第5話 星 夜空④


「あっくん!!」


「!!!」


 私は仕事に向かう途中のあっくんを呼び止めた。

久しぶりの再会に私の胸はかすかに踊るも……あっくんはまるで化け物でも目撃したように青ざめていた。


「なっなんでお前が……」


「あっくん……その指輪は何?」


 振り返ったあっくんの指に光る指輪が日光を反射してまぶしく光っているように見えた。

答えを聞くまでもなく、あれは結婚指輪だ。


「あっくん……結婚したの?」


「だっだったらなんだよ?」


「あっくんは……私以外の女と結婚したんだ……」


「だからなんだよ?」


 悪びれる様子すら見せず、淡々と話すあっくんにぐつぐつとはらわたが煮えくり返った。


「私というものがありながらほかの女と一緒になるなんて……この裏切者!!」


 私は感情のままにあっくんを罵倒した……とはいっても、それは事実だけどね。

あっくんは私という妻がありながら……私以外の女と結婚した。

これが裏切りや浮気でなくてなんだと言うの!?


「はぁ!?」


「あっくんのこと信じてたのに……きっと帰ってくるって信じていたのに……」


「知るかよ!」


「離婚してよ! あっくんは私のことを愛してるんでしょ!?」


 私はあっくんの心に残っているであろう私への愛情を信じて呼び掛けた。

だって……私達は10年以上も一緒にいたんだよ?

そんな長い時間をかけて私達が紡いできた絆はそう簡単には消えない!!

そうでしょ?

「俺が今愛しているのは今の妻だけだ。 お前のことはもうなんとも思っていない!

どうやってここまで来たのかは知らないけど、さっさと帰ってくれ!!」


「……」


 あっくんにはっきりとそう言われた瞬間……私の中で何かが音と立てて崩れ落ちた。

あっくんの心は今……別の女の中にある。

私はもう……あっくんの中にいない……。

そう理解するしかないんだ……。

…………許さない。


「……絶対に許さない」


 無意識に私の心情が口から漏れ出ていた。

あっくんはこの世で一番大切なものを……愛を裏切った……。

それはたとえあっくんでも……許せることじゃない。

浮気は心の殺人……あっくんは私の心を……たった今、殺したんだ。

こんなにあっくんを想う私の心を……踏みにじったんだ……。


「あっくん……あっくんが愛してる女って……この女?」


 私は探偵さんからもらった証拠写真の1枚をあっくんに突き付けた。

そこにはあっくんの今の妻……つまり、私からあっくんを寝取ったビッチ女が写っている。


「なっ! なんでそんな写真を持っているんだよ!?」


「そんなのどうでもいいでしょう? それよりも……あっくんは”こんな女”を本気で妻として愛せるの?」


 ビッチ女もとい……ヒカリは顔立ちは整っていてスタイルも申し分にない……私ほどではないけどね。

だけどそれ以上にこの女には決定的な欠点がある。

それは……”下半身麻痺”。

ヒカリは何年か前に交通事故に合ったらしく……その後遺症で足に麻痺が残り、立って歩くことができなくなったと聞く。

以降ヒカリは車いすでの生活を余儀なくされ……あっくんと暮らしている家もバリアフリーな構造になっているらしい。


「愛せるよ……だから結婚したんだ」


 迷うことなくそう断言したあっくんに私の怒りはさらにヒートアップした!


「はぁ? こんな立って歩くこともできない欠陥女の何が良いの?

こんな女と一緒になったところで邪魔になるだけじゃん!」


「邪魔なんかじゃない!! ヒカリは確かに歩くことも立つこともできなけど……だからってなにもできない訳じゃない! あいつはあいつなりに人並み以上に努力を重ねているんだ!

何も知らないくせに知った風なこと言うんじゃねぇ!!」


「ハハハ!! こんな動く生ごみに何ができるって言うの? あっくん頭がどうかしちゃったんじゃない?」


「おい! 俺の妻を悪くいうな! それ以上ごちゃごちゃ言うと警察を呼ぶぞ!!」


 あっくんは懐から取り出したスマホを私に見せつけた。

本気で警察を呼ぶ気なんだ……でも逆に言えば、図星を付かれたってことじゃない?


「わかった……今は引くことにするよ。 でもこれだけは覚えておいて?

愛する人を裏切って浮気するような人間は……絶対に幸せにはなれないんだよ?」


 私はそれだけ言い残すと……その場を後にした。

警察に突き出されるわけにはいかないしね……。


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 私はその足であっくんとヒカリが住んでいる家に向かった……。

帰る前に話しておきたい相手がいるから……。


「ヒカリさんよね?」


 私は家の前を掃除していたヒカリに声を掛けた。

立ち歩きもできない分際で箒を片手に掃き掃除をしている姿は滑稽だった。


「もしかして……夜空さんですか?」


「へぇ……私のこと知ってるんだ」


「暁から何度か聞かされていますから……色々と……」


 こいつ……あっくんを呼び捨てにしやがった!!


「なれなれしく暁なんて呼ばないでよ!」


「妻が夫を下の名前で呼ぶのはおかしなことなんですか?」


「うるさい! 私からあっくんを寝取ったクズの分際で!!」


「あなたと暁はとうの昔に離婚されているのではないですか?」


「離婚したって私とあっくんは夫婦よ! 私達は愛し合っているんだから!!」


「暁は今でもあなたを愛してるって伝えたんですか?」


「そっそれは……」


「そうでないのなら、あなたの一方的な好意ということではないのですか?」


「だっ黙れ! 立つことも歩くこともできない欠陥女!! あんたなんかあっくんの重荷でしかならないんだから!!」


「確かに私は立つことも歩くこともできませんし、暁の重荷になっている自覚もあるつもりです。

ですが……そんな私を彼は愛してくれると言ってくれました。

だから私も……私なりに妻としての彼を支えようと頑張っています。

それでも力不足は否めませんが……暁が私を妻として受け入れてくれる限り、私は彼の妻として努力を惜しまないつもりです!」


 こっこいつ……欠陥品のくせに私に歯向かいやがって!!


「欠陥女が何をどう頑張ったって……まともな妻にはなれないんだよ!!

身の程を知れ!」


「夜空さん……あなたには夫が2人いると暁に聞きました」


 ヒカリは私の挑発に怒りも見せず、淡々と私に語り掛けてきた。

正直ぞっとした……。


「それが何よ?」


「私には理解が及ばない関係性ですが……あなたも”同じ妻”であるなら……自分のことを心から愛してくれる夫を精一杯支えるべきではないのですか?

こんな所で私に噛みついたり……執拗に暁に迫る時間があるのなら……もっとその方々に目を向けてあげてください」


 こっこの女……私に説教しやがった……。

あっくんを寝取ったクズ女の分際で……立ち歩きもできない欠陥女の分際で……。

私から幸せを奪い去った悪魔のくせに……。


「知った風なことを言ってんじゃねぇぇぇ!!」


「!!!」


 私の怒りは頂点に達し……ついには暴力に訴えようとするほど理性が崩壊してしまった……。


「おいっ! ヒカリちゃんに何をやっているんだ!?」


「!!!」


 だがその直後……見知らぬ中年男が私の背後から大声を浴びせてきた。

その声で私は我に還り……この場に留まるのは危険だと判断し……その場から駆け出した。

あの女……私からあっくんを奪うだけでなく、心に傷を負った私にあんな屈辱的な言葉を浴びせやがって……絶対に許さない。


 私を裏切ったあっくん……そしてあっくんを寝取ったヒカリ……あいつらには必ず報いを受けさせてやる!!


【次話は暁視点です。 夜空のアホな視点がそろそろしんどくなってきたので……一旦切り替えます。 by panpan】

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