第40話 闇と光の狭間で

 俺たちは光り輝くゲートを通り抜けた瞬間、真っ白な無垢の空間に足を踏み入れていた。見渡す限り、果てしなく続く純白の世界には音もなく、ただ静寂が支配していた。床や天井の境界線が曖昧になり、距離感がまるで掴めない。


「ここが……大神樹の内部か?」


「ええ……とても神聖な場所よ」


 アルティナが神妙な面持ちで周囲を見渡しながら言った。


 すると、いつの間にか前方に丸いガラステーブルと椅子が現れ、そこに一人の女性が座っていた。白と黒がまだらになった長い髪、体に張り付くようなタイトな黒いドレス。そして右目は太陽のように輝く金色、左目は深淵のような漆黒というオッドアイが、まるで昼と夜を映し出しているかのように異なる色を放っていた。


 その独特の風貌からも、明らかに人智を超えた存在であることを感じる。


「あなたが、創造神ユグドラか?」


「そうですわ、私はこの世界を創りし存在、ユグドラ。勇者拓海……よくここまでたどり着きましたね。」


 ユグドラの声は高貴な大人の女性のようでありながら、どこか幼さも感じさせ、まるで空間そのものが語りかけてくるような不思議な響きを持っていた。すべてを見透かしているかのような落ち着きと、意識を貫くような鋭いオーラに、俺はただ立ち尽くすしかなかった。


「この世界を創りし存在?あなたがこの世界をつくったのか?」


「その認識は、正解でもあり、不正解でもありますね。」


「聖地の人は、そういうはっきりしない言い回しが好きだな」


「私はあなたをずっと見ていました。面白いですわね、最弱の武器……棍棒縛り?まさかそんな選択をするとは思いませんでしたよ。」


「創造神ユグドラ……俺は、魔王を倒すためにここに来た。でも正直、試練などなくとも、この棍棒と異能で魔王を倒せると思っている。」


「なるほど、確かにあなたの【時を統べる者】は強力な異能ね。でも、では『絶対に』あの魔王には、勝てないでしょう。」


 そう言ってユグドラは二色の瞳で俺を見つめた。その視線には、言葉以上に揺るぎない確信が込められていた。


「【時を統べる者】のトリガーが、あなたの『妹の死』だったのは、もう自覚しているわよね。」


「……どうやって俺の記憶を探ったのか知らないけど、その話はしたくない」


「あなたがどう思おうと、魔王を倒したいならば、その過去を乗り越える『試練』を受けなければならないことは明白ですわよ……」


「なぜ『妹の死』を、あの記憶を利用する必要があるんだよ!」


俺は苛立ちながら叫んだ。


「あなたが、自覚するためですわ」


 ユグドラはじっと俺の目を見つめている。お前のことはすべてお見通しといった圧を感じる。


「……本当にそんな『試練』が必要か、やってみなければわからないだろ」


「あら、やっぱり頑固なのですね。ならば、己の無力さを、少し分からせてあげましょう……」


 その言葉が響いた瞬間、白い空間が一変した。世界は急速に闇に包まれ、俺たちの足元から広がる暗黒の空間が、まるで底知れぬ深淵へと続いているかのようだった。


「気をつけて……何かが来る!」


 アルティナが俺に警告を発した直後、その声ごと遥か彼方へと遠のいていった。


 すると、闇の中から一人の男の姿が浮かび上がった。


「彼は勇者オーリューン、かつてこの地を訪れた時点の、つまり試練を受ける前の幻影ともいっておこうかしらね。これに勝てないようでは、覚醒後のラスボスなんてお話にならないってことくらいは……わかるわよね?最強の縛りゲーマーさん」


 初めて見る勇者オーリューンの幻影。銅像では目にしてきたが、目の前にいるのは20歳くらいの青年の姿をしたオーリューンだ。その目は冷酷で、その表情には一切の感情がない。手には聖剣とは違う漆黒のオーラを放つロングソードを持っている。


「あんたが勇者オーリューンか!」


 俺は、両手に棍棒を構え一歩踏み出す。


 するとオーリューンは何も答えず両手で剣を構えた。


 まずオーリューンが剣を一度垂直に掲げた。すると上空に数本の光る剣が現れたかと思うと、俺に向かって高速で飛翔してきた。剣聖ソルと似たような技だ。


「ナメられたもんだな……!」


 俺はその遠隔攻撃を回避しながらオーリューンとの間を詰める。すると今度は地面から複数の光る剣が現れる。俺はすかさず上空に跳び上がり、すべてを【パリィ】で弾くと、そのまま回転しながらオーリューンへ攻撃を繰り出す。


「【乱撃】」


 しかしオーリューンは4連撃×2の8回攻撃をすべて【パリィ】で弾き、反撃に転じた。


 オーリューンの一撃一撃は重く、鋭く、そして容赦ない。彼はまるで俺のすべてを試すかのように、隙を見せない連撃を繰り出してきた。


 俺は集中力を高め、すべての攻撃に冷静に対処しつつ反撃の機会を伺った。


「だいたい見えた!」


 動きを見極めた俺は連続【パリィ】で攻撃力が爆上がる新ユニークスキル【虎穴】を発動した。


 するとそれに合わせるかのように、オーリューンもユニークスキルを発動する。


【閃光神技・天鳴剣】


 もしやこのタイミングであの十六連撃か!やってやるよ!凌げば俺の勝ちだ!


 俺はすべての剣撃を【虎穴】で【パリィ】すると決意し、【時を統べる者】の集中力を最高潮に高めていく。世界がスローモーションとなり、すべての連撃が緩やかに見えるはずだなのだが、オーリューンの剣速があまりにも速すぎる。迫り来る斬撃を弾くたびに、その攻撃は速度を増し、俺の対応速度を上回っていくのが分かった。しかも俺は弾くたびに【パリィ】のピークポイントが狭くなる【虎穴】を発動中なのだ。


「くっ……集中しろ!もっと!もっと遅くなれ!」


 動きは遅く見えているのに、俺の体の反応速度が徐々に追いつけなくなり、十五撃目を弾いた後はまったく動けなくなった。そしてついに、十六連撃目が俺の体に炸裂した。


「動け!動け!ああ……負けるのか…くそぉ!」


 俺の体は宙を舞い、次の瞬間、地面に叩きつけられた。痛みが全身を貫き、俺の意識は遠のいていく。


「拓海!」


 アルティナの声が遠くから聞こえるが、俺はもう自分を保つことができなかった。あの剣撃はまるで光のように速く、生物の反射速度を超えていると感じた。あの速度には物理的に追いつけない。このままでは勝てない——今の俺では、魔王を超えることは不可能だと、痛感した。


「さて、自分自身の闇と向き合う覚悟は出来たかしら?今の魔王はさっきの幻影より遥かに強いですわよ」


 ユグドラの冷たい声が響く。その声は、まるで俺の心を見透かしているかのようだった。不思議なことにオーリューンの幻影にやられたはずの傷は既に無くなっていた。


「わかったよ……試練を受ける。俺はあの化け物に勝ちたい、絶対に!」


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