第330話

「……は?」

「なに?!」


 ゴロンと転がった複製体イーリンの首は、今にも続きを歌い出しそうな顔つきをしている。肩を揺らした複製体イーリンがバッと離れると、首の無い身体がパタリと倒れた。

 残り七人。


「おい、あれ!」


 複製体イーリンが指差す先には、燃え盛る片手剣を握りしめた鈴の手首が浮いている。


「鈴……様?」


 横たわっている鈴に注目が集まる。目を見開いたまま動かない鈴が居るだけだ。ただ、そこにあるべき右手が無い。やはり浮いているのは鈴の手首のようだ。


「生きて……おられるのか?」

「いや、でも……」


 手首だけが浮いていて、片手剣はチロチロと燃えている。すると、手首は片手剣を振り上げた。


「動いた!」

「バカ避けろっ!」

「えっ?」


 複製体イーリンは一斉にその場を飛び退いた。一人を除いて。逃げ遅れた複製体イーリンは頭から真っ二つになってしまう。

 残り六人。


「どういうことだ」


 何度見ても鈴は目を見開いたままピクリともしない。魔力も生み出していない。むしろ減っていくくらいだ。


「死してなお、我らを殺そうと、約束を果たそうというのか」

「バカな」

「ならば全力でお相手するのみ!」


 五人揃って魔力の剣を創り出す。純粋に魔力を固めただけの剣だ。現状複製体イーリンに創れる最強の武器だろう。

 五人が代わる代わる炎の剣に挑んでいく。とはいえ、相手は手首だけだ。あまりに的が小さい。炎の剣も厄介だ。複製体イーリンが攻撃すればしっかり受けるが、逆に複製体イーリンが受けようとすればスルリと抜けてくる。

 まさしく乱戦。

 複製体ゼリー衝撃波ソニックブームが入り込む隙間が無い。

 炎の剣の一撃を複製体イーリンが避けようとしたとき、背中から強い衝撃を受けた。乱戦だから他の複製体イーリンに当たってしまった……のではない。背中を突き飛ばしたのは、鈴が持っている半分に斬られた大盾だった。バランスを崩し、避けきれなかった複製体イーリンは、右手を切り落とされてしまった。


「なっ」

「今度は炎の盾だと!」

「鈴様?!」


 鈴は物言わぬ屍だ。それは変わらない。


「生きておられるのか?」

「なら、鈴様の身体から魔力が減り続けてる理由がつかないだろ」

「それは……」

「ちょ、おい!」

「なっ」


 両手だけではなく、上半身もフワリと浮き出した。しかし両目はクワッと見開いたまま、変化がない。下半身も釣られるように浮遊する。


「おいおいおいおい!」

「ど、どうなってるんだ?」

「生きて……おられるのか?」

「まさか……そんな筈」


 バラバラだった鈴の身体は集合し、元の形を取り戻した。とはいえ、切断された身体がくっ付いたわけではない。ただ、元の位置にあるだけで、ブラブラと揺れている。そこから盾を構えると、片腕が無い複製体イーリンに向かって突っ込んできた。


「マジかっ」


 複製体ゼリーたちが一斉に衝撃波ソニックブームを放つ。物言わぬ鈴に当たると、血肉が弾け飛んだ。


「わう?!」

「なっ」


 にも拘わらず、鈴の突撃は止まらない。ボロボロの身体で片腕の無い複製体イーリンに斬り掛かった。

 防ぐ手立ての無い複製体イーリンは後ろに飛び退き、間に複製体ゼリーが割り込んだ。結界の身体を持つ複製体ゼリーは、炎の剣をその身体で受け止める。炎の剣に触れると、その身体はグニャリと変形し、綿菓子のように炎の剣に絡め取られると、吸収されてしまった。

 残り七匹。


「ゼリーは絶対あの剣に触れるな!」


 複製体イーリンが即座に叫んだ。


「「「わうっ!」」」


 答えた複製体ゼリーたちは、微妙に距離を取った。


「どうなってるんだ」

「知るかっ」

「生きて……」

「まだ言うか!」

「なら何故私たちに罰をお与えになられるというのだ!」

「罰だと?」

「ただ約束を果たそうと囚われてるだけだろ」

「ならば、早く成仏させてあげねば」

「まだ生きようとしておられるのだぞ!」

「アレで生きてるといえるのか!」

「とにかく、剣と盾が別々に襲ってくる。下手するとバラバラな身体も別々に襲ってくるかも知れないぞ」

「警戒を怠るな!」

「ああ……鈴様……」

「なにしてるっ」

「無防備に近づくな!」


 複製体イーリンは両手を広げ、鈴に近づいていく。


「貴方様がそれを望むのであれば、私は……私は……」

「止めろっ!」

「わうっ!」


 複製体イーリンたちの言うことを無視し、複製体ゼリーが身体を使って制止するも構わず歩みを続ける。無表情な鈴は、それを受け入れるかのように両手を広げた。


「ああ、鈴様っ。私を受け入れて頂けるのですね。我が神よ!」


 複製体イーリンは感涙の涙を流し、また一歩、更に一歩、歩んでいく。そして鈴の目の前まで辿り着くと、鈴をギュッと抱きしめた。


「鈴様……なんとお労しいお身体に……ああ、我々はなんと罪深き愚者なのでしょう」


 そして鈴も複製体イーリンを抱きしめる。炎の剣を背中に突き立て、炎の盾で炎の剣を更に押し込み、背中を焼く。


「うご……り、鈴様……」


 炎の剣は複製体イーリンに留まらず、鈴をも共に串刺しにしている。複製体イーリンの身体を焼きながら、その魔力を吸収し、鈴のボロボロになった身体が修復されていく。


「おお! 私が……鈴様の身体の一部に……なんという僥……倖…………」


 そして複製体イーリンが炎の武具と共に消え去ると、身体の傷が癒えた鈴だけが残った。それでも、身体はバラバラのままだったが……

 残り五人と六匹。

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