泣き虫聖女ちゃんと弱虫鎧くん

犬井たつみ

第1話

 悲しい夢を見ていた。

 

 純白の鎧を身にまとった騎士と赤い髪が炎のように揺れる神官服の女性が百あまりの腐った死体ゾンビ骸骨兵士スケルトン動く鎧リビングアーマーといった不死者アンデッドの集団にぐるりと囲まれていた。二人が絶体絶命の危機というのが一目で分かる。

 誰もが絶望に押しつぶされるような状況でも剣と錫杖を手にした二人の目には生き残るという強い意志が灯っていた。


「ロヴィーサ、私が突破口を作るから君だけでも脱出してくれ」


 騎士が神官服の女性、ロヴィーサにそう言うとロヴィーサは激しく首を横に振った。


「そんな事できない。逃げるなら貴方も一緒よサロス」


「私は聖女の騎士だ。最後まで貴女を守らせてくれ」


 騎士、サロスの言葉にロヴィーサの頬を涙が伝う。


「必ず、必ず私の元に帰ってくるのよ我が騎士」


「必ず貴女のもとに」


 二人が交わした最後の言葉の後にサロスの純白の炎を纏った剣から眩い一筋の光が一直線に不死者の群れを貫き、突破口を作った。


「振り返らず走れ!」


 サロスの声に従って走り続けたロヴィーサは無事逃げ延びることが出来た。しかし……


『聖女と聖騎士の死体が手に入ると期待していたが、騎士だけか。まあ良いだろう』


 残されたサロスの前に現れたのは、この不死者の群れを作り出した元凶である死霊使いネクロマンサーが残忍な笑みを浮かべていた。


『貴様の死体はさぞ強力な死霊騎士デスナイトになるであろうな』


 強力な手駒が手に入るのが嬉しいのか死霊使いはニタニタと骨の顔で嗤う。


「お前の兵になるつもりは毛頭ない。お前を倒し、私は彼女の元に帰るんだ」


 浄化の炎を纏った一撃を受けるたびに死霊使いは徐々に削れ疲弊していったが、先に地に膝を落としたのはサロスの方だった。


『惜しかったな聖騎士。勝つのは我だ』


 勝利を確信した死霊使いの一撃がサロスの胸を貫くと同時に装着者が絶命すると発動する魔術が発動し眩い光が一体を包む。光が消えた後には錆だらけになったサロスの鎧だけが横たわっていた。


 ドカーンという破裂音で僕が目を覚ますと視界一面に血の海が広がり、赤黒い海面には死体と骸骨と壊れた鎧が折り重なった小島が点々と散在していた。


 なん何だこれは?


 恐怖で腹の底からおきた震えが全身を震わせ、ガチャガチャギシギシと喧しい金属音をたてる。

 ビシャっと言う液体が飛び散る音と共に突如、立ち尽くす僕の顔面に液体が浴びせられた。

 顔についた液体を指で拭うと少しばかり粘度のある赤い液体が指先から肘に向かって伝い落ちていく。

 血液の飛んできた方に顔を向けると、首のない兵士の身体が僕に向かって覆いかぶさるように倒れ込もうとしていた。


『うわぁぁ』


 恐怖と驚きで悲鳴を上げ尻もちをついた僕の脇をかすめ兵士の死体が地面に倒れこみドサッと重い音をたてた。

 恐怖に震えながら顔を上げた視線の先には、この惨状を起こしたであろう血の滴る剣を握り、返り血を浴びて赤く染まった全身鎧の姿。

 真っ赤に輝く赤い瞳が僕を見下ろすと同時にねっとりと耳にこびりつくような粘着質な声が頭に響いた。


【殺せ殺せ生者を殺せ】

【壊せて壊せ世界を壊せ】


 会ったことも無いのに主のものだと確信できる声。

 主のためにそうしなければという使命感とそんな恐ろしいことはできないという倫理観がせめぎ合う。

 頭が、心がぐちゃぐちゃにかき乱される。


 赤い瞳の鎧は僕を一瞥すると背を向け歩き出し、数歩進んだ所で横から飛んできた真っ白な炎に包まれ灰と化した。


 ここにいたら死ぬ。


 本能的に僕は悟った。


 死にたくない死にたくない。


 今にも逃げ出そうとする僕の頭の中で囁く声は止まらず、僕に殺せ壊せと強制し、足を止めさせる。


 死にたくない。でも、誰かを殺すなんてしたくない。


 死にたくない、殺さなきゃ、殺したくない、壊さなきゃ。相反する想いと命令に心の中はめちゃくちゃ。

 それでも僕は囁く声を無視して全力でこの場から逃げ出し、夢のことなどすっかり僕の記憶から消えていた。

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