第6話 傷物令嬢

「へぇ、君は博識だね。ハイエルフなんて言葉自体、もう忘れられてると思ってたんだけど」


 ニレルが感心してアンソニーを見た。

 エステラはお茶を飲みながら、のんびり答える。


「私はただのエルフ族との混血。去年亡くなったお師匠がハイエルフだったけど。ニレルはお師匠の甥なの」


 アンソニーは感極まった顔で呟いた。

「本物のハイエルフ……」


(よくわからんけど、ニレルさんのこの美貌はハイエルフとやらだからかしら……そういえば、耳が尖ってるし。いやでもエルフも尖ってるのよね?)


 マグダリーナが知っている、この世界の種族はエルフ族、ドワーフ族、人族だけだった。

 長い歴史の中で人は他種族と混血もしたが、稀に生まれる純エルフ、純ドワーフ以外は人族とされた。


「トニー、ハイエルフってなに? エルフとは違うの? どうしてそんなこと知ってるの?」

「えっと……、お父さまがずっと研究していらしたのです! 三千年前に滅んだウシュ帝国統一時代の技術が今より優れていたのは、お姉さまも知っていますよね」


 父ダーモットがそんな研究してたのは初耳だった。


「ええ、教養としては知ってるわ。確かたまに魔導具も発掘され、今も使用されてる物もあるとか……?」


 ウシュの遺跡を発見したら、まず国に報告しないといけない決まりだ。その時代の魔導具は極めて性能も良く、現代では技術の再現も難しいとか……


「お父さまは幼いころ、その時の帝国の支配者階級に、ハイエルフという存在がいたという古い文献を見たそうです。見た目はエルフに似ているが、エルフより魔力も力も強い存在だったと。それからずっとハイエルフ関連の研究をして、そのハイエルフが今も仕組が解明しきれない高度な魔導具を作ったんだと結論付けました。まだ推測の域を出ず、他の研究者からは夢物語だと揶揄されてるようですが……」


 マグダリーナは心底驚いた。

「そんな研究してたなんて、知らなかったわ……!」


 ニレルは何食わぬ顔をして、ハーブティーを飲んで肩をすくめた。

「ハイエルフもハイエルフに伝わる原初魔法も創世の女神も、ウシュ帝国滅亡と共に、歴史の表舞台から消え去った。実際ハイエルフは生き残った数も少ない上、繁殖率も低くて絶滅寸前だからね」

「そんな……ハイエルフは消えてしまうんですか……?」

 しょぼんとアンソニーは項垂れて、座った。


「さて、それは女神のみ知ることだよ。……まあ、君たちみたいな子もいるし」


(?)


「失礼」

 ニレルの長い指がマグダリーナの髪を一房掬いとる。しばらく観察して、するりと手を離す。


(そ……そういうの、許可を取ってからしてよね!!!!)


 そう思えども、主張することなどできずに、マグダリーナはただただ頬が熱くなるのを感じた。


「同じ髪の色をしたハイエルフを、僕は知っている。会ったのは何百年前だったかな」


(何百年……? この人いったい幾つなんだろう?)


「つまりマグダリーナさんとアンソニーさんにはハイエルフの血が入ってるの? 同族での出生率も低いのに、混血? なるほどマグダリーナさんの魔力量がかなり多いのも、それで?」

 エステラが合点がいった顔をして、マグダリーナを見た。


(え?! 私、魔力量多いの?)


 マグダリーナは驚きつつも、これはいわゆるチート転生というやつではと期待に胸を膨らませた。


 だがニレルは、乙女の期待を容赦なく打ち砕いた。


「そうだね、何代か前の先祖で混血したみたいだけど。残念かな、マグダリーナは魔法は使えないよ」

「えええええぇ!!!?」

 淑女らしさをかなぐり捨てて、マグダリーナは叫んだ。


(折角魔法のある世界に転生したし、すごくすごく期待していたのに、魔法……)


 ニレルの手がマグダリーナの額に、そっと触れる。

 だからそういうのは許可を取ってと……もちろん言えないまま、マグダリーナはなすがままだ。


「やっぱり魔力暴走の痕がある。最近死にかけて、その後変わったこととかなかったかい?」


「……あります」

 アンソニーが驚いてマグダリーナの顔を見た。


(どうしよう……せっかくハイエルフや魔法使いに会って話しが出来てるんだもの、全部話してしまった方がいいのでは……それにエステラさんもきっと転生者……)


 アンソニーの事は気になるが、いずれバレるかも知れない……ならば、いっそ今。


 マグダリーナは覚悟を決めて、転生したことも含め、今までのことをを洗いざらい話した。


 段々アンソニーの肩が、震えてくる。


(可哀想に……ずっと姉だと思ってくれてたものね)


「なるほど。まず君の魂も身体も、マグダリーナ・ショウネシー自身のものである事は間違いないよ」

 ニレルはそう言って、マグダリーナに頷いた。


(良かった……この世界のマグダリーナの魂を弾き飛ばしたとかじゃなくて、本当に良かった)


 地味にずっと気になってたのだ。


「魔力暴走は、魔力が多くて制御できない人が死にかけたりしたら、稀に起こる。防衛反応の一種で、生命を守るために本人の意思を無視して、制御出来ないような現象を引き起こしたりするんだ」


(あ、アンソニー、とうとう泣いちゃった)


 声を殺して泣いてるアンソニーに、エステラがそっとハンカチを渡した。


「その魔力暴走のせいで前世の記憶と人格が表面化したんだね。そしてついでに魔力を魔法として変換する機能も壊れてしまった」


 台所からトントン、ぱったんぺったん、りーんりーんぷるぷるすーんと普通なら気になる音と声が聞こえてくるが、マグダリーナとアンソニーはそれどころじゃなかった。


 ハンカチで目を押さえてじっとしていたアンソニーが、顔を上げる。


「ニレルさま、治すことはできないんでしょうか?」


 ニレルはふむ、と唇を親指で押さえてから、首を振った。


「無理に治しても、また魔力暴走を起こすだろう。次の魔力暴走は死の危険も高まる。僕としてはこのままをお勧めするね」

「そんな……僕にとっては大切なたった一人のお姉さまなんです。このまま一生傷物の令嬢として生きていかないと、いけないなんて……」


(トニー……! 私の中身が変わってしまっても、姉として慕ってくれるのね……)


 マグダリーナが胸を熱くさせているとき、ニレルとエステラの魔法使い二人組は揃って首を傾げた。


「傷物?」

「傷物?」


 アンソニーは鼻を啜りながら説明する。

「リーン王国は魔法使いの国です。貴族は魔法が使えて当然……魔法の使えない貴族は傷物扱いされ、お姉さまの場合は縁談も絶望的になります。学園でも社交界でも、ご苦労なさるでしょう……ただでさえうちは財が無いのに……っ」


(そっか……私、傷物になるのか……結婚とか言われても前世も独身だったし、別にいいかな)


「しょうがないわ。縁談のことはすっぱり諦めるわ! 学園では領地経営を学ぶから、将来はトニーの補佐をさせてちょうだい」


 マグダリーナはさほどショックも受けず、さらりと決めた。


「お姉さま……っ、申し訳ありません、僕がもっと……もっとしっかりして、お守りする事が出来てたなら……」


(いや、まだ八歳なのにもう充分すぎるよ……しっかりしなきゃいけないの、お父さまじゃん)


 マグダリーナは、感情の無い目になって、のんびりした父の顔を思い出した。

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