰にも気づかれてはいなかったらしい。Sランク魔装士が一瞬で負けてたことが衝撃だったのだ。気付く者などいない。



「大したことないな」

「比べる相手がおかしいのですよー」

「さっさと食うぞ」



 シュウとアイリスはそのまま魚料理の店に入った。

 小さなどよめきを背に受けながら。











 ◆◆◆












「はっ!」



 アズカはベッドから勢いよく起き上がった。

 そして周囲を見渡して状況を把握する。軍の救護室だと分かった。



「起きられたのですかフラップ様」



 救護室に勤める医務士官が声をかける。そして目を覚ましたアズカに水入りのコップを渡した。状況を思い出せないアズカは取りあえずコップを受け取って水を飲む。

 脳を揺らされたアズカは記憶が混乱していた。



「確か俺は……」



 皇帝の命令によって大巨人ギガース討伐に出かけた。災禍ディザスター級の魔物であるため、Sランク魔装士が出動することになったのだ。

 大巨人ギガースは物理攻撃が強い魔物だったが、アズカは自身の身体能力を劇的に向上させる獣人化の魔装によって対抗した。当然、勝利を勝ち取ったのはアズカだ。



「そうだ……俺は!」



 帝都アルダールに帰還したアズカは、魚料理店の店先でシュウに絡んだ。そこから記憶がない。状況から察するに、気絶させられたのだ。

 誰にさせられたのか。

 シュウに決まっている。

 長い黒髪と黒目が特徴的で、スラダ大陸西方の民族とは思えない顔立ちだった。



「クソ野郎が!」



 アズカはベッドから飛び降りて救護室を出て行こうとする。

 医務士官はすぐに止めた。



「フラップ様、やめてください。今日は休んでください。脳に異常がないかだけでも……」

「ああ? 脳に異常だと? 俺が馬鹿だってのか!?」

「いや、そうではなく……」



 そう、アズカは馬鹿である。

 彼はSランク魔装士である上に獣王軍団の団長を務めているのだが、致命的に頭が悪い。

 医務士官如きではアズカは止められない。彼は非常に困った。

 だが、そこに救いが訪れる。



「騒がしいですよアズカ君」



 救護室の扉を開いてやって来たのは眼の細い青年だった。

 その顔に見覚えがあるアズカは吼える。



「テメェ! リューク!」



 『雷帝』リューク・フェルマー。それが現れた青年の名前だった。

 同じSランク魔装士であると同時に、雷帝軍団の団長でもある。つまりは同僚である。リュークならばアズカを止めることが出来る。



「アズカ、今日は休むように言われています。どうせ暴れているからと私たちの上司殿から監視するように命令されたのですよ。だから休んでください」

「うるせぇんだよ」

「黙りなさい」



 リュークは雷を操る魔装でアズカに触れる。すると、神経が麻痺させられてしまい、アズカは床に倒れて動けなくなった。舌も痺れて上手く喋れない。



(リュークの野郎……)

「言いたいことは分かりますが、これも命令ですから。それに、これは任務を途中で放り出した上に市民へと危害を加えようとした罰でもあるのですよ」



 そう言ったリュークはアズカを抱える。

 意識は取り戻したので、後は部屋で休ませれば問題ないだろう。



「では失礼しました」

「あ、はい……」



 細い目をさらに細めたリュークは、アズカを抱えて救護室の扉に手をかける。リュークにとってアズカは手のかかる後輩であり、彼がやらかしたことの後始末は自分の仕事だと思っている。

 部屋を出たリュークは軍部の廊下を歩きながらアズカの寝室を目指す。

 そこに寝かした後もリュークには仕事があるのだ。



(それにしても)



 リュークは歩きながら考える。



(任務後で魔力を使い切っていたとはいえ、アズカを一瞬で無力化ですか。一体何者か気になりますね)











 ◆◆◆












 事件があった翌日の朝。

 アズカは自身のベッドから起き上がっていた。



「……」



 手足を動かし、指を握ったり閉じたりする。

 リュークの魔装によってかけられた魔力が解けて、痺れからも解放されたのだ。結局、昨日から何も食べていない。故に腹は減っているし魔力も回復していない。



「畜生……」



 これをやったリュークに恨みはない。

 冷静に考えて救護室で暴れようとした自分が悪いのは確かだ。しかし、シュウを襲ったことについてはまるで反省していなかった。



「あの畜生……魔力さえあれば! あんな奴!」



 大巨人ギガース討伐の任務で魔力はかなり消耗していた。流石に災禍ディザスター級の魔物を相手にすれば、Sランク魔装士でも魔力をかなり使ってしまう。回復するにはよく食べてよく寝ることが必要だ。

 今から食事を取って魔力を回復させる。



「あの野郎をぶっ飛ばす……!」



 プライドを傷つけられたアズカは怒りに燃えていた。













 ◆◆◆














 帝都に入って二日目。

 シュウとアイリスは観光のため街を歩いていた。基本的に二人の観光は街を歩いて気に入った店があったら入る、を繰り返している。

 ちなみに二人とも大量の魔力容量を持っているため、いくら食べても魔力に変換される。美味しそうな食事を出す店があったら、手あたり次第入るのだ。



「次はあの店にするか」

「お菓子の店なのです!」

「噂では柑橘系のサッパリとしたケーキが美味いらしい」



 二人はすっかり帝都アルダールを満喫していた。二日目にして。

 世界一の都とも言われる帝都は最先端の場所だ。何をするにしても楽しく、心が躍る。



「まぁ、やはり人が多いな」

「ですねー」

「都会ならではと言えば、その通りか」



 人口で言えば一千万人はいると言われている帝都だ。どこに行っても人、人、人。店に入れば必ずと言って良いほど並ぶ必要に迫られる。

 正直言って、方向音痴のアイリスが迷子にならないよう気を付けるのが面倒だった。そのため、二人は手を繋ぎながら歩いている。そのため、アイリスは機嫌が良かった。



「シュウさん」

「なんだ」

「呼んでみただけなのです」

「用がないなら呼ぶな」

「女心が分かってないのです!?」



 こんなやり取りも慣れたものである。

 この人混みであれば、シュウもスリに警戒しなければならない。大きなお金は銀行に預けてあるし、一部は影の精霊に保管させている。それでも結構な額を持ち歩いているので、普通ならば窃盗に注意しなければならないのだ。

 しかし、帝都アルダールは非常に治安が良かった。

 裕福だからこそ、誰も盗もうと思わない。人は満足でなくとも衣食住が揃っていれば窃盗するという発想が湧かないものだ。特に盗みが悪であるという教育が進んでるならば、命の危険がない限り窃盗に走ったりしないことが多い。

 油断した会話をしても大丈夫というわけである。



「そう言えばアイリス」

「どうしたのです?」

「適当に仕事でも探すか」

「仕事なのです? シュウさんはアレがあるですよ?」



 アイリスが言っているのは『死神』としての仕事だ。

 既に帝都アルダールに存在する黒猫の酒場も幾つかはピックアップしている。まだ顔こそ出していないが、仕事に困ればそこに行くことで働き口も見つかることだろう。

 これだけ大きな都市なのだ。

 暗殺の仕事もそれなりにあるだろうとシュウは踏んでいる。治安が良くても、暗殺の仕事は幾らでも見つかるものだ。残念なことに。



「あっちの仕事じゃない。ちゃんと胸を張れる仕事を探さないかってことだ。何も働いていないように見える奴が、何処からともなく金を持ってきてたら怪しいだろ」

「確かにそうなのです」

「だから、適当な場所で普通に仕事しようかと思って」

「でも簡単に見つかるのです?」

「ああ、簡単に見つかるぞ」



 シュウは今並んでいる店の壁を指さした。そこには張り紙があり、スバロキア大帝国で常用されているシビル文字でこのように記されていた。

 『バイト募集中。詳しくは店員まで』



「ほらな」

「ホントなのです!?」



 この手の張り紙は探せば幾らでもある。アイリスは全く気付いていなかったようだが、シュウはその辺りもチェックしていた。



「今日楽しんだら、明日は仕事を探しに行くぞ」

「なのです」



 バイトのようなパートタイムの仕事でなくとも、シュウとアイリスならピッタリの仕事もある。例えば魔術の講師。これは魔術や魔装について積極的に教育を施している大帝国では需要の高い仕事だ。

 アイリスはシュウの補助が有ったとはいえ、戦術級魔術《無情無空コンセントレイト》すら発動させたことがある。風の魔術についてはエキスパートと言って過言ではない。神呪クラスまで使えるシュウは尚更だ。



「そろそろ俺たちの番だ。何を頼むかは決めたか?」

「勿論なのです。あのオレンジ色のクリームが乗ったフルーツケーキにするのですよ」

「ああ、あれか」



 シュウも同じものにしようとしていた。そのため、どうせなら別のケーキにしようと決める。どれにしようかと店のショーケースを観察していると、後ろが少し騒がしくなった。

 シュウとアイリスは振り返り、何があったのかと騒ぎの元に視線を向ける。

 そこにはスバロキア大帝国軍正式装備を纏った人物が一人立っていた。何となく、シュウには見覚えがある。アイリスにも見覚えがあった。



(あれは……)



 その顔はまだ記憶に新しい。

 昨日、シュウにいちゃもんをつけて襲いかかってきた魔装士アズカ・フラップである。『獣王』の二つ名を持つ男である。

 アズカはシュウの姿を見つけるや否や、ずかずかと足音を鳴らしながら近づいてきた。

 そして指をさしながら宣言する。



「てめぇ! この俺と勝負だ」

「は……?」



 流石に周囲一帯が凍り付いた。







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