第13話 奏石 天樹②
後日……俺達は暁の実家に呼び出された。
最初は考え直してくれたのかと思っていたが……違った。
暁は離婚の意思を曲げず、弁護士まで呼んでいた。
「離婚なんて嫌!! どうしてそんなことを言うの!?」
「お前が不倫したからだ」
夜空が泣きながら暁を説得し続けるけど……あいつは応じようとせず、弁護士と淡々に離婚について話を進める。
俺は我慢できなくなり……勢いよく立ち上がった。
「暁、テメェいい加減にしろよ! 不倫じゃねぇって何度言えばわかるんだよ!!」
「いい加減にするのはお前だ! このバカ息子!!」
暁に詰め寄ろうとした俺の前に立ちふさがったのは……親父だった。
訳も分からないまま、俺は親父に思い切り殴られ……無理やり別室に引きずられた。
「何すんだよ、親父!」
「お前は……お前達は自分が何をしたのか、まだわからないのか!?」
「俺達が何をしたっていうんだよ!? 俺達はただ、家族になりたいと思っているだけじゃねぇか!!」
「何が家族だ!! お前らがやったことはただの不倫だ!!」
「不倫なんかじゃねぇよ!! 俺達は純粋に……夜空を愛しているだけだ!」
「彼女は暁君の妻だろう!? 人様の妻と関係を持つことを……世間では不倫と言うんだ!!
そんな簡単なことすらわからないのか!?」
なんだよ……親父まで不倫不倫て……。
なんで俺達の気持ちがわからないんだよ!!
親父だってお袋のことを心から愛してるんだろ?
だったら……俺達の愛だって理解できるはずだ!!……そうだろ!?
「確かに夜空は暁の嫁だ……だけど、俺と流の嫁でもある!
嫁が夫とヤるのは普通のことじゃねぇか!!
なんでそれが不倫なんて話になるんだよ!!」
「おっお前……一体何を言っているんだ?」
「親父こそ何言ってるんだよ!! 夫婦は愛し合うものだっていつも親父だ言ってたじゃねぇか!!
俺達だって純粋に愛し合っているだけだ!
暁といい親父といい……どうしてわかってくれねぇんだよ!」
「天樹……よく聞け。 お前が何をどう考えているのか知らんが、日本の法律上……夫婦は2人1組だ……それ以上はない。
だからお前と流がどれだけ夜空ちゃんを愛そうが……他人の妻と関係を持ったお前たちは不倫相手でしかないんだ。
頼むから……わかってくれ」
「じゃあ何か? もしもお袋が親父と別の男を愛したいって言ってきたら、親父はお袋を捨てるのか?
「そんなことは未来永劫ないと断言できるが……万が一そうなったら離婚は辞さない」
「なんでだよ!? 心から愛しているんだろう!?」
「夫婦に限ったことじゃないが、人間同士の関係というのはおおよそ信頼の上で成り立っているんだ。
どれだけ強く長い関係であったとしても……相手の心を裏切ればもうそれまでだ!」
「だけど俺達は誰も裏切ってねぇよ!」
「100歩譲ってそうだってとしても……せめてきちんとけじめは付けろ!
愛だのなんだの言う前に、まずは暁君に誠意ある謝罪をするのが……今のお前がすべきことだろう!?」
「訳わかんねぇよ!!」
それから親父に何度話をしても……親父は俺の気持ちを理解してくれなかった。
俺は夜空の願う通り……4人で幸せに暮らしたいだけだ!
そんな俺の……俺達の熱い想いを親父に精一杯ぶつけた。
俺と流を育ててくれた親父だ……話せばわかってくれると信じていた。
なのに親父は……。
”妻が夫以外の男と関係を持てばそれは不倫”
”第二、第三の夫など、日本の法律上は認められていない”
そんなくだらねぇ理屈ばかり並べて俺の想いを否定した。
家族を大切にしろって……大事な女を守れる男になれって……ガキの頃から俺に言って聞かせていたのは親父なのに……いつからそんなつまらねぇ男になっちまったんだよ!!
『暁君に慰謝料を払って最低限の誠意を見せろ……もうそれ以上は何も言わん』
最終的に親父はそれだけ言い残して、俺を置いたまま暁達のいる部屋に戻っていった。
それは俺の気持ちを理解してくれたって訳じゃねぇ。
俺に見せる背中が”もうどうでもいい”と言わんばかりに空しく丸くなっている。
親父とここまでわかり合えない関係だったなんて……はっきり言って失望した。
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結局……暁と夜空は離婚することになり、同時に俺と流は家を出た。
別にそんなつもりはなかったけど……お袋が夜空と縁を切らないと親子の縁を切るなんて言い出しやがったんだぜ?
わからず屋の親と愛し合う女……どっちを選ぶかなんてわかりきってるだろ?
「俺は夜空と一緒になる。 それが気に入らないのなら、縁でもなんでも切れよ」
俺は夜空を選んだ……。
そして流も……大学を辞めて夜空のために働こうと腹を決めたらしい。
さすが俺の弟だ。
「うっ……どうして……どうしてよ……」
俺達が実家を出る当日……お袋はリビングで泣き崩れた。
今までお袋が泣いたところはちらほら見たことがあったけど……ここまで泣いている姿は見たことがない。
それほど俺達が実家を出るのがつらいんだろうな。
その上、嗚咽を漏らしながら何度も……。
「私達の何が間違っていたの?……」
なんて後悔じみた言葉を口にしていた。
そもそもお袋が夜空と縁を切れなんて言わなければ、俺達は家を出ようなんて決断しなかったんだ。
泣いているお袋にこんなことは酷だけど……あえて言う。
”自業自得だ”
「……」
親父は一言も口を開くことなく、泣いているお袋の肩に手を置いている。
俺達には目すら合わせようとしない。
もう俺達のことなんてどうでもいいってことかよ……親父みたいな男になりたいって思っていた分、心底がっかりだ。
「流……いくぞ」
「うん……」
俺達は今まで生まれ育った実家に背を向け……夜空の元へと向かった。
そう……これから始まる新たなる未来へ……幸せな明日へ……歩いていくんだ。
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それから俺と流と夜空は、安いアパートで肩を寄せ合って同棲を始めた。
夜空の夫として生きていくんだ……さすがにフリーターっていうのもカッコつかねぇ。
そこで俺は……安いが給料が安定している工場で作業員として働くことにした。
前々からそこで働こうか悩んでいてんだが、なかなか踏ん切りがつかなかったんだ。
そこまで金に困っている訳でもなかったしな……だが、今は夜空がいるんだ。
彼女のために安定した生活の基盤になるのは夫である俺と流の役目だ。
流は大学こそ中退したが、これまで培ってきたノウハウを活かして小さな会社の社員となった。
そして夜空は……暁との一件でパートを追われるようにやめたが、また別のパートで働き始めた。
ただ……暁のことは諦めていないみたいだ。
あれから何度も暁とよりを戻そうと会いに行ったが……暁の気持ちは変わらなかったらしい。
説得するたびに冷たく突き放されるって……夜空はいつも泣いていた。
ここまで想われていながらそんなひどい態度を取る暁に、俺は少しずつ怒りが込み上げてきた。
今も昔も……嫁を泣かせる旦那ほど最低なもんはねぇ。
そしてしまいには……誰にも行き先を告げずに暁は他県に異動してしまった。
まるで夜空から逃げるように……。
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「あっくんを探したいの! お願い、協力して!」
暁が姿を消してもなお、夜空はあいつを想い続けていた。
暁を探すために、探偵に依頼すると提案してきた。
俺と流は彼女の想いを汲んで、決して多くない給料を3人で出し合って……探偵に暁の捜索を依頼した。
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探偵はかなり優秀だったようで……思ったよりも早く暁の居場を突き止め、さらにはその現状までも調べ上げてくれた。
だがその内容は……俺達の想像を絶する最悪なものだった。
暁は信じられないことに別の女とすでに再婚して同棲していた。
写真も見せてもらったが、相手はヒカリとか言う下半身不随の女だ。
顔は良いと思うが、夜空と比べたら天と地の違いがある。
いや、それはどうでもいいか。
今、一番の問題は……暁が夜空以外の女と再婚しているという事実だ。
これにはさすがに夜空もショックを隠せず、俺達も前で声を荒げて泣いていた。
夜空は離婚しても…あいつは心のどこかで自分を想い続けていると信じていた。
そう信じていたからこそ……夜空は暁を探し続けていたんだ。
それなのに……暁は夜空以外の別の女と結婚し、幸せそうに暮らしている。
そんなの……あんまりじゃねぇか……こんな裏切り……人の心ってもんがねぇのかよ!
いくらダチとはいえ……こればかりは男として……人として許せねぇ!!
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「あっくんに直接会いに行ってくる」
夜空はそう言って暁に会いに行った。
俺達も同行しようかと言ったが、1人で行かせてほしいと言って聞かねぇから、しぶしぶ行かせた。
そして帰ってきた夜空は……暁への憎しみで一杯になっていた。
「私を裏切ったあっくんを許せない……絶対に復讐する」
暁を何とか思い直させようと……必死に説得したらしいが……あいつは今の嫁を選んだそうだ。
その上……次に姿を現したら警察を呼ぶと脅してきたらしい。
あいつも堕ちるところまで堕ちたもんだ。
「夜空さんにそんなことを……許せない!」
流も暁の裏切りを許せず怒っていた。
こいつが怒るところなんて初めて見たが……それほど夜空を想っているってことだな。
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俺達はさっそく、暁への復讐に……いや、制裁に動いた。
決行日は俺達の母校の同窓会。
暁は必ず参加する……幼馴染である俺にはあいつの性格がよくわかる。
あいつは同期達と仲が良かったからな……1回目の同窓会に参加しない訳がねぇ。
まあだからと言って、俺や夜空が参加してしまえば……あいつはすぐに帰るだろうがな。
だからこそ……俺達には協力者が必要だった。
そこで候補に挙がったのが立花という元クラスメイトだ。
あの野郎は課金癖がひどく、金に困っていると風の噂で聞いていた。
奴に金をちらつかせれば、あいつは必ず協力すると踏んでいた。
案の定……夜空が交渉に行くと、コロっと簡単に協力を申し出た。
あっけない野郎だ……。
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そして同窓会当日の夜……。
俺達が待機しているホテルの前に、立花と暁を乗せたタクシーが停まった。
暁は同窓会で飲んだ酒と立花に仕込ませた風邪薬で完全に熟睡している。
夜空は立花に謝礼を支払い、俺と流は暁を部屋まで運んだ。
ギシッ!
部屋に運んだ暁をベッドに放り投げ、俺達は夜空を待った。
ホテルの一室で男と女がやることと言ったら……1つしかねぇだろ?
「なあ夜空……もうそろそろいいだろう?」
部屋に戻ってきた夜空に俺は我慢できずに後ろから抱きしめ、そそり立つ下半身をケツにこすりつけた。
「夜空さん……僕ももう……我慢できません」
流ももう……限界みたいだ。
まるで幼児みたいに夜空に甘えやがる。
「全く……お盛んなんだから……」
夜空はそう言って、暁の服を丁寧に脱がし……奴の下半身に刺激した。
眠っているとはいえ、男ってやつは本能的に反応しちまうもんだ。
暁だって例外じゃない。
案の定……あいつの体は無意識に夜空を求めた。
「じゃあ4人で楽しみましょうか……」
夜空のその言葉を合図に、俺と流……そして暁は夜空の体を貪るように群がった。
夢にまで見たシチュエーションだからか……夜空がいつもよりも行為を楽しんでいるように思える。
だけどこれは単なる行為じゃない。
これは夜空の……俺達の暁への制裁だ。
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翌朝……。
夜空は暁のスマホから奴の嫁のIDを入手し、昨日撮影した行為中の写真を大量に送った。
加工だの編集だの……小細工なしのマジな写真。
熟睡していたとはいえ、嫁以外の女と寝た決定的な証拠。
暁は罪悪感で心を壊すだろう……嫁は裏切られたと嘆くだろう……。
そうなったら信頼関係は揺らぎ、ほぼ確実に離婚になるだろう。
それこそが俺達の考えた制裁の結末だ。
「嘘だ……嘘だぁぁぁ!!」
目を覚まし、夜空から昨日のことを写真と共に突き付けられた暁は……叫び声を上げて糸の切れた人形のように膝から崩れ落ちた。
こうなったのも全て暁の自業自得だ……後悔してももう遅い。
暁に……大切な人を裏切って傷つけると言うことが、どれだけ惨たらしいことか……どれだけ人として終わっているか……思い知ればいい。
恨むなら……夜空を裏切って別の女と再婚した下衆な自分を恨め。
「じゃあね、あっくん。 ここの支払いは私がしておくわ……元妻として最後の情けよ」
俺達は部屋を後にした……。
俺はダチとして言葉を掛けようとは思わなった。
いやもう……ダチとは呼べねぇな。
夜空の愛を踏みにじった男を……そんな風に呼ぶことはできねぇよ。
これから一生……後悔しながら苦しんで生きてくれや。
じゃあな……暁。
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こうして俺達の暁への制裁は……終わった。
これからまた3人で幸せな毎日を過ごしていくんだと思っていた……そんな矢先。
「奏石 天樹さんですね? 警察の者です」
「なっなんスか?」
「あなたを逮捕します」
工場でいつもの通り働いていると……警察が俺を訪ねてきた。
しかもいきなり逮捕するとかほざきやがった!!
その理由を尋ねると……不同意性交罪とかなんとか言う訳のわからねぇ罪だ。
要約すると……暁を俺達3人でレイプしたってことになるらしい。
いやどうしてそうなるんだよ!!
レイプって男が女を無理やり犯すってやつだろ?
全く話が違うじゃねぇか!!
「そっそんな……男相手にレイプとか、マジで言ってるんスか!?」
「警察が冗談で逮捕すると思いますか?」
それは……思わねぇけど……。
「すでに証拠も揃っています……どうか大人しくついて頂ければ、我々としては助かるのですが」
要は抵抗するなら容赦しねぇって訳か……。
正直、訳がわからねぇけど……警察に歯向かうほど俺だって馬鹿じゃねぇ。
納得できねぇけど……俺は警察に大人しく連行されることにした。
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事情聴取の際に知ったんだが……暁が被害届を出したのが、この件のきっかけだったらしい。
あの野郎……自分のことを棚に上げて、何を逆恨みしてんだよ!
ふざけやがって……そこまで性根が腐っているとは思わなかったぜ。
警察の野郎共も、あんな奴の味方をしやがって……警察は正義の味方じゃねぇのかよ!!
そしてさらに……。
「夜空が車にハネられた!?」
俺を事情聴取している刑事が俺にそう告げてきた。
「そうらしい……命に別状はないが、しばらく入院することになるだろうな」
「そんな……」
夜空は逮捕しに来た刑事におびえて逃げ出し、道路に飛び出した所を車にハネられた……ってことらしい。
今すぐにでも駆けつけてやりてぇが……警察にいる以上、それは許されねぇ。
ちくしょう!! なんで夜空がそんな目に合わないといけないんだよ……。
あいつが……俺達が一体何をしたって言うんだ……。
俺達は正当な理由で暁に制裁をしただけだ。
それがなんで罪になるんだよ……。
罪なら俺達を裏切った暁にあるはずだろ?
もう……訳がわからねぇよ……。
【次は流視点です。
このまま天樹の結末まで書いてもよかったのですが、
やはり流と足踏み揃えて、同時にエンディングを迎えてほしいと思った次第です。 by panpan 】
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