第8話

首なし騎士デュラハン……』


 動く鎧リビングアーマーの更に上位の不死者。馬術も剣術に優れ、この一体だけでも先程の50体の混合部隊とも同列もしくはそれ以上の力量がある。


 こんなの僕が勝てるわけがない


 全身が震えガチャガチャと喧しい音をたてているのにその音すら僕には聞こえない。

 足がすくんで身動きが取れない僕を馬上から頭がないのに首なし騎士が見下ろしているのがわかる。唐突に声が頭に響いた。


【貴様、不死者アンデッドか。何故なにゆえ、我らの前に立ちはだかる】


 首なし騎士の問いに恐怖で声も出ない。僕が答えない事に騎士は再度尋ねてきた。


【今一度聞く。そこを退け。退くならば同族のよしみで貴様の事は見逃してやろう】


 ここを退けば僕は見逃してもらえる……。でも、後ろにいるルイーゼや村の人はきっと殺されてしまう。そんなの嫌だ。死ぬのは、消滅するのは怖い。それ以上にルイーゼが目の前で殺されるのを見るのはもっと嫌だ。

 ギギギと不快な擦れる音をたてながら僕は首を横に振った。僕は退かない。

 僕の意思を確認した首なし騎士は【そうか】と短くため息を吐くと腰にさした剣を引き抜くと僕の頭上めがけて振り下ろした。


 ギィィィィン


 剣と剣がぶつかり合う音があたりに響く。運良く初撃は防げた。けれど、次も防げる保証はどこにもない。


【防いだか。次も防げるか?】


 どこか楽しげな首なし騎士の声とともに横薙ぎの一撃が首元に迫る。間一髪首を刈り取ろうとした一撃は防いだものの勢いに耐えきれず吹き飛ばされ、数度、跳ね石のように跳ねるとルイーゼ達のいる方まで転がり落ちた。


「鎧くん、立って!」


 切羽詰まったルイーゼの声に慌てて起き上がると、まだ距離があったはずの骨馬と共に首なし騎士が眼前に迫っていた。


 ギィィンギィンギィィン


 何度も振り下ろされる首なし騎士の剣を受けるたびに火花が飛び散り、金属がぶつかり合う音が静まり返った場に響く。

 防げていること事態が奇跡ではあるのだけど、防ぐことで手一杯で攻撃に出ることなんか出来ない。


【少しは楽しめたがこれで終わりにするか】


 そう首なし騎士が告げると今までにない重い一撃が振り下ろされた。魔力を纏った騎士の剣は紫色に輝き、握る剣ごと僕も叩き切るつもりだ。

 重圧に押されどんどん受ける剣が顔に近づいてくる。


「一瞬だけ剣を上げて!」


 しゃくりあげながらも叫ぶルイーゼの声に有りっ丈の力で眼前まで迫った首無し騎士の剣を押し返すと朗々と歌うようなルイーゼの声が聞こえてきた。


「聖炎よ、その清き炎で邪なるものを焼き清め給え」


 言葉が終わると同時に僕の握る錆だらけの剣に純白の炎が灯され、真昼の太陽のように明るい光が僕と首無し騎士を照らす。


 あっつい


 刀身を支える右手が炎に焼かれる。それでも剣を支えていると不意に重圧が消え、首なし騎士が数歩骨馬を引かせていた。


【その炎、聖炎か。厄介なものを。貴様の相手はここまでだ。先に女を始末する】

 そう言うと首なし騎士がルイーゼの方に骨馬を向かわせようとする。

 そんな事はさせない。

 右手に燃え移った炎の熱が全身を熱くさせ、心の奥に眠っていた小さな種火に火をつける。カッと胸の奥が熱くなると同時に錆だらけだった僕の剣は炎に焼かれ錆が落ち純白の刀身を顕にし、炎を型どった鍔と純白の柄が姿を現した。


 刀身を見た瞬間、骨馬が止まる。馬がと言うよりは上にまたがる首なし騎士が手綱を引いた。


【まさか、何故ここに聖剣が……】


 戸惑う騎士をよそに、僕の身体は自分でも信じられないくらい華麗に剣を振るっていく。硬く太い骨馬の前足を小枝でも切るように断ち切るとバランスを崩し落馬仕掛けた首なし騎士が直ぐ様体制を整え僕に切りかかってきた。

 横薙ぎに放たれた騎士の一撃を軽やかに僕は受け流す。続く斬撃も僕は苦も無く受け流していた。

 ホントウにこれは僕?

 自分でも自分のやっていることが信じられない。でも、今はそれを気にしている時じゃない。

 反撃するたびに首なし騎士は炎を纏った刀身から大きく避ける。おそらく、直接炎に触れたら首なし騎士でも消滅するからだろう。つまり一発でも入れれば僕の勝ちだ。

 不死者アンデッドに肉体的な疲れは無いが、意思がある以上精神的な疲労はある。最初は余裕があった騎士の斬撃にも次第に勝負がつかない焦りが見えてきた。

 勝負を決めようと放たれた首無し騎士の大上段からの一撃を受け流し、がら空きになった胴に横薙ぎの一撃をみまう。僕に切り裂かれた胴の部分に炎が燃え移り首なし騎士の全身を白炎が包む。


【申し訳ございません、主……】


 そう言い残すと首なし騎士は灰になって消え、それを見届けるかのように剣に宿っていた炎も消えた。


「やったよ!鎧くん」


 喜びの声を上げながら抱きついてきたルイーゼの頭をそっと撫でる。


『……僕、最後まで逃げなかったよ』


「うん、しっかり見てた」


 目尻に涙を浮かべながらも微笑むルイーゼの顔を見たのを最後に僕の視界は暗転した。

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