第65話

「じゃ、支払いはいつもどおりで」

「畏まりました」


 鈴が届けられた靴下を履いている最中に、イーリンは会計も済ませたようだ。鈴は予備の靴下をリュックサックに詰めると、靴を履いてイーリンに寄って手を繋いだ。


「ちゃんと履いた?」


 イーリンは鈴の足下を覗き込んで、ちゃんと履いているかわざわざ裾を捲って、それだけでは飽き足らず人差し指でつついて確認をした。


「うーん、やっぱりダッフルコートの方が楽しめたなぁ」

「なにをですか?」

「だって、ダッフルコートって下はスカートでしょ」


 靴下をつつきながら、スカートを覗き込むような体制になってぼやいた。


「イーリンさん!」


 鈴はあたかもスカートを履いているかのように、履いていないスカートを抑えた。


「うん。鈴タンはそれを見越してダッフルコートを選んだんだね」

「違いますっ」

「それを見抜けなかったあたしのミスだ」


 鈴は、違うって言ったのに、と口を尖らせた。

 イーリンは靴下をつつくのを止めて身体を起こし、鈴と向き合って両肩を掴んだ。


「今からでも遅くない。着替えよう!」

「着替えませんっ」


 そんなことを真顔で迫るイーリンに、困ったような、呆れて笑うような表情で鈴は返した。


「ほら、そこの部屋で着替えよう!」

「着替えませんっ」

「安心して。多分覗かないから!」

「だから着替えません、って〝多分〟ってなんですか! まったく」

「えー、折角買ったのにぃー」

「〝今日は〟って意味ですっ」


 希望を絶たれ、今にも膝から崩れ落ちそうなイーリンに、明日なら着てもいいですよとも捉えられる言葉を鈴は言ってしまった。


「そっか! 楽しみだなぁーふふっ」


 そんな鈴の言葉を聞いて、イーリンは明らかに明日に期待して喜びに溢れた顔をした。


「もうっ」

「ふふっ、行こ!」


 イーリンは鈴の背中を押して急かすようにした。


「あ、はい」

「またのご来店をお待ちしております」


 女将に見送られながら店を出る。

 イーリンは歩道の車道側に立ち、鈴と手を繋いで後ろ向きに歩きながら鈴の顔を見ている。


「あーやっぱり。目を擦るからすっかり腫れちゃってる」


 決して暗くない店内ではあったが、お日様の元よりは暗かった。だから店内ではよく見えないものでも、お日様の元ならよく見えるようになる。


「う……」

「そこが可愛いんだけどねぇっはははは」


 イーリンは前を向いて笑った。


「わ、笑わなくてもいいでしょ」


 鈴は恥ずかしくなり、顔を逸らした。


「泣いて目を腫らすなんて笑い事だよ。泣くだけなら目は腫れないの。擦るから腫れるんだよ。だから涙を拭くときは、ハンカチやティッシュを上から軽く押さえるだけでいいのさ」


 イーリンは人差し指を掲げ、こんなの常識だよ、と言いたげに指を振るった。


「そんなの知らないよ」

「ならよかったね。一つ賢くなった。ふふっ」


 イーリンは鈴の方を向くと、優しく微笑んだ。


「むぅー」

「それじゃ行こうか」


 イーリンは再び前を向き、鈴を先導するように歩き始めた。


「次は何処へ?」


 イーリンは眉をひそめ、顔だけ鈴の方を向いた。


「……本気で言ってる? お母さんの実家だよ」

「あ、そうでしたね」


 鈴にしてみれば、美容院、服飾店、食事処ときて、次は何処へという意味だったのだが、寄り道はここまでらしい。


「……うーん」


 イーリンは立ち止まると、怪訝そうに鈴の顔を覗き込んだ。


「な、なに? 顔になにか付いてます?」

「まだ固いなって」

「固い?」

「なんでもない」


 イーリンは頬を緩めると、前を向いて歩き始めた。


「今はそのくらいで丁度いいよ。一足飛びじゃ面白くないしぃ」

「なんですかそれ」

「気にしない気にしない。っふふふ」


 イーリンは少し上機嫌になったのか、今にもスキップしそうな勢いで歩き始めた。なので鈴はちょっと引っ張られるような感じで歩く羽目になってしまった。

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