第43話 選択と覚悟

 創造神ユグドラの周囲の空間には、まるでホログラム映像のように幾何学模様や立体物が浮かんでいる。


 その姿はまるで宇宙空間を掌握する神の様にも見える。 


 俺は息を飲み、ユグドラの言葉を待った。


「1000年前、この世界には1つの大きな争いがありました。人族と魔族——彼らが互いを忌み嫌い、果てしない戦争を繰り返していましたわ。私は彼らの憎しみを断ち切るため、彼らを2つの世界に分けることとしたのです。」

 

 彼女の声は静かでありながら、どこか重々しく、言葉の一つひとつが胸に響いた。

 ユグドラの周りに光と闇が広がり、まるで彼女の言葉が具現化されるように、世界が2つに裂けていく様子が描かれた。


「人族と魔族、それぞれが自らの世界で生きることで、一時的な平和が訪れましたわ。でも、500年ほど前から、彼らは再び領土を巡って争い始めたのです。私は彼らを再び戦争へと導くことを避けたかった……そこで、光と闇の2つの聖剣を作り出したのですわ。」


 ユグドラの手が軽く動くと、目の前に2つの剣が現れた。1つは光の魂を封じ込める闇の剣、もう1つは闇の魂を封じ込める光の剣。その美しさと同時に、その背後に隠された力が感じられる。


「私は、光の聖剣を人族に、闇の聖剣を魔族に与え、それぞれの代表……すなわち勇者と魔王が戦うことで決着をつけるようにしましたの。この方法により、大規模な戦争を避け、最小限の被害でバランスを保つことができると考えたわけなのよ。」


 ユグドラの言葉が次第に深まり、その背後にある真実が浮かび上がってきた。


「魔王となったのは純粋な魔族の血を引く王でしたわ。しかし、勇者として選ばれたオーリューン——彼は人族と魔族のハーフでしたの。彼は生まれた時から両方の種族に忌み嫌われ、その存在に苦しみ続けていました。彼の従者であるメーディアもまた、人間とエルフのハーフであり、彼女も同じように痛みを抱えていましたわね。二人は、その痛みを共有することで深い絆を結んでいたようですわ。」


 ユグドラは、オーリューンとメーディアの姿を浮かび上がらせた。彼らは苦悩の中で戦い続けていた過去が、走馬灯の様に映され、俺たちの脳裏に記憶されていく。それは理解しようと努力せずとも自動で記録されていくような不思議な感覚だった。


「オーリューンは試練を受ける中で、自分自身の二面性を確信しましたわ。そして彼は、光と闇を統べるユニークスキル 【NEW WORLD新世界秩序 ORDER】を手に入れた——」


「光と闇を統べる力?」


「ええ、あのユニークスキルは創造神である私の持つ能力に近いものだったわよ。まあ下位互換だけども神から与えられしユニークスキルを、相手を倒す事で簒奪して支配出来るとかね。彼は魔王を倒したことで、魔王の能力を奪いましたわ。でもねえ……ここに私の誤算がありましたのよ。」


「誤算……?」

 

 「ええ、本来、人族である勇者は光の聖剣しか扱えない。しかし彼は光と闇どちらの聖剣も扱える特性をもっていたのですわ。これは想定外だったわね。」


「てことは……オーリューンは闇の聖剣で勇者を倒して、神から与えられたユニークスキルを奪い、闇の聖剣に魂を封じたままにすることも可能ってことか」


「……理解が早いわね勇者拓海。代償なく奪ったスキルを使える理由も……察しがついたかしら?」


 「ああ、美月の話とも合致する。やはり勇者オーリューンと魔王ゴルゴロスは同一人物ってことだな。そして神から与えられたユニークスキルの代償は、闇の聖剣に封じられし勇者達の魂が受け続けていると……ふざけてる、理不尽だ!」

 

 「でもね、オーリューンも魔王を倒すまでは、魔族を敵と判断し、勇者らしく真摯に戦ってましたのよ」


 ユグドラが浮かび上がらせた光景には、オーリューンが魔王を倒した後、当時の大神官から魔族幹部の掃討を命じられ、苦悩する姿が映し出されていた。

 

 「勇者としての使命を果たした後、人族が魔族を迫害する様子を目の当たりにしたこと、自身もそれに加担させられることを悩み、魔族の血も入っている彼の心は再び葛藤に包まれましたの。——やがて彼はこの世界を根本から変えるためには、今以上に圧倒的な力が必要だという思想にかられていったのよ。」


 ユグドラはオーリューンの心の葛藤を映し出す、そこには彼が苦悩しつつ徐々に性格が荒れていく様子と、それを悲しそうに見守るメーディアの姿があった。


 その様子を、アルティナが複雑な表情で見つめている。

 

「まずオーリューンは、ユニークスキル【NEW WORLD新世界秩序 ORDER】で光の聖剣に封印された魔王の魂を己に取り込みましたの。それにより、彼は勇者と魔王、双方の力を持つことになりましたわ。そして魔王ゴルゴロスを名乗り、人族と敵対する存在になったのですわ」


「メーディア様は最初からそれを知った上で、王国の大神官になったのですね——やはり彼女は、裏切り者だった。」


 アルティナは魔王となったオーリューンに泣き縋るメーディアの姿を、憐れむような目線で見つめている。


 それについてユグドラは何も答えなかったが、アルティナの顔をじっと見つめて一言放った。


「あなたにも、彼女を理解できる時が来るでしょう」

 

 それを聞いてアルティナは一瞬ピクリとなったが、目を合わせず黙っていた。

 

 「オーリューンは、自分こそが、この世界の光と闇の新たな創造者になれると考えましたわ。つまり創造神である私を倒して新しい秩序を築けば、この世界を救えると盲信してしまっている……」


 「でも——それが『彼の正義』であり、『生きる意味』なのですわ。」


 ユグドラの声が静かに響く中、俺はその言葉に重みを感じた。オーリューンは、己の信じる正義のために戦っている。たしかそれは、魔族の側から見ればむしろ勇者であり、彼自身にとっての正義だ。


「オーリューンは、己の力を持って、この世界を創り変えようとしている。ですけども、それが本当にこの世界にとって最良の未来であるのか。勇者拓海……それを決めるのはあなたですわ。」


 ユグドラの言葉が胸に響いた。俺は、この世界の運命を背負っているということを改めて自覚し、その重みに心が揺れた。しかし、その一方で、オーリューンの考えにも共感してしまう自分がいることに気づいた。


 「ひとつ聞きたい、俺が元いた世界にあったゲーム、クエルクスワールドを創造したのもあなたなのか?」


「そうですわ。よく気がつきましたね」


「俺たちのような勇者を転移させるために、あのゲームで選別してたってことだろ?」


「ええ、そのとおりですわ。神から与えられるユニークスキルは、この世界に生まれた瞬間か、別世界から転移した直後にしか原則的に付与できないの。赤子が勇者に育つのを待つには時間がかかり過ぎる上に、現魔王に負けた場合能力を奪われる危険性があったの。だから別世界で——『闇のデバフ』トラウマをかかえ『光のバフ』ユニークを覚醒させた『奪われない異能』の持ち主が必要だったのよ。」


「その計画のせいで、ただゲームを楽しんでただけの人間が犠牲になったんだろ!美月だって、その兄貴だって、なんの因果でこんな異世界に……ふざけるなよ!」

 

 ユグドラは表情を変えずに、じっと俺の目を見つめた。彼女のオッドアイには怒りも、悲しみもなく、ただ無邪気で無慈悲な光と闇だけが映し出されていた。

 

「あなたがどの道を選ぶのか、創造神の失態を責めるもよし、オーリューンを止めるのもよし、私はあなたに、この世界の行末を託しますわ。あなたが真に望む未来を、自身の判断で切り拓いてくださいませ。」


 つまり——ユグドラは今、俺に首を差し出しているのだ。

 

 この場で、創造神である自分を倒し、オーリューンの理想に賛同しても構わないと言っているのだろう。


 この世界の運命は、俺に委ねられている——その責任を背負い、俺は進むべき道を選ばなければならない。


 ふとアルティナを見ると、彼女は俺の目をじっと見つめていた。

 

 そうか……『生きる意味』とは——俺は、新たな覚悟を胸に刻んだ。

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