20.高みで踊り、踊らせる【Day20・摩天楼:?】

「うわ、高いですね~……」

「あと思ったより風が強い。こんなところで踊らせるとか……」

「天候は当日にならないと分からない、とは言えだよな」


 スーツ姿の男女三人組がやいのやいのと喋っているのは、都内某所にあるビルの屋上だ。

 今度ある音楽番組にて、ここに中継が飛ぶことになっている。つまりここで歌って踊っている様を、生放送で放映するということだ。昔からよくあるロケーションだが、改めて見るとパフォーマンスにまったく適していない。本当に大丈夫か、と彼女らが首を傾げるのも無理はないだろう。


「っていうか、ここで歌わせるのは」

「歌わせないよ。雑音が入り過ぎるし、ダンスだけで手一杯だから」

「あっ、お疲れ様です!」


 お疲れ様です、とあとの二人も頭を下げる。やってきたのは背丈がそこそこ、そしてスーツに隠れた体が案外しっかりとしている眼鏡の青年だ。彼は野々宮睦月ののみやむつき。ヤギリプロモーション所属、九人組男性アイドルグループ『read i Fineリーディファイン』の結成時から支えてきたマネージャーである。現在はチーフマネージャーだ。

 そしてビルの屋上にいた三人は、『read i Fine』マネジメントの実働部隊。すなわち野々宮の部下である。


「でも野々宮チーフ、どうして俺らをここに呼んだんですか?」


 そう問い掛けるのは昨年新卒で入ったばかりの愛宕あたごだ。年相応のあどけなさと、年代的な空気の読めなさを持つ。ぱっと見では分からないけれど口が達者で、キャラクター性も相まって交渉事にはかなり強い人材だ。


「単純に一度、アイドルがどういうところで仕事をするか見といた方が良いと思って」

「それはスタジオやコンサートホール以外で、ということでしょうか」


 四角四面な話し方をするのは今年三年目のにしきである。当時の新卒では最高成績で入ってきた才媛であり、また博士号も持っているという。純粋な事務処理能力の速さを持っており、スケジューリングの要を担っている。


「そうそう。アイドルって時には『え、こんなところで⁉』っていうところでパフォーマンスするでしょ。船の上とか、展望台の中とか電車の中とか。事前にちゃんと見ておいて、注意点を彼らに示さないといけない。重大な事故に繋がるかも知れないからね」

「確かに。太一くんとか強がりそうですもんね、彼、高いとこ苦手なのに」


 そうなんですか? と驚きを示す愛宕に頷いて見せたのは、錦と同期の安井やすいである。

 良く言えば人当たりの良さそうな、悪く言えばチャラそうな風貌だが対人関係ではいちばん繊細な対応ができるのが彼だ。先程の発言でも垣間見せたが、『read i Fine』といちばん信頼関係が出来上がっているのが彼かも知れない。


「つまりそういうこと。太一くんは高い所は苦手だし、斎くんは急に大きな音が鳴ると驚き過ぎてしまう。聴覚過敏なんだよね。そういうことを考えながら、アイドルが快適に働ける環境へ近付けていくのも大事なんだよ」


 マネジメント、つまり管理業務。スケジュールもとい仕事内容、体型や心身どちらの健康も細かく見なければいけない。それはひとえにアイドルを守るためだ。身一つで人々を楽しませ、そしてありとあらゆる悪意とぶつかっていけない彼女ら彼らを、できる限り安心できる環境で伸び伸びと働けるようにする。

 アイドルのことを『大金を使って育ててきた商品』と称する人間もいるようだが、マネージャーほど近くなると到底そうは思えない。同じ世界で同じように生きている人間のひとりでしかないのだ。


「改めて言うけど、当日ここで行うのはダンスのパフォーマンスのみ。歌はリップシンクでメンバーにも了承済み。あの子たちは生歌にこだわるけど、今回はどうしても難しいってことで諦めてもらいました」

「承知しました」

「それと天候の件だけど、収録なので先方から予備日についてのお知らせが来ました。ひとまずはこの三日間のうち、どこかで晴れていればいいかなという感じです」

「台風とか来なければ何とかなりそうですね~」

「当日の入り時間、終了時間はまた追って。というかこれも天候次第かな。ただ終了時間の方は、日没するまでということにはなりそうです。テレビ局側さんが照明機材をどれだけ持ってきてくれるのか、ってとこなんで」

「まあそこは難しそうですね。分かりました、頭に入れときます」


 じゃあ撤収! という野々宮の言葉に従い、三人は階段の方へ向かう。

 今日の『read i Fine』の仕事は今のところすべてプロデューサーの難波と、補佐の堂島に見てもらっている。スケジュールは共有しているとはいえ、急いで戻らないと事故が起きるかも知れない。特にプロデューサーは最近あまり現場に出て来れていないのだ。


「野々宮チーフ、練習生時代は九人を二人で見てたんですよね?」

「そうだよ。大変だったけど、今ほどの仕事量じゃなかったからまあ、って感じ」

「なんか、その頃から見てられたのめっちゃ羨ましいです。ほんと宝物ですよね」


 そう言って愛宕はにっこりと笑った。何の気なしに良いことを言うなあ、と野々宮は感動している。

 もしかすると、次の新プロジェクトの主軸になる人物なのかも知れない。まだ年次は低いけれど、自分だって彼らと一緒に経験を積ませてもらったようなものだ。あり得ない話ではない。


「愛宕もそういうグループに出会えると良いね」

「そうですね。そういうグループに出会いたいです」

「きっと出会える。大丈夫」

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