サヤカのわからんとこ
今日はサヤカと晩飯。サヤカはライトスクエアの社長をやってて、ビジネスの世界では皇帝陛下とまで怖れられている凄腕と言うより辣腕らしい。ちなみにマナミが勤めている会社も、元クソ夫と離婚した時にサヤカが世話してくれたライトスクエアの子会社だ。
なんか怖そうな人だと思うだろうし、瞬さんでさえエリートビジネスマン時代は近寄るのさえ怖かったと言ってるぐらいだけど、マナミからすれば減らず口の幼馴染であり親友だ。そう言えば瞬さんと会ったんだよね。
「参ったよ。マナミの借金を全部肩代わりするってね」
それでも良いかと思ったけど、
「あれを返してもらうのは五十年後で良いと言ったでしょ。まだ期限も来ていないのに肩代わりなんか誰がさせるか!」
その五十年後だけど貨幣価値は置いといて、寿命の方が危ないじゃない。
「そういうものだって事よ」
サヤカは訴訟費用を全部肩代わりしてくれたけど、まるで自販機で缶ジュースを一本買うぐらいの気楽さで出してくれた。あの時は元クソ夫とか、元クソ夫の不倫相手から取れるはずだった慰謝料とかでペイ出来るはずとサヤカも言ってたし、マナミもそのつもりだったのよ。
だけど離婚は出来たものの、伝説のトリプルクロスで子どもまで連れて夜逃げされちゃったんだよね。不倫相手もロクなのがいなくて高飛びでもしやがったのか雲隠れだ。サヤカはバリ怒りなんてものじゃなく、神戸から大阪までの探偵を総動員してでも探し出すと息巻いてた。
でもマナミは引いちゃったと言うか醒めちゃったんだよね。離婚できたからそれで良いって。それを聞いたサヤカはまさに地団太踏んでた。それでもマナミがもう追いかける気がないと知って、
『ああいう連中はそのうちカネに困ってノコノコ顔を出すはず。その時に取り立ててやるからお預けにしてやる』
そのうちっていつよと聞いたら、最初は十年ぐらいって言ってたけど、それは長すぎるって言ったら五十年にしやがったんだ。サヤカの理屈ならまだあの離婚交渉は継続中で、継続中だから清算は決着が着いてからぐらいにしたかな。
それでもあの時の費用は決して安いものじゃない。いくら親友相手でもカネの貸し借りはするだけでもトラブルのタネになるし、友情を壊すものだって言うじゃない。だから瞬さんが肩代わりしてくれても良いぐらいにはどこかで思ってた。
そうなれば今度は瞬さんに借金するようなものになるけど、瞬さんとはこのまま上手く行ってくれれば結婚できる可能性も出て来てるから、そうだな、結納金でチャラぐらいの考え方かな。
ここも問題はあって、結納金は男が出すか、女が出すかの話もあるのだけど、今ならプロポーズして相手を迎え入れる方が出すのが一般的なはずだ。金額の相場はいくらぐらいだったっけ、
「まだ婚約もしてないのに結納金代わりになんてしたら、マナミが買われたようなものになるじゃないの。あんなはした金で誰がマナミを売るものか。マナミが欲しけりゃ百億持ってこい。これだってバーゲン特価だ」
おいおい、マナミじゃなくたって百億円の価値がある女なんてまずはいないよ。
「わたしの目の黒いうちにあれは誰にも払わせない。だから五十年後よ」
その頃には死んでるか、白内障で目が白くなってるかって意味か。そうしてくれるのはありがたいけど、マナミにしたらそれでもの金額だし、サヤカに負い目を感じるじゃない。
「どうしてマナミがわたしに負い目を感じる必要があるのよ。これはマナミに悪いとは思うけど、わたしとでは金銭感覚が違うのよ」
そりゃ違うだろ。サヤカのコネでサヤカの子会社に再就職して給料はそれなりに良くなったけど、マナミは平凡な事務職の平社員。サヤカは親会社の社長だ。金銭感覚が同じの訳がない。でもさぁ、マナミにはマナミの金銭感覚があるのよ。
マナミにだってプライドがあるの。プライドはカネでは計れないとは言うけど、マナミの金銭感覚らすると負い目に感じちゃうのよ。そりゃ、負い目って言い出したら、いくら幼馴染でも、親会社の社長と子会社の平社員がタメ口叩いてるのも問題と言えば問題なんだけど、
「バカ言ってんじゃないよ。自分を誰だと思ってるのよ」
マナミだけど、
「そうだよマナミだよ。世界で一人しかいないマナミなんだよ。マナミのためだったら、会社ごと売り払っても後悔すらするものか。マナミはね、サヤカにとってそれでも足りないぐらい価値があるんだよ。あんなどこで使ったか忘れるようなカネに負い目なんか持つな!」
そう言われても、
「マナミがどれほど大切な人か。マナミに離婚の事で相談された時にどれほど嬉しかったか。わかる? あのマナミに頼られたのよ。生きてて良かったと思ったもの」
まったくわからん! とにかくサヤカはマナミになんらかの恩を感じているらしいのだけはわかるけど、それが何かがさっぱりわからん。お蔭で助かったし感謝もしてるけど、どうにも過剰すぎる気しかしないもの。
離婚交渉のために費用がサヤカにとっては、はした金なのはわかるとしても、別に返したって良いじゃない。瞬さんからの申し出を断ったのは良いとしても、マナミからだって断固拒否なのもわからん。
わからんと言えばこうして会ってることもだ。幼馴染だから会って話しても悪くはないけど、こういうシチュエーションってサヤカの方が嫌がるはずなのよね。そうだね、よくある話で学生時代にマウントを取っていた友だちがいたって言うのがある。
マウントを取ってる方は、学生時代の気分がいつまで経っても抜けないものなのよね。だから社会人になっても同じ調子で接し、話そうとするものなのよ。けどね、学生時代の関係がいつまでも同じとは限らないのよ。
社会人になれば社会人としての地位と肩書が出来る。これは社会人同士の関係のすべてを決めてしまう。似たようなものなら相撲の世界かな。相撲界も上下関係の権化みたいなところなのは有名だけど、こんな言葉がある。
『番付が一枚違えば家来も同然、一段違えば虫けら同然』
番付は社会人にもある。相撲のように番付表は出されないけど厳然としてある。これは会社内の直接の上下関係だけではなく、会社の規模や業種、会社同士の関係によって決められるし、これを読み取れるのが社会人であるとも言える。
だからあれだけ出世に誰もが血道を挙げるのじゃない。社会人として少しでも過ごしやすくなるには社会人番付を上げるしか無いからなのよ。もちろん給料にもダイレクトに連動するからね。
だから学生の乗りでマウントを取った友だちが、番付として上であれば悲劇しか生まない。そりゃ、昔馴染みだから他人行儀に徹さないといけない訳じゃないだろうけど、格下には格下に課せられる礼儀が厳然として存在するんだよ。
「礼儀をわきまえないやつはブルキナファソだ」
これは冗談でもなんでもなくごく普通に起こるんだよ。番付が下なら同期どころか後輩にもヘーコラするのが社会人の常識のイロハだからね。あれはイロハというよりあれは鉄の掟みたいなものだから、掟破りをする者には速やかに制裁が下るのが社会人だ。
だからマナミとサヤカの関係は異常なんだよ。サヤカは社長でマナミはサヤカの子会社の平社員だ。同じ会社であっても社長と平社員なら口を利くどころか、顔もまともに見れないぐらいの格差はあるのよ。ましてや親会社の社長になれば雲の上の人になる。
「でもね、その社会人のルールさえ超越した関係はあるの」
どんな関係よ。
「わたしとマナミだよ」
はぁ?
「マナミは別格も別格、超がいくつ付くか数えきれないぐらい別格なんだよ」
どんだけ別格なんだよ。サヤカがそう思い込んでるから今の関係があるのはわかるけど、サヤカが別格にする理由がわかんないだよな。子ども時代にワガママ姫だったサヤカをマナミが変えたって聞いたけど、そんなもの何十年前の話なんだよ。
サヤカのわかんないところなんだよね。こっちとしては助かるのだけど、あれは、えっとえっと、いわゆる悪女の深情けってやつ。
「誰が悪女よ。シエラレオネに行きたいの?」
誰が行きたいものか。サヤカもトンデモないところだって言ってたじゃない。
「なのよね、シエラレオネは・・・」
そこでマジレスするな。あくまでも例えだろうが。そうそうサヤカはマナミを別格扱いしてるのはわかるのよ。だって依怙贔屓を一切しないはずのビジネスの皇帝陛下が、あからさまに社内でマナミに依怙贔屓というか、
『マナミに何かしたら覚悟しろ』
こうだと事実上宣言してるのよ。お蔭で社内の居心地は良くなったと言うか、マナミまで別格扱いと言うかサヤカの眷属みたいに思われてしまってる。けどさぁ、けどさぁ、そこまで別格扱いしてくれてるのに平社員のままじゃない。
「当然よ。あんなショボイ会社の事務職しか経験が無くて、それも結婚退職してどれだけブランクがあると思ってるの。今のお手当だってどれだけもったいないか」
あのな、ブルキナファソに飛ばすとか言うのかよ。
「その価値さえない」
殺したろか。そりゃ、こんな会社に再就職できたのはサヤカがいないと逆立ちしても無理なのは百も承知だけど、それがあれだけ別格の人って力説する相手への言葉かよ。というか、サヤカはそれぐらい社員への評価は厳しいのよね。
マナミには個人的な友情はあれだけ示しても、だからと言って社員としての評価は平気でボロクソなんだ。だからビジネスの皇帝陛下とあれだけ恐れられてるだろうけどね。あれは二重人格だよ。
「誰が二重人格だ。誰が見ても人格は一つだ」
サヤカも最後のところがようわからん。
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