履き違えてもらっては困ります。

「あの老いダヌキ――援軍なしとはいい度胸です。見殺しにする気ですか!」


 スズは苛立ちを隠そうともせず、悪態あくたいをつきまくっていた。

 野営地をぐるぐると檻の中の熊のように歩いて、しきりに小指の青い指輪を引っ掻いている。


「まあ落ち着けよ中尉。らしくねえぞ。上がそう言うのなら、このメンバーでやってやろうじゃねえか」


 バルテル少尉が、自分の背丈ほどもある巨大なロケットランチャー型の魔導砲まどうほうをウエスで磨いていた。見かけによらず器用な彼は、小型のピストル型から戦車に取り付けられたものまで、あらゆる種類の魔導銃を扱うことができた。


「そうやって気合い入れちゃうと、レーマンの思うつぼですよ」

「まったく、おめえはお子ちゃまなんだからよ」


 スズがバルテル少尉に摑みかかろうとするのを、エルナが抑える。


「とにかく、魔導軍の指揮官は現状私たちですから、陣形じんけいを再度確認しておきましょう」


 コカトリスの死体を発見したその日。

 スズたちはすぐに司令部へ報告を入れ、夕刻には野営地で現地の部隊を招集した。


 オシュトローの戦力は、エルナの召喚術小隊で十八名、バルトル少尉の魔導銃小隊で二十二名、スズ・ラングハイム中尉、そのほか大隊規模の歩兵部隊となる。


 陸軍の大隊長と会議し、司令部から降りてきた指示通り、歩兵部隊は後方支援を主とし、加えて偵察部隊を編成してパトロールを展開、魔族とおぼしき対象を確認次第、魔導軍が出動する運びとなった。


「魔導銃部隊はスリーマンセル、召喚術部隊はツーマンセルを基本としましょう。でも万が一対象と接触した場合、無理に討ち取ろうとするのはやめてください。少なくとも三チーム。巨人一体を完全に包囲できる人数が揃ったところで掃討に入ります」


 スズは兵士たちへ向けてそう説明した。

 巨人型魔族は討ち取るのにいくつか手順がいる。

 本来であれば、真っ先に頭部を狙い一撃で行動不能にしたい。しかし、太い腕をもつ巨人に対してそれは高い技術を要した。


 経験のない兵士が相手にするには、まず両脚のうち一本を潰し、その動きを封じる。硬い皮膚で覆われているため、股の関節を狙う。

 そのあとか、もしくは脚と並行して、両腕を切り取る――動きを封じたとしても異様に長いその腕で反撃してくる可能性があるからだ。切り取ることをせずとも、使えなくすればよいのだが、奴らは肩を外したくらいでは自らはめなおしてくる。


 そして最後に頭。首から上を潰してしまえば、二、三分程度で身体も動かなくなる。


「ただ、この手順に縛られすぎないでください。あくまでセオリーです。脚を一本潰そうとするだけでも大変です。状況によっては頭を真っ先に潰しにかからなければいけないかもしれません。また、巨人型魔族は魔法のたぐいは使えません。しかしときどき丸太を棍棒にしている個体があるので、距離にはじゅうぶん注意してください」


 スズに対して、兵士たちからは感心と怪訝けげんの入り混じった眼差しが向けられていた。


 しかし中には、はっきりと鼻で笑っている兵士も混じっている。年端もいかない小娘の魔女が、いったい魔族のなにがわかるんだと、スズの指示を軽んじている。

 スズ自身もその空気を感じ取っていた。正直なところ、こういう空気には慣れてしまっている。


 いつの時代も同じだった。

 彼らは短い人生のうち多くを費やし、戦うための身体をせっせと作り込んできたし、数々の教養や戦術も頭に叩き込んできた。それだけに、自分たちとは明らかに様相をことにするスズのような人間には、ことさら反骨精神はんこつせいしんをむき出しにする。それがいいことにせよ、わるいことにせよだ。


「皆さん」

 声をあげたのは、エルナだった。

 兵士たちの前に躍り出て、鋭い目つきで全体を見渡した。


「我々にとって最善の行動や思考はなにか、しっかりと踏まえて行動してください。ラングハイム中尉の勧告を、腹の奥に確実に落とし込んでください。履き違えてもらっては困ります。我々には、魔族との交戦経験がありません。生半可なまはんかな考えで作戦に臨むようなことがあれば、あなたが巨人に踏み潰される前に、私が刺し殺します」


 兵士たちそれを聞いて、にわかに緊張した面持ちになった。


 スズは驚いて、エルナの背中を見た。

 そこに、彼女の父ハンネスの後ろ姿が重なった。背丈も体つきも全然違う。

 だが、とても大きな背中だった。


 ハンネスも、普段は明るくひょうきんな男だったが、ここぞというときに部隊をしめることがあった。彼の真剣な眼差しと声が、エルナによって思い起こされた。


 エルナはちらりとスズの顔を見る。

 恐縮したような笑顔だった。


「おらおまえら! びびんじゃねえぞ!」バルテル少尉が罵声をあげる。「巨人の野郎どもを皆殺しにしねえと、安心してビールも飲めやしねえだろうが。びびって遅れをとったやつは、討ち取ったウスノロのブツでもしゃぶってもらうからな! 覚悟しやがれ!」


 兵士たちは緊張を通り越して恐怖の表情を浮かべた。それでも、威勢よく返事を叫ぶ。


「下品な激励ですね――女性隊員もいるのに」

 エルナは少し引いている。

「なんだあこのくらいで。このあともっとえげつねえ奴らとやり合うんだ。ちょうどいいだろ」

 

 そのあと各部隊は森へと散開し、交代で見張りを行っていた。


 コカトリスの死体発見時から二日が経過した現在、依然として魔族確認の情報は入っていない。森は異様なほど静かだった。

 夜空には黄色く輝く半月と、満点の星空が広がっている。その星たちさえも、声を潜めているようだった。

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