愚かなことだからこそ全力を尽くす

「お帰り。キミの方が早く終わったんだ」


「みたいだな。あの感じだと多分、もう暫く時間かかるかもな」


 売り場に戻れば、相変わらず女店主はカウンターでタバコを吹かしていた。


 ちょっと煙いな……つか、何気に匂いも再現されてんのか。


 グラフィックを含めたクオリティの高さに改めて驚嘆しつつ、俺はショットガンが展示されているコーナーに向かう。

 壁に掛けられたショットガンのうち、重厚そうなグレーカラーのショットガン——シェルブレイカー——を手に取り、カウンターに持って行く。


「コイツを一つ貰うよ」


「毎度、六千ガルね」


「あいよ。……あ、その前にちょっといいか?」


「ん、どうかした?」


 怪訝そうに首を傾げる女店主。

 ちょっとばかしの威圧感を感じるも、俺はダメ元で訊ねてみる。


「一つ相談があるんだが……コイツ、まけてもらうことってできたりする?」


「……何、キミもしかしてお金持ってないの?」


「いや、そういうわけじゃねえんだけど。コイツを買っちまうと所持金がすっからかんになんだよ。マジの無一文」


 流石に回復アイテムとか購入するくらいの懐は残しておきたい。

 NPCに交渉が通じるかは知らないけど、試してみるくらいはいいだろ。


「……ふうん、なるほどね。それで、代金を安くしろと?」


 女店主の眼光が鋭くなる。

 けれど、穏やかな笑みは絶やさないでいる。

 それが逆にそこはかとない怖さとなっている。


「勿論、ただまけてくれってわけじゃない。代わりに何か困ってることがあれば力になるよ。それで、そのバイト代分を代金から差し引いてほしいんだ」


 交渉の結果によっては、俺も身包みを剥がされることになるかもしれないが、その時は潔く野生児ロールプレイに勤しむとしよう。


 女店主は微笑みを崩す事なく、じっと俺を見つめてくる。

 それからゆっくりと紫煙を吐き出し、


「……へえ。キミ、防衛戦線の精鋭部隊に所属してるんだ」


 妖しく口角を釣り上げた。


「だったら、一つ頼まれてもいいかな?」


 言って、女店主はカウンターの下から赤紫色の鉱石を取り出した。

 サイズは手のひら大といったところか。

 そして、その見た目には見覚えがあった。


「それって確か……」


「アンノウンの体内で生成されるマナを大量に含んだ結晶——魔晶。キミ、アンノウンが何かは知ってるよね?」


「大雑把には」


 アンノウン——<未開領域>と呼ばれる荒野から襲来する正体不明の生物。

 新人訓練の時に鬼軍曹が「我がセプス=アーテルに侵攻を仕掛ける不届きな輩」と称していたモンスターらをそう総称しているようだ。

 こいつらの侵攻を食い止めるのがプレイヤーの目的の一つとなっている。


 魔晶に関することも含めて、中枢区から移動する途中で用語集やらTipsやらを片っ端から目を通して知ったことだ。

 おかげでゲーム内の基礎知識は大分身についた。


「……それで、それと頼まれごとのに何の関係が?」


「<未開領域>に行って、これを集めてきて欲しいんだ。集めれば集めた分だけ報酬は弾むからさ。場合によっては、お代ナシでその銃をキミにあげるよ」


「え、マジで?」


 歩合制で報酬が上がるとか美味すぎる話だ。

 だが、美味い話には大抵何かしらの裏があるというもの。


「どうかな、頼まれてくれるかい?」


「まあ……それが依頼っていうんなら引き受けるけど、なんでわざわざこんなこと頼むんだ。魔晶って自治組織からそれなりのお手頃価格で買えたはずだろ」


「そうだね。防衛戦線や調査隊が信頼する企業に対しては、だけど。それ以外は相手にもしてくれないよ。もし買えたとしても法外な値段を吹っ掛けられるのがオチだろうね」


 あー、ようやく話の流れが読めてきた。


「だから欲しけりゃ自分らで集めるしかない。でも、アンノウンはそこらの魔物よりずっと凶暴な上に、防衛や探索以外での<未開領域>への立ち入りは基本許されていない。——そこで、流れ傭兵の力を借りたいってわけか」


 こっそり<未開領域>に行ってアンノウンを数体狩って魔晶を持ち帰る。

 要するに——密猟をしてこいってことだ。


「ご明察。どうする? この依頼を引き受けるかどうかはキミに任せるよ」


 女店主の頼みは、世界観的には間違いなく違法行為だ。

 もしこれが自治組織にバレれようものなら、何かしらのペナルティを食らうハメになるだろう。


 それに本物のアンノウンは、訓練で戦った奴らよりもずっと強いはずだ。

 まだレベル10にもなってない今の状態で戦って果たして勝ち目があるのだろうか。


 成功率や依頼を受けることで得られるメリットを鑑みれば、素直に有り金全部置いて店を後にした方が賢明だ。


 ……でも、だからどうした?

 デメリットの方が大きいから日和るとか、そんなつまんねえ真似できるかよ。

 何より面白そうなイベントをみすみす見過ごすとかありえねえっての!


「どうするも何も……さっきも言ったろ。——任せろ。我がセプス=アーテルに侵攻を仕掛ける不届きな輩どもを逆にボコって魔晶を集めてきてやるよ!」


「——交渉成立、だね」


 俺と女店主が互いに顔を見合わせニヤリと笑みを浮かべれば、依頼を受注したことを示すポップアップが目の前に現れた。




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ミッション『闇商人と魔晶密猟』が発生しました。


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ミッションは、NPCとの何気ない会話から発生する場合もあります。

依頼と報酬が伴っていればミッションとなるので、お使いや猫探しであったとしてもミッションになりえます。

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