第17話 聖女の精一杯の祝福

 1

 ジュエルはこの一週間部屋に引きこもっていた。

 フラワーにドレスを課金して天国のような時間を味わってから、婚約者を紹介されて一気に地獄に落ちたような気分だった。


 頭では分かっていた。


 貴族社会で女性は十歳である意味では、成人とみられ分家や他家、国外の有力貴族、稀に王族から婚約者をみつける。

 ほとんどが、政治が絡んでいるが……


 逆にジュエルのように婚約者が決まっていないほうが稀なのである。


「ジュエル様、本当に行かなくてよろしいんですか」

「……」

 マロンがジュエルに問うが返事がない。

「フラワー様は、学園を卒業したらウェンリーゼに帰られるそうです」

 ピクピク

 ジュエルの耳が反応した。

「婚約者であるキーリライトニング様は、オリア家の嫡男ですが、先の剣の宴でデニッシュ様の腕を切り落としてしまいました。腕は薬神の再来といわれたハンチング様が治したのですが、主を害してしまったことを反省してキーリライトニング様は東の海で海軍に入隊するようです」

(あの爽やかイケメンはどうでもいい)

「つまりは、伯爵令息が男爵家に婿入りですね。フラワー様は一人娘なので今回の婚約が成立したようです」

「……」


「きっと、フラワー様はもう王都には来ないでしょう」

「えっ! どどどっどうして」

 ジュエルはその一言で飛び起きた。


 ニヤリ

 マロンは非常に悪い顔をした。


「フラワー様は、ウェンリーゼの海を守りし海王神の巫女といわれています。ウェンリーゼは代々、海の恵みに感謝し共に生きてきた土地です。巫女であるフラワー様は、海と海王神に祈りを捧げなければなりません。よほどのことがない限り、領地より外には出ないでしょう」


「だったら、私がフェリーチェで会いにいけば! 直ぐに会いにいける」


「それは止めたほうがよろしいかと」


「なっ! なんで! 」


「フェリーチェ様は神獣でございます。まさに、空の王! そして、ウェンリーゼの海には海王神シーランドがおります。二体の神獣が出逢ったら……お分かりですよね」


「あっ…あああ」


 神獣とは、厄災にも指定されている国崩しの生ける天災である。

 一匹で国を食らう力がある生物が二匹もいればそれは、水と油であり間違いなくその余波で、大陸が滅びるといわれている。


 誇張であるとではあるだろうが、間違いなく近隣領地は地図から消し飛ぶであろう。


 ミクスメーレン共和国を襲った魔獣大行進を、フェリーチェが雷で屠ったがいい例である。


「ジュエル様、私の偉大なる主よ。貴方様の青春を捧げた女神は、貴方を待っております。どうか、今は、月に導かれし今宵は、ご自身のために青春の全てを課金してくださいませ。それが、私のささやかな願いであります」

 マロンはジュエルに跪拝した。

 祈りを捧げた。

 それは純粋なジュエルに対する敬意であり、愛おしさであり、忠誠であった。


 なぜならマロンの推しは……ジュエルなのだから。


「ありがとう! マロンお姉ちゃん

 ジュエルは一週間振りに部屋を出た。


 2


「ウォン、ウォン」


「ホウホウ」


 ジュエルは走った。


 パーティー会場までは、公爵令嬢のジュエルは馬車を使うのが貴族のマナーとされているが走った。


 服装もギリギリでパーティーにも大丈夫であろう品があり動きやすいドレスだったのが幸いした。なにより、数々の過酷な環境で推し活をしていたジュエルは銀級冒険者であり大人顔負けの体力である。




「これは、ジュエル・ダイヤモンド様、招待状を拝見いたします」


「どいてください」


「ウォン、ウォン」


 門番はホクトが《干渉》で記憶をうやむやにした。




 パーティー会場の入り口にはちょうどトリであるキーリ―とフラワーが入場する直前だった。


「フラワー様! 」


 ジュエルは叫んだ。




 聖女のドレスを着たフラワーが振り向きジュエルを見る。


 フラワーはジュエルが青春の全てを課金したドレスを栄えある卒業パーティーで着てくれたのだ。ブロンドの髪には青い造花の花を挿していた。


 ジュエルは泣きそうだった。


(本当に、綺麗だ)


(私のやってきたことは間違いじゃなかったんだ)


 ジュエルは涙をぐっと堪えた。


「ジュエル様、いらして下さったのですね。ジュエル様から頂いたドレス私には分不相応かと思いましたが……おかしくないですか」


「とても、似合ってます。私のお星様」




 お星さま、淑女が女性に対して『星』ということは「貴方様をお慕いしておりました」という意味もある。


 フラワーは驚いた。まさか、グルドニア王国序列一位であるダイヤモンド侯爵家のジュエルが、いまや世界中で時の人といわれている聖女が、辺境の男爵令嬢ごときを想ってくれていたのだ。


 トン


 キーリがジュエルの方にフラワーの背中を押した。




 ジュエルとフラワーは見つめ合った。


 それはどれくらいの時間だったのだろう。ジュエルにとってそれは一瞬であり、永遠のようであった。


 スッ


 フラワーが一歩前に出た。


「貴方様にウェンリーゼの加護があらんことを」


 ジュエルより背の高いフラワーが頬にキスをし、心を込めて祈った。


「婚約、おめでとうございます」


 ジュエルは泣いた。


 そして精一杯の祝福を言葉にした。


 ジュエルは青春の全てを課金した。

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