第49話 王女と死神


「は? 王女が会いに来いって? 何の冗談だ」

「残念ながら冗談ではないのさ『死神』」



 翌日、再び酒場へとやってきたシュウとアイリスは耳を疑った。どんな経緯があって、暗殺者である自分に会いたいと願ったのか、意味不明だからである。



「仮にも王女だろう? 何を考えているんだ?」

「何も考えちゃいないさ。あの馬鹿王女はな」



 吐き捨てるような言い方に、シュウも溜息を吐く。

 つまり、その馬鹿な王女に面会しろというのだ。絶対に面倒が起こるとシュウは確信していた。



「今日は報酬金を受け取りに来ただけだと思ったんだけどなぁ」

「面倒な仕事が追加されたのですよー」

「でも、いい機会ではあるよな」

「ですねー」



 シュウとしては乗り気でなかったが、悪い誘いではないと思えた。



「まぁ、行ってやるか。お前も来るかアイリス?」

「うーん。シュウさんが行くなら行くのですよ」

「……大胆だなお前らも」



 マスターは呆れたような視線を二人に送ったのだった。













 ◆◆◆













 四日後、シュウとアイリスは王城へと通された。あれから王城に入るための手形を受け取り、いつ訪れるのかを相談した。勿論、それは全て仲介役を通してのことなので、シュウとアイリスは待っていただけである。

 マスターから通行手形を受け取り、満を持してやってきた。



「この部屋になります」



 使用人に案内されたのは、装飾が施された大扉の前だった。



「入室される前に注意します。この部屋の中にいらっしゃるのは非常に高貴な方です。粗相のないようにお願いします」



 懇願するような目で使用人が訴えるため、シュウとアイリスは頷いた。尤も、今の二人は顔を隠すためにフードを深く被っている。そのため、誰が見ても怪しい姿だ。故に厳重注意をしたのだろう。

 愚かな王族とは言え、自分が仕える人物の下に怪しい二人組を案内するのは抵抗があるのだ。



「では」



 使用人はドアノッカーを叩き、二人の来訪を告げた。



「お客様が参られました」



 数秒すると、内側から扉が開かれる。扉を開けた別の使用人は、シュウとアイリスの姿を見てギョッとするも、すぐに平静を取り戻した。



「中へお入りください」



 そう言われ、シュウは扉の内側に入った。アイリスはシュウの左腕にくっついているため、共に部屋へと侵入する。途端にキツイ花の香りが漂い、アイリスは少し咽た。

 アイリスも花の香りは嫌いではないものの、これだけ濃いと流石にいい香りだとは思わない。

 センスの悪さを肌で感じることになった。

 更に、部屋の内装を見てより強い嫌悪感を覚える。

 ギラギラと無駄に装飾を施した照明、下品に並べられた絵画、そして高価と思われる壺に生けられた数々の花。これは酷いと言わざるを得ない。王家に仕える使用人が、このような趣味の悪い内装を用意するハズもないので、これが王女ルシャーナの趣味なのだろう。



(で、ソファに寝転がってる馬鹿っぽい女がルシャーナか)



 シュウはまず初めに、部屋にいる人物を確認する。

 貴族と思われる男が一名、王女付き護衛の魔装士が二名、使用人が二名、そして大帝国軍の軍服を纏った人物が六名。恐らくは『死神』が暗殺者であることを考慮したのだろう。

 全く意味をなさない護衛だが。



「それにしても……王女の正面に座っている女は誰だ?」

「この空間で座っているってことは、似た立場の人間だと思うのですよ」

「つまり、ルシャーナの妹……ワイルスか?」

「多分なのです」



 二人は誰にも聞こえない様に小声で会話する。高慢なルシャーナが近くに座らせているのだから、妹ワイルスと考えるのが妥当だ。

 そしてそれは事実でもあった。



「良く来たわね。貴方が『死神』かしら? 『死神』は男と聞いているのだけど。私は第一王女ルシャーナ・ミーナ・リヒタール。こっちは妹のワイルスよ」

「ワイルス・リューラ・リヒタールと申します。『死神』さんというのですね。不思議な名前です」

「こっちのワイルスはともかく、この私に会えるなんて光栄よ? 頭を下げたらどうかしら?」



 話を聞くだけでイライラする。

 それがシュウとアイリスの感想だった。



「あ、頭を下げたら顔が見えないわね。まぁ、そのまま立っていることを許すわ。寛大な私に感謝して崇めなさい」

「流石はお姉様です。お優しいのですね」

「ふふん。当り前よ」



 どこがだ! と部屋にいる全員の心が重なった。

 残念ながら、ルシャーナは本気でそのように考えている。自分はこの世で最も美しく、高貴だと思い込んでいるのだ。『死神』のことすら下賤の者だと断じ、下賤ゆえに高貴な自分には何もできないと信じ込んでいた。

 実に愚かである。



「アイリス」

「ですね」

「面倒だ。もう終わらせる」



 シュウは早々にウザいと感じるようになったので、もう終わらせることにした。

 さり気なくルシャーナとワイルスに向かって手を伸ばし、握り潰す動作をする。



「もういい。『デス』」



 その瞬間、ルシャーナとワイルスは死んだ。生命力を魔力として奪われ、エネルギーがゼロになったことで死んだのだ。あまりにも自然で呆気ないものだったので、貴族の男も使用人も護衛も大帝国軍人も唖然とする。

 静まり返った室内の中、シュウは口を開いた。



「任務完了だな」



 その言葉を聞いて、貴族の男……アウリー侯爵はようやく我に返った。



「馬鹿な! 我らの依頼は革命軍リベリオンを名乗る輩から国庫の財を奪い返すというものだったはずだぞ! 何をしている! ルシャーナ殿下とワイルス殿下に何をした!」

「殺した」

「な……」



 絶句するアウリー侯爵に対し、王女たちの護衛や大帝国軍の軍人リカルド・エンパルドたちはシュウとアイリスを殺すべく動いた。

 だが、彼ら八人が魔装を展開するより、シュウが魔法を発動する速度の方が速い。

 死魔法によって魔力も生命力も奪われ、次は八人が死んだ。



「流石は魔装士。まぁまぁ魔力持っているな」

「一気に奪える人数が増えたです?」

「俺も成長したんだよ」



 更にシュウは腰を抜かしたアウリー侯爵と使用人に右手を向けた。元からこの部屋にいる全ての人間を殺すつもりだった。別に忌避はない。



「待て! 待つんだ! なぜ『死神』が私たちを殺すのだ。私はアウリー侯爵家当主だぞ! 私がお前に命じたのは革命軍リベリオンが奪った財を見つけることだった! 何故だ!」

「ああ、その依頼は確かに聞いたな」

「ならば!」

「だが、同時に革命軍リベリオンからも依頼があった。誰でもいいから王族を殺してくれってな。人数に応じて後払いの報酬が増えるそうだ。いや、良かったよ。二人もいてくれたおかげで報酬が増えそうだ」

「私だって報酬は渡したはずだ! 百金貨だぞ! なぜ革命軍リベリオンの肩を持つ。お前は革命軍リベリオンの手駒だったとでもいうのか!」



 完全に的外れな叫びを聞き、シュウは肩を竦める。

 今回のことは肩入れするとか、そんな問題ではない。もっとシンプルな話だった。



「『死神』は二つの依頼を受けた。一つは百金貨で革命軍リベリオンに奪われた財を取り戻す依頼。もう一つは前金二百金貨で王族を暗殺する依頼。更に殺した王族の数だけ後払い報酬をくれるそうだ。一人二百金貨って話だから、前金も合わせて六百金貨だな」



 それを聞いたアウリー侯爵は察した。

 つまり、自分が出した依頼の六倍が報酬としてもらえるのだ。前金だけでも倍はある。恐らく、国庫から盗んだ財を使って依頼したのだろう。

 そして、依頼主であるアウリー侯爵が死んだ場合、『死神』は依頼を果たす必要がなくなる。報酬として既に前払いされた百金貨も好きに使って構わないのだ。

 結果として七百金貨を手に入れることが出来る。

 『死神』として美味しいのは革命軍リベリオンに与することだった。



「か、金なら出す! 千金貨だ! 皇金貨十枚分なのだぞ! それで私に雇われろ!」

「雇うなら、今すぐ現金をこの場に出せ」

「それは無理だ! だが屋敷に戻れば……」

「話にならんな。『デス』」



 アウリー侯爵と使用人は倒れた。

 この部屋にはアイリスが防音魔術を張ったので、外に声が漏れた心配もない。



「逃げるぞアイリス」

「王子は殺さないのです?」

「これ以上は金が増えても逆に困る。取りあえず銀行口座を作ったからそれに預けたけど、必要以上に持っている意味はない。金貨が七百もあれば余裕だろ?」

「確かにその通りなのですよ」

「それに、王子は生かしておいた方が後々で儲けられそうだ」

「うわー。シュウさんがあくどいのですー」

「知らんな。魔物の俺に人間の感性を当て嵌めて貰っても困る」



 二人は人知れず、部屋から去った。

 数時間後、物音一つしないことを不審に感じた使用人が中を確認したところ、大量の死体が見つかって大騒ぎになったのは必然である。













 ◆◆◆












 王女ルシャーナと王女ワイルスの死から数か月後。

 革命軍リベリオンは再び勢力を強めていた。王城から奪った財を元にして立て直し、再び組織としての体を再建したのである。



「レイ様。ハインツ村の制圧を完了しました。奴隷化されていた村人たちは全て元通りと聞いています」

「そうか、これで最後だったな。本当に良かった」



 昔からの従者であるレイルの報告は、革命軍リベリオンとしての作戦が成功したことについてだった。ルシャーナの命令で、革命軍リベリオンに協力的だった村が警備隊に襲撃され、村人たちは全員が奴隷化されていた。

 死ぬまで農業をやらされる農奴として扱われていたところを救出したのである。

 二人の王女の死という大混乱に加え、革命軍リベリオンが手に入れた財力もあって、以前よりも大きな勢力を手に入れていた。



「リーリャは俺たちの成果を世間に流してくれ。あとエルドラード王族の行った悪行も添えてな」

「既にやっています。そのお陰か、革命軍リベリオンに協力的な村や街は増え続けているようですね。東側の殆どはこちら側の味方です」

「他国はどうなっている?」

「北のベルン王国、南のサラディア王国にも私たちの活躍をそれとなく流しました。国民たちは、自分たちでも国を変えられると奮起しているようです」

「予定通りだな。これで北も南もエルドラード王国に干渉する余裕はなくなる」



 大帝国の圧政によって一番苦しんでいるのは、属国の一般階層である。特に農民は、収穫を得ても殆ど徴収されてしまい、日々の生活すら儘ならないという。

 中には、国策で育てる農作物を限定されてしまい、主食となる小麦が足りない地域も存在しているようだ。確かに、一か所で同じ作物だけを育てると効率的だが、それは作物を育てている農民の生活を無視している。流通が整い、作物の交換が容易いのならば、意味のある政策と言えるだろう。しかし、現状では農民たちを疲弊させる悪手でしかなかった。

 農民たちには不満が溜まっており、同時に諦めてもいる。

 しかし、革命軍リベリオンの活躍を聞けばこう思うだろう。自分たちでも、国を動かせるのではないだろうか。自分たちで、より良い生活を掴めるのではないだろうかと。



「レイル、リーリャ。次は東部で最も大きな街イリースタを目指す。そこで戦力を整え、今度こそ革命を成功させるんだ」

「はい」

「早速準備します!」



 二週間後、エルドラード王国の東部は名実共に革命軍リベリオンの支配下となった。














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