第16話 最南端



僕は今、車に揺られながら、小さくなる16年住んだ街を眺めている。


父の仕事の都合で、僕らはタニル国の最南端、クオーレ第10地区へ引っ越すことになった。

父は昇格し、これからはより王政と密接に関わり仕事をするのだと話していた。これから暮らす第10地区には、紫色の花が海のように広がる場所があるという。

ソーレとは、ノートを受け取ったあの日以降、会えていない。



足を見つけた次の日、僕はまた"木曜日の6時に会おう"と書いた手紙を木に吊るした。

木曜日、待てど暮らせどソーレは現れなかった。手紙は吊るされたままだった。僕はソーレから預かった日記を読みながら、また会える日を楽しみにしていた。しかし、その後もソーレが来ることはなく、手紙はひとりぼっちで悲しく揺れていた。会えないまま半年が経ち、僕はいきなり引っ越すことになってしまった。



父と母、そして僕を乗せて、車は南へと降っていく。


「きっと、また素敵な友達に出会えますよ」


グラートは運転しながらそう言った。


「あそこがよかった」と僕が口を尖らせると、「ふふ」と笑った。


その時、突然道にウサギが飛び出してきて、グラートがブレーキを踏んだ。


━━━ キィィィィィ カタンッ


「失礼しました!フェデリーコ様、シエル様、お怪我はございませんか」

「あぁ、大丈夫だよグラート。こんな道に飛び込んでくるなんて、まったくおかしなウサギだ」


「グラート、ポケットからなにか落ちたよ」


僕はグラートの足元に手を伸ばし拾った。


「わぁ、綺麗な石!どこで拾ったの?!」


それは、エメラルド色の宝石のような石だった。車窓から差し込む光にかざすと、透き通ってきれいだった。


「どれ、ルーナ見せてみろ」


父に渡すと、目を細め、光に当てたりして、いろんな角度から石を眺めた。


「ルーナ。これが本物の宝石だと思うか」

「はい!だってこんなにきれいな石、見たことがありません」

「はぁ‥‥これは偽物だ。きれいに磨かれているが、その辺に落ちているただの石ころだ」


「‥‥そうなんですか‥‥」


「ルーナ、お前には本物を見分ける目を養って欲しい。どんなに美しくても、偽物は偽物だ。それに惑わされてはいけない。お前はこれから、必要なものだけを選択し、不要なものは容赦なく切り捨てていくんだ。迷っている暇はない。一瞬の迷いが、多くの国民を路頭に迷わすことになるんだ」


「はい‥‥」


僕はそう返事をしたが、父の言っていることが、よく分からなかった。僕はこれから、父の言うような人間になっていくのだろうか。

ふと窓の外を見ると、紫色の花が咲いていた。ソーレの日記に書いてあったラベンダーという花だと思った。


「あっ、ラベンダーだ」


「ルーナ様、よく似ていますが、あれはメキシカンセージの花ですよ。この辺りには、ラベンダーは咲きません」


それは、違う名前の花だとグラートが教えてくれた。グラートの首もとがキランと光った。僕があげたネックレスの宝石が太陽の光を受けて青色に光っていた。



「まったく、王政の下で働く人間がなんの知識もないんじゃ困るぞ」


「はい。すみません‥‥」


父は呆れたように大きくため息をついた。


僕は、遠くに咲く紫の花を見つめた。

その花は、こちらに向かって、優しく手を振るように揺れていた。











  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る