Day19 トマト

 ぼくは生のトマトがたべられない。いや、無理をすればたべられないことはないんだけど、べつにそこまでしてたべようとは思わないということで。

 そしてぼくの奥さんも、ぼくとおなじで生トマトが苦手な人だった。

 ふたりともケチャップとかトマトソースとか、火をとおしたものはふつうにたべられるし、ほかには特に好き嫌いもなかったのでなんら問題なく生活していたのだけれど。

 結婚して数年、ぼくらのあいだに娘ができた。

 子どもには好き嫌いなく育ってほしい。自分たちのことは高い棚の上にのせて、ぼくら夫婦の意見は一致した。


 しかし棚にあげてみたものの、自分たちはたべずに娘にだけたべさせるという不自然さをクリアできるような妙案もなく、早々に棚からおろすはめになった。

 そうして、自分たちでもたべやすいトマトはないものかと探求の日々がはじまったのである。


 ひとくちにトマトといっても、じつにたくさんの品種があることにまず驚いてしまったのだけど。

 とにもかくにも記録をかねて写真と品種とたべてみた感想をSNSにあげるようになって、そのうちにやたらとトマトにくわしくなってしまったぼくたち夫婦は、いつしかトマトの専門家と呼ばれるようになった。


 そのころには、大好きとはいえないまでもふつうにトマトをたべることができるようになっていたのだから、なかなかの進歩だったと思う。


 ちなみに、そもそものきっかけとなった娘はぼくたちの願いを叶え、好き嫌いなくすくすく育ってくれたのだけれど、すくすくと育ちすぎて外国に嫁いでしまった。ちょっとさみしい。


 ほんとうに人生なにがきっかけでどうなるかわからないものだなぁとしみじみ思う夏の夜。

 ぼくは冷やしトマトをつまみに奥さんとビールを飲んでいる。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る