#21:Promise.
「パパ…これ、夢…じゃないよね?」
「うん…ドッキリとかじゃない…よな?」
テレビ画面には、涙を浮かべながら、もう一人の主演女優と抱き合っている彼女の姿が映し出されていた。
それでも、ボクは未だテレビの中で起きていることが真実なのか判別できていなかった。
*******
ワタシには一瞬、何が起きているのか分からなかった。
気が付くと、未来がワタシに何か言って抱きついていた。
「花ちゃん!」
「未来…?」
「やった…花ちゃんっ!私達…やったよ!」
「うん…そっか…ワタシ達二人で一緒に…」
「そうだよ!おめでとう」
「ありがとう…未来もおめでとう」
「うん…本当に良かった…」
「二人とも、本当におめでとう」
「ありがとうございます」
真美さんからの言葉は、ワタシ達二人をずっと見てくれていた、重みのある温かいもののように感じた。
「では受賞されましたお二人は壇上にお上がり下さい」
*******
「パパっ!凄いよ!ママが!ねえ!ママー!!!」
「うん…良かった…本当に良かった…」
娘と二人で抱き合って泣いてしまうほど嬉しかった…嬉しかったけれど、これから彼女はどう立ち振る舞うのだろうか。
ボクは彼女が受賞できたことの喜びよりも、これからあの約束に立ち向かっていく彼女のことが心配でならなかった。
*******
「まずは澪を演じられました、未来さんから一言お願いいたします」
こうして壇上から見ると、多くの映画関係者や役者陣が一斉にこちらを見ていることが分かった。
ワタシの告白は、どう受け止められるのだろうか。
「この度は、この栄誉ある日本映画賞で最優秀主演女優賞を受賞できたこと、心から嬉しく光栄に思っております。十五年前と同じチーム、そしていま隣にいる私の親友である海さんと共に受賞できたこと、本当に幸せに思っております。前作のことを思い出しながら、特に海さんとは役作りから何度も………」
未来の言葉からは、ワタシを
*******
『では、続きまして海さんからも一言お願いいたします』
「ママの番だよ…」
「頑張れ花ちゃん…」
「ママ…」
私達はママの約束と覚悟の表明を前に、ソファから降りて、正座をしてテレビに視線を送っていた。
*******
「皆さんこんにちは、笑わない女優です」
会場からは笑いと拍手が起き、これからワタシが話すこととの対比で、少しだけ気持ちが楽になった。
「まずはワタシを再度キャスティングして下さった島岡監督、原作の平野先生、全てのスタッフと関係者の皆様、そしてこの作品を観る為に劇場に足を運んでくださった沢山の方々に、改めて感謝の気持ちを伝えさせて下さい。本当にありがとうございました」
*******
「ねえパパ…ママ、本当に大丈夫かな…?」
もし今からでも止められるなら、すぐにでもママを止めたかった。
たとえママが学校行事に来れなかったとしても、私が我慢すればいいことで、これでママが女優としての仕事を失ってしまうかもしれないと思うと、胸が張り裂けそうで見ているのが辛かった。
「大丈夫…何があってもボク達がいるんだ。ママは一人じゃないんだよ」
そう自分にも言い聞かせたけれど、画面越しに映る彼女を、テレビの前で応援することしかできないこの状況は、歯がゆくて悔しかった。
(頑張れ花ちゃんっ…)
*******
「この作品に臨むにあたって、ワタシには二つの課題がありました。一つは笑顔の灯を演じること、もう一つは母親を演じることでした。ワタシは…あることがきっかけで、笑顔を作ることが出来なくなりました…でも、この作品では隣にいるワタシの唯一の親友、未来さんの助けもあって、それを取り戻すことができました。本当にありがとう」
未来には本当に感謝しかなかったし、この場でしっかりとお礼の気持ちを伝えておきたかった。
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『そして、母親という役を演じることへの想い、本当の笑顔を取り戻せたきっかけを、この場をお借りして皆様にお話させて頂きたいと思います』
ママはなんて話すのだろうか。
さっきまで女優の顔をしていたママの姿は、笑顔を取り戻したあの日のように、普通の女の子の顔をしていた。
*******
「ワタシには娘がいます」
会場内からは驚きの声が上がっていたけれど、ワタシはそれを割るように話を続けた。
「今回共演した娘という意味ではなく、ワタシ自身の本当の娘です」
ワタシは出来る限り、女優:海としてではなく『佐々木 花』として話すよう意識して言葉を紡いでいた。
「娘から笑顔を取り戻すきっかけを与えられ、自分は幸せになってもいいんだなと思うことが出来ました。娘の為なら、全てを捨ててでも『母親として何でもしてあげたい』そういう気持ちを思い出せたこと、その想いが母親としての役作りに活かせたと思っています」
気付くと未来が傍にいて、背中にそっと手を添えてくれていた。
*******
『ワタシは…今回この賞を受賞出来なければ、女優を辞めるつもりでした。ですが、今日こうして作品を評価して頂き、役者としても評価して頂けたことで、今までお話できなかったことを、こうして皆様にお伝えする覚悟を決めることが出来ました』
ボク達は彼女が抱えていた覚悟の重さと大きさが、これ程までに彼女に
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「ワタシは今日この場で、このお話をさせて頂いたことを後悔していません」
いま、彼と娘はどう思ってくれているだろう。
*******
『ワタシは母親として、これからは胸を張って生きていたいと思っています。遠回りしても格好悪くても良いんです。皆さんもどうか自分を大切にしてあげて下さい。もっともっと自分を褒めてあげて下さい。時には逃げ出してしまうこともあるかもしれません。ほんの少しだけ勇気を出して、顔を上げて前を向いてみて下さい。いつか太陽に照らされて、綺麗な花が咲くと、希望を抱いて生きていて下さい。本日は本当にありがとうございました』
会場からは「頑張れ」とか「応援してる」なんて言葉が飛び交っていた。それはきっと、ママが真っ直ぐに女優の仕事に向き合ってきた証で、周りの人からのママに対する評価なんだと思うと誇らしかった。
涙を流しながら話していたママの言葉は、まるで私達家族のことを指しているようで、心に深く浸透していた。
「パパ…」
「っぐ、ううう…」
「パパって泣き虫だよね…」
「っ…ひまだって泣いてるじゃないか」
「まぁ、パパとママの娘ですから」
私は泣き虫だ。
よく笑ってよく泣くのも、パパとママの娘なんだから仕方ない。
三人で一緒に笑って泣いて、そんな当たり前のことがこんなにも幸せなんだなと思えた。
「あっ!そうだよ…パパ!急がないと!!」
「んぇっ…もう動けそうにないんだけど…」
「何言ってんの!これからが本番でしょ!はやく
そう、私達はママに内緒にしていた作戦を決行しなければならなかった。
急いでスタジオに向かい、ママを迎える準備を始めた。
「パパはここに居て!ムービーが終わって電気が点いたら出てきてね?わかった?」
「うん…わかったよ」
「じゃ、あとでね!」
パパをこっそり隠して、凛と瞳さんの元へと急いだ。
「ハァハァ…すみませんっ…お待たせしました」
「お〜待ってたよ〜、どうだった?」
「大丈夫でしたっ…凛も待たせてごめん」
「さっぱり状況が理解できないんですけど?師匠も何も教えてくれないしさー」
「ごめんっ…もうすぐ話すからっ…」
「まあ良いんだけどさー」
「じゃあひまわりちゃん、映像は
「はいっ!丸の方でお願いしますっ」
「私は扉が開いたら電気を消せばいいんだよね?」
「うんっ…凛、任せたっ!」
「はいよー」
あとは美咲さんの運転する車に乗ったママが、ここに来るのを待つだけだ。走ったからなのか緊張してるのか分からないけれど、私の心臓はドクドクと大きく音を鳴らしていた。
*******
「あの、美咲さん…どこに向かってるんですか?」
「ちょっと見せたいものがあるんですよ」
「そうですか…」
(見せたいものって何だろう…それよりも、早く太陽くんとひまわりに会いたいな…)
美咲さんは、見覚えのあるスタジオの駐車場に車を停めて、ワタシを先導するように前を歩いていた。
「ここです」
「はぁ…あの、入っても良いですか?」
「はい!しっかりと見てあげて下さいね」
(何を見せられるんだろう…)
扉をあけると、目の前に大きなスクリーンが垂れ下がっていた。
瞬間、部屋の蛍光灯が全部消えて、暗闇の中にスクリーンの明るさだけが残っていた。
3…2…1…
「何これっ…」
スクリーンには、まだ娘が産まれる前の彼とワタシの写真、妊娠中のワタシの姿、病院で産まれたばかりの娘を抱いているワタシ、彼が娘に絵本を読んであげている姿をワタシが撮った写真、あの砂浜に三人で行った時の写真、再会してからの今のワタシ達…ゆっくりと記憶を辿るようにワタシ達家族の物語が映し出されていた。
『んっんんっ、ちょっとパパ!固まらないでよ!』
『しょっ、しょうがないだろ…緊張するんだから』
写真のスライドショーが終わると、動画が流れ始めた。
『えーっと、ママ!
『おめでとうございます…噛まずに言えたね?』
『ちょっとパパ!ちゃんとカメラ目線で話してよ!』
『おっ!おめでとうございますっ』
『ママ、本当にお疲れ様でした!これは頑張っているママの姿を見て、パパが考えたことです』
『こっ、これはひまわりが考えたことだろっ』
『元はと言えばパパが言い出したんでしょ!』
『だからって、こんな恥ずかしいことしようなんて言ってないよ!』
いつもの二人の姿を見ていると賞を貰うことよりも、女優として生きている姿を、この二人に見ていて欲しかったんだなと改めて感じた。
(ひまわりもここにいるのかな…)
『じゃあパパ!締めの言葉をお願いします!』
『えっ?!パパが締めるの?』
『いいからはやく!』
『はい…えっと、花ちゃん本当におめでとうございます。そして本当にお疲れ様でした。ボク達は傍で見守ってあげることしか出来なかったけれど、頑張った花ちゃんにプレゼントがあります』
動画が終わると、部屋の蛍光灯が光を取り戻して、何も映っていないスクリーンが取り残されていた。
「ママ!」「花ちゃん」
大好きなその二つの声は、スクリーンからではなく、本当に姿を現してワタシに呼びかけていた。
「二人とも…どうしたの?!」
「パパっ、はやく行きなさいよっ」
「う、うん…」
彼は何かを持っていて、少し恥ずかしそうにしていた。
「花ちゃん、本当におめでとうございます。これは、ひまわりが描いたデザインを元に、ボクが健さんと結子さんの力も借りて作った物です。受け取って下さい」
彼がワタシに差し出してくれたのは、三色のカーネーションが綺麗に飾られたフラワーリースだった。
綺麗な青、鮮やかな赤、淡いオレンジ…三色のカーネーションが三本ずつ並んでいた。
「ありがとう…これって…」
私も花屋の娘だ…花言葉くらい知っていたけれど、彼の口から聞きたかった。
「うん…知っていると思うけれど」
青色は、ボク達家族三人の永遠の幸福
赤色は、ひまわりから花ちゃんへの純粋な真実の愛
オレンジ色は、ボクから花ちゃんへの純粋な愛
それぞれが三本で『あなたを愛しています』
合わせて九本で『いつまでも一緒にいよう』
「花ちゃん、ボクと結婚してくれませんか?」
「ズルいなあ…でも嬉しい」
本当に頑張って来てよかった。
目を逸らさずに向き合って来てよかった。
ワタシの答えは決まっていた。
「太陽くん、ワタシと結婚してください」
「ありがとう…花ちゃん、ひまわり、ボクは二人のことを一生愛し続けると誓います」
「やったー!パパ!ママ!おめでとう!」
「ひま…どうしたのこれ」
「皆に手伝ってもらったんだよ!ねえ美咲さんっ!」
「まあ、私は花ちゃんを送ってきただけだよ」
「ねー瞳さんっ!」
瞳さん…もう何年も会っていない彼女がここにいる?
「いや〜花ちゃん久しぶり…あの、おめでとうございます」
少しバツの悪そうな顔をしていたけれど、瞳さんに褒められることは、何年経っても嬉しかった。
「瞳さん…あのっ…ワタシ、また笑えるようになりました…」
「うん…そうだね。また花ちゃんのこと撮らせて貰えると、私も嬉しいよ」
「ウチの海は高いですよ?」
「ちょっとサキ!そこは友情出演とか上手いことやってよー」
この二人のこのやり取りを見るのが本当に大好きだった。
「美咲さん、瞳さん…お二人のお陰で…ワタシ、こんなにも成長できました」
「花ちゃんの努力の賜物ですよっ」
「いや〜なんか照れちゃうね〜」
また、美咲さんと瞳さんとも一緒に仕事がしたかった。こんな気持ちを思い出すこともできた。
「あの〜、ひまちゃん?どういうこと?この人って女優の海だよね?」
「あ、ネギ子ごめん、あんたのこと忘れてた」
「ちょっとー!私かなり役に立ってたでしょ!」
「ネギ子…ちゃん?」「ネギ子…?」
急にパパとママの、よく分からないスイッチが入ったみたいで、二人で私のネギ子を囲んでいた。
「君がネギ子ちゃん?!いやぁ会いたかったんだよ!」
「ネギ子ちゃんなの?!いつも娘から話を聞いてるのよ!」
「いや、あのっ私、ネギ子じゃなくて凛っていうんですけど…あははは」
「なんだネギ子ちゃんも手伝ってくれてたのかー!まさか会えるなんて思ってなかったよ!」
「ネギ子ちゃん、いつも娘と仲良くしてくれてありがとう!あ、そうだ今度ウチに遊びに来ない?」
「ちょっとー!ひまちゃーん!ヘルプ!ヘルプ!お願いしまーす!」
どうやらウチの両親はネギ子に会いたかったらしい…
というかこれが親バカってやつなのだろうか…
(めっちゃ恥ずかしい…)
「そんなことより瞳さん!お願いできますか?」
「任せなさい!じゃあひまわりちゃんは椅子に座って、お二人さんは後ろに並んで貰えるかな」
「パパ、ママ、家族写真を撮ってもらおう!」
それからは大変だった。
凛に全てを話すと、本当に鼻血を出して紅葉おろしモドキになってしまった。
でも、私の親友はこのことを優しく受け入れてくれて、ママが学校に来るようになるまでは誰にも話さないと約束してくれた。
ちょっとバタバタしちゃったけれど、パパと私の秘密の作戦は大成功した。
あれからすぐに佐々木家を三人で訪れ、ボク達は正式に夫婦、家族となるために歩みを始めていた。
ボクは将来この店を継がせて欲しいこと、婿養子として佐々木家の名も継がせて欲しいことを伝えると、健さんも結子さんも喜んでくれていた。
その中でボクは、忘れていた問題が残っていることに気付かされることになった。
その健さんの一言は、雷に撃たれたかのような衝撃を、ボクに与えるには十分過ぎるものだった。
「長年会ってないとはいえ、ご両親にもこの話はしてあるんだよな?」
「えっ………?いま、何と………?」
「だから、君のご両親にも話をしてあるんだろ?」
忘れていた。
いや、ずっと考えないようにしてきた。
名前を変えたいと、無意識に思っていたのかもしれない。
ボクは、自分を育ててくれた両親と、兄の存在をすっかり忘れていたのだ。
積み上げてきたものが音を立てて崩れてしまいそうな、何かが何処までも永遠に追い掛けてくるような、忘れていた『あの病』が、笑みを浮かべてボクを待っていそうな絶望感と恐怖を感じていた。
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