第21話 冥王


 王都大聖堂の地下にある牢にアイリスは囚われていた。魔女というレッテルを張られた直後から、既に彼女は聖騎士ではない。ただ、聖騎士から異端の者を出したというのは教会にとって都合の悪い事実なので、一般には伏せられている。

 そしてアイリスの魔装は拡張型の不老不死という能力だ。

 魔術さえ封じれば、戦闘力はないに等しい。

 アイリスが魔術を使おうとすれば即座に魔術陣を破壊できるよう、常に誰かが見張りに着いた状態で、イルダナから王都まで移送された。

 ちなみに、処刑がイルダナではなく王都で行われるのは、アイリスが聖騎士だったことがバレないようにするためである。流石に、イルダナで処刑をすれば住民にバレてしまう。



(はあぁ……しくじったのです)



 冷たい牢の中で、アイリスは同じことを何度も考える。

 流石に魔物から魔術を教わったと言ってしまうのは早計だった。元々、アイリスはシュウが魔物だとは知らなかったので、そこから順序立てて説明すれば情量酌量の余地もあっただろう。しかし、今となっては話も聞いて貰えない立場となった。

 魔女と口をきいては穢れてしまうと思われているからだ。



(お腹すいた……)



 何より、食べ物がないのは辛い。

 水は貰えるが最低限で、食料など全く貰えない。どうせ処刑されるのだからと、移送中も食事はなかったのだ。不老不死の力を持つので餓死したりはしないのだが、空腹や渇きは感じるのだ。お蔭で、アイリスは立ちあがる元気もなく石の床で体を休めていた。



(うぅ……甘いパンが食べたい……)



 こんなときに呑気なことを考えられるあたり、流石アイリスだ。

 もう少し命の危機を感じた方が良いのではないかと思うが、アイリスはそれを心配していなかった。何故なら、シュウとの約束を信じていたからである。

 図らずとも自覚してしまった感情は、シュウを疑うことをしなかった。



(ん……足音?)



 そのまま暫く転がっていると、不意に足音を感じた。床に耳を付けて倒れている状態なので、足音がよく聞こえるのである。規則正しい足音に混じって、歩幅が微妙にずれた足音が一つ。

 規則正しい足音は聖騎士のもので、もう一つは異端審問官のものだろう。

 アイリスが顔を上げて起き上がると、丁度二人の人物がやってきた。

 予想通り、聖騎士と異端審問官である。



「処刑の時間だよ魔女。連れて行くから出してくれたまえ」

「はい」

「ええ」



 アイリスを閉じ込める牢を見張っていた二人の牢番が返事をする。そして、片方がカギを取り出し、ガチャリと音を立てて施錠を解いた。

 次に、異端審問官に付き添っていた聖騎士が中に入ってロープを取り出し、アイリスの両腕を後ろ手に縛っていく。



「立て」

「痛……」



 聖騎士はアイリスを無理やり立ち上がらせた。ずっと食事もなく、堅い床で寝かされていたアイリスは疲労と共に痛みを感じる。身体の節々が痛みを訴えているようだった。

 それでも聖騎士は無言でアイリスの背中を押し、牢から出るように促す。

 逆らっても意味がないと分かっているので、アイリスは仕方なく従った。

 そのまま異端審問官の前まで連れていかされる。

 不老不死の魔装のお蔭で、この時には既に体の痛みも引いていた。この魔装は魔力の限り、アイリスを守り続ける。怪我をしても即座に修復し、致命傷すら再生し、飢餓状態であったとしても魔力を生命力に変換することで生きながらえる。

 魔力量Aランクのアイリスならば、殆ど不死なのだ。



「ふん……忌々しいな。不死の魔女よ」

「私は―――」

「口答えするな穢れた女!」

「――うぐっ!」



 異端審問官は言葉を発しようとしたアイリスを殴り、無理やり黙らせる。彼は魔神教に反抗する異端者を摘発するのが仕事であり、信心深さはその辺の司祭よりも上だと言える。

 魔女であるアイリスに人権があるなどと思っていなかった。



「ちっ、魔女に触れたせいで穢れた。本当ならば我が魔装でグチャグチャにしてやりたいところだが……生憎、我が魔装に戦闘力はないのでな。残念だよ」



 彼の魔装は真偽を判定するというもの。

 戦闘力は皆無だが、異端者を取り締まる際には重宝する。

 そもそも、アイリスは不老不死というふざけた能力者なのだ。幾ら攻撃しても再生されるので、大抵の方法は意味がない。

 だからこそ、処刑方法も火炙りなのだ。

 魔力が尽きるまで燃やし続け、殺すという方法が取られたのである。



「穢れは焼却されなければならない。エル・マギア神の救いすらない冥府へと落ちるがいい。では、連れて行くぞ」

「ええ、分かりました」



 異端審問官は元来た道を戻り始め、付き添いの聖騎士もアイリスの背中を押して無理やり歩かせながら追従する。

 この日、魔女アイリスの処刑が決行されようとしていた。












 ◆◆◆













 王都の大聖堂前にも広場がある。

 その中心ではステージが組み立てられ、一本の鉄柱が立っていた。そこには処刑の対象である魔女が縛り付けられており、魔術詠唱できないように轡までされていた。ちなみに、ステージは乾燥した木で組まれており、これが火炙りの燃料となる。油が沁み込まされた木片も用意されているので、盛大に炎が巻き上がることだろう。

 この公開処刑には、王都の多くが注目していた。

 流石に全員というわけではないが、かなりの民衆が広場に集まり、処刑の時を待つ。



「これより、処刑を始める」



 風の第四階梯《空翔フライ》で宙に浮いた異端審問官が声高々に告げた。これはエンターテインメントではなく処刑なので、民衆も変に騒いだりはしない。空中で演説を始めようとしている異端審問官に注目し、じっと言葉を待っていた。



「エル・マギア神の子たちよ。聞くがいい。この魔女は忌々しくも魔物に近づき、それによって魔術の力を得た異端者なのだ。我らが神の恩寵を蔑ろにした上、魔と契約するこの体たらく。死を持って償うのが相応しい」



 魔力や魔装、魔術はエル・マギア神によって与えられたものだと考えられている。特に魔術は古代に神から賜ったものだとされており、最上級である第十五階梯はそれゆえに神呪と呼ばれているのだ。

 それにもかかわらず魔物から魔術を教わったとなれば、許されざる禁忌とみなされる。

 尤も、このあたりは解釈に色々あるので、誰もがそういう考えをしているわけではない。実際は上級の魔物も魔術を使うことがあるので、魔術がエル・マギア神から賜ったものではないと解釈する人もごく少数いるからだ。

 ただ、異端審問官――というより魔神教の主流――は前者だった。



(むむーっ! 誰が魔女なのですーっ!)



 そして鉄柱に縛り付けられ、轡を嵌められたアイリスは心の中で叫んでいた。アイリスも魔物から魔術を教わるのは良くないことだと知っている。しかし、元々はシュウを魔物と知らなかったし、知った後でもシュウを悪だと感じることはなかった。

 魔物とも分かりあえることがあると理解したのである。

 というより、恋は人を盲目にさせるという方が正しいかもしれないが。



(うぅ……幾ら不老不死と言っても、火炙りは酷いのです。死なないだけで痛いんですよ!)



 アイリスが視線をステージの下に向けると、幾人かの聖騎士が待機していた。彼らは炎系の魔装、または炎魔術を得意とする者たちであり、今回の処刑のために集められた。

 異端審問官の合図で、一斉に魔装や魔術が火を噴くのである。



(そもそもシュウさんもシュウさんなのですよ! あれだけ格好よく『俺はお前を守ってやる。例え全人類を敵に回してもだ』とか言っておきながら、助けてくれないのですー! 乙女心返しやがれなのですよー! シュウさんのバーカバーカ!)

(ほう。酷い言い草だな。誰が馬鹿だって?)

(そんなの決まっているのです。ちょっとドキリとするセリフを言っておきながら約束を守らないシュウさんなのですよ)

(そうかそうか。……馬鹿はお前だアイリス。お前は今、誰と話している?)

(…………え――?)



 知らぬ間に思考へと割り込んでいた何かに気付き、アイリスは周囲を見渡した。右、左、下と目を動かしていくが、声の主は見つからない。

 その間に、宙に浮かぶ異端審問官は最後の審判を告げ知らせた。



「処刑の時間です。魔女に死を!」



 それを合図に聖騎士たちが魔力を込める。炎の魔装使いは自分の魔装を顕現し、炎魔術使いは詠唱で魔術陣を完成させていく。

 しかし、その魔装や魔術詠唱に割り込むようにして重い音が響いた。



「『デス』」



 その瞬間、魔装や魔術陣を展開していた全ての聖騎士から青白い塊が飛び出る。それは一点に引き寄せられるようにして飛んでいき、魔女アイリスが縛り付けられている鉄柱へと向かって行った。

 民衆や見学していた貴族に王族、魔神教神官、異端審問官は驚きつつ青白い塊を目で追った。

 すると、音もなく鉄柱の一番上に何者かがヒラリと降り立つ。

 青白い塊は、その人物へと全て吸い込まれた。



「死魔法で充分か。葬死精霊デス・エレメンタルになって魔力制御も大幅に上がってるな。いや、死の魔力を制御する練習のお蔭か? まぁ、いいや。一度に殺せる数が多い分には構わないし」



 その人物、シュウ・アークライトの言葉と同時に全ての聖騎士が息絶えた。まるで電池が切れたかのように、ガクリと力を失って倒れる。

 誰もがその光景に困惑した。

 そうしている間に、シュウは鉄柱から飛び降りてアイリスを縛る縄と轡に触れ、分解魔術を使用する。これで縄と轡はボロボロと崩れ去った。



「ほら、助けに来たぞアイリス」

「シュウさ~~ん! 怖かったのです~~~!」

「ほー。お前でも怖いと思うことがあるのか」

「泣いてる私に言うことがそれですか!?」



 ステージ上でそんなやり取りがされているのを見て、ようやく異端審問官も正気に戻ったのだろう。声を荒げて叫んだ。



「何者だ! 魔女に手を貸すとは!」



 それを聞いて誰もが我に返った。

 倒れた聖騎士はどうなったのか、何処からやってきたのか、何者なのか。疑問は尽きないだろう。

 しかし、意外にもシュウは自己紹介をした。



「……アークライト。『死』を司る王だ」

「王だと!? それは―――」

「取りあえず『デス』」



 異端審問官は何かを言いかけていたが、シュウは最後まで聞かずに死魔法で片付けた。《空翔フライ》で飛翔していた異端審問官は、魔術が切れて地面に落下する。広場は石が敷き詰めてあるので、異端審問官が落ちた場所では真っ赤な花が咲いていた。

 しかし、それを無視してシュウはアイリスに話しかける。



「アイリス、一つ聞くぞ」

「なんです? というより今の不意打――」

「お前は俺が貰うぞ」

「――って言葉遮らないでください……っていうか私を貰うぅぅっ!?」

「煩い奴だな。人間はお前を捨てたんだ。俺が拾っても構わないだろ」

「私は物じゃないのですよー!」

「拒否権はない」

「私に『聞く』んじゃなかったんですか!?」

「回答は『はい』か『わかりました』だ」

「実質一択!?」



 そんなことを叫ぶアイリスを脇に抱えて、シュウは加速魔術により飛び上がる。そしてそびえる鉄柱の上に着地し、広場の中で最も目立つその場所から宣言した。

 ついでに振動魔術を発動し、拡声することも忘れない。



「宣戦布告だ人間ども」



 その言葉に人々はゾワリとした。



「一月後、俺はこの王都を滅ぼす」



 その言葉に貴族王族は震えた。



「好きなだけ戦力を揃えろ。纏めて冥府に突き落とす」



 その言葉に神官たちは青ざめた。



「俺から配下を奪い、唯一の弟子を処刑しようとした報いだ」



 司教は思い出した。神聖グリニアから届いた神子姫の予言を。

 そして悟った。自分たちは選択を間違えたのだと。



「もう一度言う。『冥王』アークライトが宣戦布告する」



 シュウはそれだけ言って、加速と移動の魔術陣を展開する。そしてアイリスを抱えたまま空を飛び、そのままどこ変え消えていった。

 魔女の処刑は恐怖の宣告へと変わる。

 その日、ラムザ王国王都に大混乱が訪れた。









 冥王アークライトの名と共に。










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