第41話 道のり

『よくきた。人の子よ……』

「お前は誰だ?」

わらわはスキアと呼ばれているもの。本来は人間の知から生まれた残滓ざんし

「人から生まれた?」

『ああ。君たちの悪感情から生まれた、人を滅ぼすための知恵』

「どういうことなの。スキアはただの化け物じゃないの?」

 困惑を浮かべるイリナ。

「だとしても倒すまでよ」

 杖を掲げるレジュ。

「待て。様子がおかしい。攻撃するなら、とっくにしている」

 俺は冷静になり、仲間をなだめる。

『お前らは本当に野蛮だな。妾の子が泣いておる』

「人を襲うからだろ?」

『憧れているのさ。人の善意に。だから悪感情しか持たぬスキアは襲おう』

「憧れる……?」

『そうだ。持つ者は分からないが、持たざる者は持つ者を妬む。それが人だ』

 スキアのまとめ役と思われる人型はそう告げる。

「お前らに人が何かを語る資格があるのか?」

『ないね。妾は新たなる新人類。人の亜種。故に……』

 こいつはヤバい。

 ヤバい匂いをしている。

 こんなの《過酸化水素水》にはなかった。

 β版ではなく、正式リリース版に加えられた設定なのか。

『帰れ。お主らの来るところではない』

「だが、俺たちは現に被害を受けている。対策せねばまた襲おうことになる」

『かっかっか。人間よ。甘いな』

「なにぃ?」

『人の子でも犯罪者はいるだろう?』

「!! それは……」

 つまりスキアの中でも犯罪者はいて、それがたまたま外に出た。

 理屈は分かるが、心が処理しきれない。

 このまますごすごと下がるわけにもいくまい。

 今の俺たちは人間代表になっているのだから。

「じゃあ、せめて地下にある妖刀『ムラマサ』をとってきていいか? お前らにはいらない武器だろ?」

『……』

 返事がない。どうしたのだろう。

『分かった。来い』

 人型のスキアはそのまま、こちらに向かって歩みを進める。

 入ってきたところから出ていくスキア。

『どうした? こないのか?』

「……」

 俺たちは顔を見合わせる。

 こんなに物わかりがいいとは思わなかった。

「ああ。今行く」

 俺は返事をし、そのスキアの後を追う。

『このダンジョンは母のようなもので、生きているのだ』

「やっぱり」

『そして最奥に行くにつれて知能指数があがる。人の会話も覚える。故に……』

 スキアが階段のようなものを降りていく。

 このダンジョンそのものが生き物なのだ。

 それを傷つける者もいる。

 となれば抵抗するスキアもいるってことか。

 今後は傷つけないようにするべきなのかもしれない。

 それに、魔石狙いでスキアを狩る者も多い。

 魔石はそれじたいに大量の魔力を秘めている。

 それを生活に利用しているほどだ。

 夜の光も、夕食の熱も、夏の保冷も。

 すべて魔石で補っている。

 となればスキアの討伐は自然な流れ。

 だが、スキアにとっては襲ってくる乱入者。

 生活を乱す悪。

 それが分かった。

 この世界の構造は現実よりもかなり複雑化している。

 それにスキアが生まれるのは人の悪感情から。

 となれば、人の生活が豊かになったところで生まれてくるのだろう。彼らは。

『着いたぞ』

「ああ。ありがとう」

 下手な人間よりも親切かもしれない。

 そうか。この感情が、スキアにとっては高位の存在と思わせているのか。

 彼らに一杯食わされたな。

「なるほどな。して、あなたは何故人に親切にする?」

『その質問はなかったな。妾は人より生まれし者。本質は一緒だ。ただたまに妾のように善の気持ちから生まれる者もいる。ただそれだけだ』

「善?」

『気がつかぬか? お主だよ。妾の生みの親は。ひいらぎ時尭ときたか

 俺が生みの親?

 俺の感情から生まれたということか?

 でも、だったら。

 なぜそんなに哀しいような声で言う?

「俺が善、なのか?」

『お主にはそのような力がある。哀しいことに、な』

「哀しい?」

『今は知らなくてよい。さ、持って行け』

 俺はスキアの目線の先を見つめる。

 祭壇のように盛り上がっている丘。

 その先に台座があり、その上に鎮座している刀がひとふり。

 俺はおもむろに歩き出す。

「時尭!」

「大丈夫だ。すぐに戻る」

「気をつけて」

 レジュとイリナは心配そうに見つめている。

 俺はその彼女たちの視線を受け止めて、歩みを進める。

 この先にどんな過酷なことが待っているのか、分からない。

 でも、俺は力が欲しい。

 この世界を救うために。

 このゲームから抜け出すために。

 そして、胸を張れる自分になるために。

 俺は変革しようとしている。

 ただのゲーマーじゃない。

 ただのコミュ障じゃない。

 ただありたいと願って。生きたいと願って。

 まだ終わりじゃない。

 人の世界も捨てたものではない。

 そう信じて。

 その先にあるものをみなと一緒に見たくて。

 だから変える。変われる。

 どこまでも自由に。広く、優しく。


 俺は妖刀『ムラマサ』を手にした――。

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