第17話 なにも持たナイからこそ

 その日は朝の早いうちに、領民を農耕地予定の領地の端に集めた。


 貸出していたマゴー達が転移魔法で移動させてくれたので、行動は速やかだった。


 即席のテーブルや椅子を並べ、マーシャとメルシャが飲み物と食べやすいサンドイッチを配る。



「今日は朝の早いうちに、集まってくれて感謝する。領地の為とは言え、無理を言ってすまなかった」


 ハンフリーが領民達に頭を下げる。

 貴族は普通平民に頭を下げたりしないものだ。ハンフリーがこうなので、軽く領地から出ていく領民もいたのだろう。


 彼はまだ二十代で若く甘い。多くの領民に舐められていたのだ。


 だが、そんな彼だからこそ。


 マグダリーナは、ハンフリーの足元でコロコロしてる複数羽のコッコ(メス)を見つめた。



「本当だよ、いい加減にしてくれ! こんな腐った土地、本当は出ていきたかったのに、住み慣れた家まで取り上げるなんてよぉ」


 中年の農夫ががなりたてた。壮年の男も机を叩いて続く。


「そーだ! おまえら貴族のせいで、どんどん生活が悪くなったじゃねぇか、どうしてくれるんだよ、おい!!」



 ハンフリーがパンと手を叩くと、マゴー達がそれぞれの世帯主に大銀貨のたっぷり入った革袋を配った。

 コッコの卵を幾つか買取りして貰って作ったお金だ。


「今配ったのは、今年の不作を考慮した冬越しの為の生活給付金です」


 現金を見て、怒鳴っていた領民達が黙り、そわそわと興奮しはじめる。


「今なら他領へ引越したい方は、転移魔法でお送りします。お送り先は、各地の役所です。そのまま領民登録出来るかと。もちろんそのお金を持って行って構いません。ですが我が領が援助するのはそこまでです」


 ざわり。

 領民達は突然の選択に、戸惑いと期待で浮き足だつ。


 アンソニーが一番に不平をあげた、中年の農夫に近づいた。


「貴方は我が領から出ていきたいんでしたよね? どこまでお送りすればよろしいでしょうか?」


 アンソニーが言い終わると同時に、彼のそばにいたマゴーが、収納空間から彼の家族の荷物をどさりと地面に置く。


「お……王都で……」


 その言葉と共に、一家は荷物ごと転移魔法で目の前から消えた。


「では、このまま領に残る方はこちらへ。領を出ることを希望する方はそちらへどうぞ」



 ショウネシー領の領民でいることを希望したのは、半数以下だった。



 テーブルの隅で黙ってみていたエステラが、ふと隣のマグダリーナに話しかける。


「ダーモットさんといいハンフリーさんといい、平民の自由意思まで尊重してくれるのよね……家系の気質かしら?」

「そうかもね、うちは貴族として歴史も浅いし。まあ本当は、貴族としてはあまり良くないんだろうけど……」


「でも、私やニレルにとっては付き合いやすくて楽しいわ。思考も柔軟だし、暮らすなら話のわかる領主がいるところがいいもの」

「なら良かった。何にもないし、頼ってばかりで悪いかなって、本当は思ってたの」


 エステラはニコリと笑った。


「何にも持ってなくって、ありがとう」


「え?」

「おかげで、私はお師匠から受け継いだ、すっごい魔法を思い切り使えるわ」


「……」

「ハンフリーさんは結構優秀な人だと思うのよ、でも領地はうまくいかなかった……人ってさ、本人の能力だけじゃどうにも出来ない事って、やっぱりあるじゃない? 自分ではじめたことには失敗続きでも、人からやってきた仕事は上手くいったりとか? 私もすごい魔法を持ってるけど、きっとリーナやトニーと会えなかったら、活かす機会は無かったと思うの。

見てて、これからすっごいもの見せてあげるから。でもね、それはリーナが私やニレルにそうしたいって思わせるもの、ちゃんと持ってるからなのよ」



 領民の最終確認が終わって、エステラとニレルは立ち上がった。


 図面を最終確認して頷き合うと、転移魔法で見えなくなる。



 マグダリーナの視界はずっと涙で潤んでいた。


 何をやってもうまくいかないと、役に立たないと思ってきたけど、それでも認めてもらえたのだ。


 そっと涙を拭った瞬間、目の前に光の洪水が現れた。



 ――その日ショウネシー領を覆った光は、他領からも王都からもよく見えた――



「始まったようですよ」


 領に帰る途中の馬車の中で、ダーモットとケーレブは奇跡の光を眺めた。


「これ途中で馬車を返して、転移魔法で領内に入った方が良さそうだね」

「全く旦那様は呑気なんですから、これ絶対王宮から呼び出しありますよ」

「いやいや、ちゃんと陛下に領地改革の大規模魔法を使うことは報告してきたんだから、呼び出されないよ。視察は来るかも知れないけど」


 コッコ卵を王家に献上するついでに、一応国王陛下への報告はしてきた。

 興味深そうにしていたけど、国王が直接視察に来ることはないだろう。多分。


「どんな風になってるのか、楽しみだねぇ」


 ダーモットはのんびりと、窓の外を眺めた。

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