第339話

 三ヶ月経ち、四ヶ月が経った頃。


「イーリン! 結界発生装置リジェクションデバイスまで辿り着いたよっ!」


 鈴は玄関を勢いよく開けて中に駆け込むと、喜びをイーリンにぶちまけた。しかしイーリンは落ち着いたままフッと息をはいた。


「お帰りなさいませ。辿り着いてはいないでしょう。チラッと視界に入っただけにみえましたが?」

「ただいまっ。辿り着いたようなもんでしょ!」

「全然違います。しかもそれに喜んで大騒ぎして見つかったのは誰でしたっけ」

「わ、私だけど」


 バツが悪そうに声が萎んでいく。


「騒ぐ前に忍び込んでください」

「むう……」

「ほら、さっさとご飯召し上がってください。後がつかえてるんですから」

「あ、うん。ごめんなさい」

「ほら、お前らも鈴様を眺めてないで食え! 休憩時間なくなるぞ」

「今の時間、ここに居られたことが幸せなのだ」

「至福の時間を邪魔しないでもらえるか」

「あ、ご、ごめんなさい」


 萎んだ声が更に萎んでしまう。


「違いますっ!」

「鈴様ではございません」

「ああっ、何処へ行かれるのですかっ」

「邪魔みたいだから自室で食べようかな、と」

「そうですね。騒がしくなくなるので、それがよろしいかと」

「ああっ、そんなっ!」

「行かないでぇー!」

「ええ?!」

「さ、鈴様。お食事はあちらにお持ち致します」


 イーリンが鈴の背中を押して、鈴の自室へ押し込もうとする。


「コラ肉型!」

「鈴様を何処へ拉致監禁するつもりだ!」

「拉致?!」

「あたしがそんなことするわけないだろ。ですよね、鈴様」

「え?! あ……そうだね?」


 鈴は半歩イーリンから遠ざかった。イーリンは押すべき背中を失ってつんのめってしまう。


「なんで疑問形なんですかっ!」

「んー、したとしても納得するから?」

「鈴様っ!」

「あはははは」

「あはははーではありません。風評被害もいいところです」

「イーリン、おかわり!」


 鈴はいつの間にか自分の席に戻っていた。椅子を引いたのは複製体イーリンだ。


「自室で召し上がらないのですか?」

「だって監禁怖いし」


 鈴は箸を咥えてボソボソと呟いた。


「鈴様!」

「っはははは!」

「そらそうだ」

「俺も怖い」

「お前らまで!」

「ふふっ」

「はぁ。ただいまお持ちします」

「あ、俺もおかわり」

「あたいも!」

「黙れ粗悪品っ!」

「それはつまり鈴様の複製が粗悪だと?」

「あ、いや……それは……」

「そうなの?! 何処か変なところがあるの? ごめんなさいっ!」

「いえ、そうではありませんっ。お前が変なことを言うから誤解されてしまったではないかっ」

「先に変なことを言ったのは肉型の方だろっ」

「そうだそうだ」

「えっと?」


 鈴はイーリンと複製体イーリンたちを交互に見てオドオドしている。


「とにかく、鈴様の復元は完璧ですっ。なに一つおかしなところはありませんっ」

「でも、粗悪品って……」

「こいつらが粗悪品ということもありません」

「ホントに?」

「本当です」

「元が粗悪品だけどな」


 イーリンはきっと睨み付けて歯を食いしばるだけで、なにも言わなかった。言った複製体イーリンはフイッと目を逸らした。ただ、幸いなことに鈴の耳には届いていない。


「イーリン?」

「なんでもありません」

「そ、そう?」

「そんなことより、おかわり、お持ちしますね」

「う、うん」

「俺たちの分も忘れるなよ」


 イーリンは再び睨み付けるだけでなにも言わない。


「おぉコワイコワイ」

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