プラナリア

 プラナリアに憧れて、とりあえず分裂してみた。

 ぼくの片割れは机の上に散らばる消しかすと紛れて、その爪の間に挟まる垢と差別なく鼻息に飛ばされた。

 ぼくの分裂の結果は、カードのクラブの上に付着して滑っていった。そこを通りかかった蟻が、餌と見間違えてその怪力で運び出そうと苦心する。ぼくはあやうく食べられそうになるのを、瞬く間に相棒の払拭によって机の下まで難を逃れたのだった。



 プラナリア同様、ぼくは分裂を繰り返す。



 ぼくはその巨大な刺繍針に射抜かれ、身体に糸が這っていく。絡み合う糸はイニシャルKを生成し、ぼくは名を与えられたわけだ。ぼくの兄弟たちはぼくを羨み、敬った。



 ぼくは答案用紙にも婚姻届にも、Kと記した。ぼくは周知されたKとしてまた分裂の時を迎えた。



 ぼくはどうやら憧れていた存在になれたらしい。彼らはぼくをプラナリアと呼んだ。



 ぼくは角度を与えられた。円形に近かった。



 ぼくはコインのように固くはなく、むしろしなやかだった。だからよく敵の標的となった。



 飲みかけのラムネの瓶のなかに隠れるのは容易かった。そこにはビー玉がいたが害の無いやつだった。ぼくは住処を手に入れたわけだ。

 ぼくにとっては、炭酸に浴することも厭わない。気泡が立ち上るように、ぼくは分裂する。



 ぼくはラムネのなかを浮遊しながら、磁力N極に惹きつけられた。ぼくの身体は発光する。



 隣人の、ぼくへの敬意は止まない。ぼくの蛍光色の身体は、ファッション界を揺るがす。



 ぼくは天寿を全うする。最期、ぼくは気化したのだ。



 ぼくの墓は、紅廟と呼ばれ、訪れる者はぼくの死を悼む。音楽が奏でられ、空を覆う入道雲は初夏を知らせるのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る