瞬さんのクルマ

 瞬さんもクルマ持ってるけど、それこそ口をアングリさせられたかな。それもロールスロイスとか、ベンツとか、ポルシェとか、フェラーリとか、ランボルギーニだったからじゃない。


 そのクルマはマナミも聞いた事があるし、見たこともある。とは言うものの、モンキーに出会うのも少ないけど、そのクルマはもっと少ない。それこそ人生で何度かぐらいの珍しさ。


「少ないと思います。生産台数が三千台ぐらいで、現存して言うのが千台どころか九百台も無いとされてるぐらいですから」


 製造台数がたったの三千台しかないんだよ。モンキーも出会うことが少ないけど、それでも年間で三千台ぐらいは販売されてるもの。しかも現存しているのが九百台ってなんなのよ。だから見ることがそれだけ少ないのはわかるけど、


「でもスタイルはお気に入りです」


 それは認める。可愛いし、キュートな感じがするもの。それと驚かされるのは、そのクルマが作られたのが一九六五年って何年前なんだよ。どんなクルマだって? トヨタのスポーツ800、通称ヨタハチだ。


「古いだけに我慢も必要ですが、それもまた良いところです」


 あのねぇ、我慢って言うけどレベルが違うでしょうが。まずだけどエアコンがない。これは冷房だけじゃなくヒーターすらないんだよ。だから夏はサウナみたいに暑くなる。冬だって。


「当時のタルガトップですから、どうしても隙間風が入ります」


 タルガトップって何かだけど脱着式の屋根のこと。つまりオープンカーにもなるらしいのだけど、


「あれを外すとなると・・・」


 そういうこと。脱着式だから付けたり外したりは出来るはずだけど、それをやるだけで途轍もない手間と、なんらかのトラブルが発生するとかなんとか。だから外さないらしいけど、とにかく年代物だから隙間風は平気で入ってくる。だから寒い時期に乗る時には半端じゃない防寒装備が求められる。


 そんな年代物だから静粛性なんてどこの国のクルマだって世界なんだ。走ってるとあちこちからガタピシ言うし、エンジン音だって壊れかけの洗濯機を回してるのじゃないかと思うほどウルサイ。


「あれも慣れれば楽しいですよ」


 言うまでもないけどナビどころかカーステ、いやラジオすら無いのよ。


「付けられない事もないですが、オリジナリティにこだわりがあります」


 オリジナルにこだわるのは悪い事じゃないと思うけど、シートだってよくこんなもの使ってるか思うほど古びてるのよね。クッション性なんか初めからあったのかな。


「あれを使えるようにするのも大変でして」


 とにかく年代物と言うより骨董品みたいなものだからレストアはされてるらしい。レストアは復旧って意味のはずだけど、しょっちゅう故障する。故障と言っても一度起こすと月単位の修理が必要なのよね。


 なんかさ、クルマを所有して乗り回してると言うより、クルマを所有して常に修理しているとしか見えないもの。だってだって、やっと修理が終わって、ちょっと走ったら、すぐに修理になってしまう感じだもの。そこまですぐに故障を起こすのだったら、乗らないって選択もあるとは思うのだけど、


「クルマは乗らなきゃ意味がないし、乗らないと余計に故障が増える」


 その言葉にウソはないと思うけど、あれだけすぐ故障をするのだから、乗っても乗らなくても同じの気がする。でもね、故障は置いとくとして快適性とかはマナミはそれほど気にはならないの。これでもね、マナミはバイク女子なんだ。暑い寒いは当たり前だし、静粛性とか乗り心地だってだからどうしたぐらいだ。


「そうだよ、屋根もドアもあるから雨には強い」


 あのね、クルマで雨に濡れたら存在価値はどこにあるんだよ。もっとも隙間風がビュンビュン吹き込むぐらいだから雨漏りも当然のように起こす。なかなかのクルマなんだけど、このクルマって高級車じゃないけど高額車なんだよね。


 買う時も五百万円ぐらいしたらしいけど、それより走らせるようにする維持費は想像しただけで寒気がするぐらい。それだけあれば、ロールスロイスでも、ベンツでも、ポルシェでも、フェラーリでも、ランボルギーニでも余裕で買えるはずじゃない。


「でもやっと手に入れたお気に入りだから」


 そうなのよ、絵に描いたようなお金持ちの道楽なんだ。瞬さんは無駄遣いとか、浪費とかとは縁が遠い人だけど、こういう道楽に熱中する一面があるのがわかったぐらいかな。さらに言えばクルマも好きだったぐらいだ。


 クルマは好きなんだけど、嵌ってしまったクルマがこんな状態だからクルマとしての役にはまったく立たないのよね。ドライブデートもやったことがあるのだけど、まずエンジンがかかりにくい。


 瞬さんに言わせると気温とか、その日のエンジンのご機嫌とかでコツがあるらしいけど、それこそやっとこさ状態なんだ。走行中の状態はもう良いと思うけど、目的地に着けばエンジンを切るじゃない。


 そうなると次なる試練が襲ってくる。当たり前だけどまたエンジンをかけなければならい。でさぁ、同棲前だったからドライブして、ランチを食べてラブホのコースをやったのよ。恋人同士だからありきたりのパターンだ。


 ベッドで頑張って帰ろうとしたらエンジンがかからなかったのよね。瞬さんは慌てもせずにレッカー車を呼んだけどラブホだよラブホ。レッカー車が来るまで駐車場で待たないといけないし、レッカー車にクルマを載せる作業だって、駐車場から押し出してみたいな騒ぎになったもの。


 あれは結構恥ずかしかった。だって、ラブホの駐車場に停めてるってことは、やりましたって言ってるようなものじゃない。なんか作業員の目が、


『リア充め爆発しろ』


 そう言ってる気がしたもの。クルマはレッカー車で京都の旧車専門の業者のところま’で運ばれたらしいけど、神戸から京都だぞ、


「あそこじゃないと無理だ」


 これも修理に時間がかかる理由の一つ。近所の業者では手に負えない代物なんだ。腕は良いらしいけど、依頼も多いらしくて、一度修理に出せばすぐに月単位になるのよね。とにかく手間とヒマとカネがどれだけかかってるか怖いぐらいのクルマだ。



 同棲してから瞬さんに言ったことはあるのよね。同棲って夫婦生活の予行演習みたいなものだし、買い物とかでクルマがあれば便利なのよ。いくらバイク女子だと言っても、バイクじゃ物が本当に載らないし、雨でも降ろうものなら最悪だ。


 だからもう一台買ったらどうかって。瞬さんのヨタハチこだわりは理解したし、それぐらいの費用は瞬さんの収入からなんでもないはずだけど、日常ユースのためにセカンドカーを買ったって良いじゃないの。


「それは贅沢と言うものだ」


 そりゃ、二台目を買うとなれば購入費から維持費、駐車場代のモロモロの費用が発生するけど、どんだけヨタハチに注ぎ込んでると思ってるのよ。一回の修理代だけで余裕で買えるでしょうが。


 贅沢に関係してるかどうか微妙なところもあるけど、修理中って普通は代車が来るじゃないの。代車があればヨタハチが修理中も困らないと言うか、修理中の方がクルマの有効活用が出来るはずだ。なのにだよ、


「浮気は良くない」


 なにがだ。だったらモンキーに乗るのは浮気じゃないのか。


「クルマとバイクは別物だ」


 それって本妻と現地妻の関係かよ。そこから妙な話に思いっきり脱線した。江戸時代のお殿様は正式の奥さん以外に側室と呼ばれる妾を持つじゃない。でもそんな妾でもわざわざお国御前と呼ばれるのがいると聞いた事があるのんだ。


「お国御前と言っても一様じゃないはずだけど・・・」


 江戸時代のお殿様の正式の奥さんである正室は江戸屋敷に住んでたそう。これは幕府への人質の意味もあるそうなんだ、ついでに言えば正室の子どもも江戸屋敷で育てられる。これは武家諸法度たらで厳重に取り締まられるほどだったらしい。


 けどさぁ、一年おきに国元と江戸を参勤交代で往復してるじゃない。見ようによっては一年おきに単身赴任をしているようなもの。ぶっちゃけ、国元でやれる相手がいないことになる。だから国元にも愛人と言うか、妾と言うか、側室が置かれる。女としては腹が立つけど、


「跡継ぎを増やす意味もあるからね」


 江戸時代の大名の鉄のルールに嫡子がいないとお取り潰しがあるぐらいは知ってる。正室がポンポン産んでくれれば良いけど、江戸時代の妊娠も出産も命がけ。さらに息子が生まれたって無事育つかどうかはロシアンルーレットの世界だ。


 愛情とか性欲からもあるだろうけど、家臣にとってはお殿様に息子が生まれてくれないとお家断絶になり、失業のピンチに立たされてしまう。だから国元にも奥さんを配してお殿様に励ますのも仕事の内ぐらいだったとか、なかったとか。


「正室に比べたら側室はウルサクなかったからね」


 正室はお殿様との釣り合いがすべてだそうだ。釣り合いは年齢もあるけど、それより家柄とか、結婚する妻の家との関係性とかだ。そこに結婚する二人の意志とか意向はまったく配慮されず、問答無用の決定事項として押し付けられてしまう感じかな。


 一方の側室の条件はそこまでウルサクない。時代劇なんかでよくある、お殿様が腰元に手を付けるってやつ。あれはお屋敷の腰元になれる程度の身分であればOKと見るらしい。なるほど正室より条件が広くなるな。


 ここでだけど側室は正室の支配下に置かれる掟もあるそうなんだ。だけど国元の側室となると実効性はないのか。だよな、正室の顔を見る事さえあり得ないのが江戸時代だもの。


「ここなのだけど、お国御前は国元の女から選ばれるだろ」


 そ、そうなるよな。それも家来の娘とかに限定されそうな気さえする。


「国元の家来はお国御前の息子が跡継ぎになって欲しいになるじゃないか」


 あっ、そこか。お殿様商売もお姫様商売もラクじゃないな。

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