縁結びの神様

 出雲はとにかく古いのだけど、その一つに和風月名もあると思う。和風月名ってなんだだけど、睦月、如月、弥生・・・ってやつ。今でもカレンダーに書いてあったりするやつだし、古典の授業でも習ったよね。


 この和風月名なんだけど、誰が作ったかは愚か、いつから始まったかもわからないそうなんだ。似たようなものに英語の月名はあるけど、


「あれは古代ローマ帝国だよ」


 へぇ、そうっだのか。ジューンがユリウス・カエサルにちなんだもので、オーガストが初代皇帝アウグスツスにちなんでるのか。他は?


「えっと、えっと、ジューンはユノー神にちなんでたはずだけど・・・」


 頼んないな。でも許してあげる。和風月名は日本書紀にも出て来るらしいけど、どうやら日本書紀が書かれた時代には、既に和風月名は常識としてあったで良さそうなんだ。


「万葉集にもあるらしいよ」


 その中で神無月がある。これは神無し月からそうなってるらしいけど、神がいなくなる理由があって、その月には日本中の神様が出雲に集まって会議みたいなものをするらしい。だから出雲以外には神様がいなくなってしまうから神無月となってる。


 でもさぁ、神無月って十月でしょ。十月と言ったら秋祭りシーズンじゃない。マナミの故郷だってやってるもの。あんなに盛大なお祭りやってるのに肝心の神様が不在ってどういうことよ。


「その辺は旧暦と新暦があって・・・」


 日本の神様は融通無碍だから、そこは置いとく。日本中の神様が出雲に集まって不在になるから神無月だけど、神様が集まる出雲では神無月じゃなくて神在月って呼ぶんだって。神様って八百万人もいるからさぞ騒がしいだろうな。


 でもって、出雲に集まった神様の会議でなにをやってるかだけど、なんと、なんと、縁結びの相談なんだよ。あれかな、日本各地にある良縁祈願の総決算みたいな会議なんだろうな。だけどさぁ、


「それはボクも同じだよ」


 そうなのよね。出雲の神様会議で赤い糸が結ばれてるはずなのに、どうして三組に一組も離婚するのかだ。責任者出て来いだけど大国主命だよね。


「もしかしたらキリスト教式の結婚式が原因とか」


 それはあるかも。マナミもチャペル式だった。


「ボクもそうなんだ」


 あれかな、神前式の本当の意味って、ちゃんと結ばれた事を感謝して報告する意味もあったとか。それを西洋の神様に報告したもんだから、神の怒りを買って赤い糸をぶった切られてしまうとか。


 けどさぁ、けどささぁ、神前式なら離婚しない訳でもないだろうし、チャペル式をやったからって必ず離婚する訳でもないだろうが。そうだったら誰が神前式以外で結婚式を挙げるものか。


 やっぱり大国主命以下の神様の責任だ。日本の神様ってとにかく宴会好きなんだよ。だってだよ、アマテラスが天の岩戸に隠れた時だって宴会をやらかしてるし、その宴会の様子が気になって、気になって、アマテラスが天の岩戸を開けてのぞこうとしたぐらいだ。


 年に一度の神様会議だって、会議そっちのけで連日連夜の大宴会をやらかしているに違いない。それこそ飲めや歌えやの連日連夜の大宴会の途中で、二日酔いの頭のやっつけ仕事で適当に赤い糸を結びやがったんだろう。


「じゃあ、参拝しないのか」


 そんなものするに決まってるだろ。出雲大社まで来てるのに、それをしないやつがいるものか。いくらエエ加減な神様連中でも、そいつらが結んでくれないと結ばれないだろうが。マナミは心の中で念じたよ。


『神様、マナミがようやく見つけ出した最高の伴侶です。ここまで一緒に来てお願いしてるのです。忘れたり、結び間違えたら、呪ってやる、祟ってやる』


 これぐらい脅しといたら忘れないだろ。これで出雲街道ツーリングの最終目的を果たしたぞ。これは蛇足みたいな話だそうだけど、


「あくまでも神代の神話の世界だよ」


 イザナギ、イザナミは日本を作った神様だけど、その娘がアマテラスで、息子がスサノオなんだ。あれこれあって姉弟の仲は良くなかったもだけど、ある時に和解したそうなんだ。とは言うけどさ、


「マナミの考えてることはわかるけど、古代でも実の姉弟は・・・エジプトはそうだものな」


 だって和解の誓約でなんで子どもが出来るんだよ。そこにこだわると長くなるからおいといて、スサノオが産んだ子どもの長男が天忍穂耳命で次男が天穂日命になる。まず天忍穂耳命って聞いた事の無い神様なんだけど、その息子のニニギなんたらが天孫降臨をやらかす。


 このニニギの息子が山幸彦で、さらにその息子がウガヤなんたらで、さらにその息子が神武天皇なんだよな。つまりは今の天皇家は天忍穂耳命の子孫ってことになる。天皇家の初代は神武だから、その四代前のひい爺さんになるはずだ。


 次男の天穂日命だけどなんやかんやあって、出雲の国造になるんだよ。この天穂日命は代々の出雲大社の宮司にもなり、今でも千家家として宮司やってるのに腰抜かす。つまり神話上だったら神武のひい爺さんの弟から始まった家になるんだよ。日本でも最古クラスの家じゃないかな。このクラスの家となると家柄とか由緒とかを超越してる気がする。たとえば先祖を話す時に、


『天孫降臨したニニギの叔父から始まってます』


 こんなこと言われたって、それをすぐに理解できるのが世の中に何人いるかって話だ。さらに先祖を遡ればスサノオが出て来るし、初代であるニニギの叔父さんの爺さんがイザナギだよ。そういう家の人間から見れば天皇だって、


『先祖の兄貴の家の子孫がやってます』


 こんな感じになるものな。こういう古いものはマナミも好きだし、好きだから古い街並みを見に行ったりするけど、ここまで古い家柄の人間だったら、何を見ても最近のものに見えるのじゃないかな。


「天皇家は現存する世界で一番古い王室だけど、その先祖の叔父さんの家も残ってるのは驚異的だよな」


 驚異的なのは他にもあって出雲国造の初代は天穂日命なんだけど、そこから延々と子孫が国造を継ぎ続け、現在は八十四代目なんだよ。ここなんだけど国造って無くなったはずなんだけど、


「ああ大化の改新で律令制が敷かれだしてから国造は廃止されて行って国司に置き換えられてる」


 国司って出雲なら出雲守ってやつだ。だけど出雲では国造の称号は残り続け、今だって引き継がれてるなんて信じられるかの世界だ。


「さすがに今は私称だろうけど、出雲では天穂日命時代からの国造の世界が生きてると言えるものな」


 そこまで古いのによく化石にならないものだ。

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