第4章

第56話 隠心伝微

「成程ねえ」

「成程ねえ、ではございませぬぞ!」

 ヴァスコダ=パドーリョガマはバンと机を叩き目の前にいる、先ほどの台詞を吐いた女性を睨みつけた。

「そも、貴女の配下であるあのリイカ・コッペルと申すあの者!軽々に居場所を暴かれるなど、一体どのような管理をしておるのか!」

「魔術師同士の間柄に、配下上司なんていないわ・・・と、あの娘なら言うでしょうね」

「誤魔化さずにお願いしたい、マウリベック女史!」

「誤魔化して、なんていないわよ」

 目を血走らせてがなりたてるヴァスコダのことなどどこ吹く風とでも言うように、レレンテ・マウリベックと名乗る魔術師は、涼やかに訂正を入れた。

「それに、管理不行き届き・・・とは言わないけれど。申し訳ないとは思ったから、貴方へここまで逃げてくるように伝えのですけれど?」

 御不満?と艶やかな金髪を掻き上げる仕草、永い睫毛に真っ赤なルージュとアイシャドウに彩られた相貌、スイと組みなおすスマートながらも肉感的な四肢に汲んだ腕の上に鎮座する双丘と、彼女の容姿は先の話題に出たリイカとは違い言葉通りの意味で寝物語に聞く『魔女』らしいものだった。

 その細く、フェロモンを漂わせた視線に射抜かれるだけでヴァスコダの心臓はドクンドクンと早鐘のように打ち付ける。

「そ、それについては感謝しておる。私はケルダの奴とは違う、若輩とはいえパドーリョガマ男爵家を継いだ身としては、家名を更に秀でさせて後世へと紡いでいかねばならんのだ。こんなところで死んではいられん」

「あらあら。その人は確か、改革を共になす同志、では無くて?」

「方便よ」

 揶揄うような声音の指摘に、ヴァスコダは言下にそう告げた。

「人の世とはな、マウリベック女史。誰かが必ず栄達を握り、それ以外は地に這いずるのが定めなのだ。それが改革によってであれ戦争によってであれ、な」

「・・・そう」

「そうだ。栄達を握るために皆、改革を為す者の側に着き、旧弊を打破するという側に着き、そしてそれを維持する側に着くのだ。そうでもなければ、誰が世のため人のためなどと働こうか!全ては、自身が勝利者の側に立ち、そこからの我が世の春を謳歌するために働くのだ!」

 そう、まるで演説のような強い口調で熱弁するヴァスコダの言葉を右から左に聞き流しつつ、レレンテは机の上に並べられた大小の宝石をいじっていた。

「で、あるから・・・と、すまん。つい熱くなってしまった」

「構わないわ」

 聞いてないもの、と言わないくらいの分別は、彼女にもあった。

「それより・・・あら?」

「ど、どうした!?」

 予想外、と言わんばかりのレレンテの声に、先まで余裕たっぷりだった顔を蒼白に染め、椅子を倒して立ち上がる。

「いえ、どうやら・・・リイカ、あの娘がやられたようね」

 ツン、と彼女がその伸びた爪で机の右端に置いてあった宝石を小突くと、その石はまるで燃え残った薪のようにサラリと白い灰となって崩れた。

「そ、それは一大事じゃないか!?」

「そうでも無いわ」

 そう言ってコツ、コツと宝石を摘まんで置き直す。魔術についてはズブの素人であるヴァスコダには分からないが、それを行うレレンテの手に迷いの無いことから、きっと何か意味のあることなのだろう。

 分からないから、そう彼は自分を納得させた。

「ここと・・・あとは、これ」

 そして、最後に彼女はポケットから他と比べ明らかに大きな宝石を取り出して、その真ん中へと置いた。それは真っ赤なルビーのような宝石で、その赤さはまるで血の滴る心臓のような趣である。

「・・・そ、それは?」

「これ?これはねえ、呪物」

「呪物・・・って!の、呪いだと!?」

 ガタガタと椅子を蹴飛ばして、ヴァスコダは一気に壁際まで後ずさる。その無様な姿を一しきり愉しんだ後、レレンテは「大丈夫よ」と伝えた。

「これは、ここに在るだけで意味を成すものでは無いの。ただ・・・」

「ただ?」

「これと対を為す宝石で傷つけられた対象を呪うだけの代物よ。だから、いくら近づいても・・・コレに呪われることは無いわよ?」

 しかし、いくらそう言われようと呪物は呪物である。芯は小心者であるヴァスコダにそれへと近寄る度胸は無かった。そして、レレンテもあるとは思っていなかったようで、軽くチョイチョイと指で招く素振りだけを見せるだけで特にアクションは取らなかった。

 ただ、「意気地の無いのね」と揶揄うことは忘れなかったが。

「い、意気地の無いのではない!古来より言うだろう、君子危なきに近寄らず、と!」

「虎穴に入らずんば虎子を得ずとも言うけれど、ね。それに・・・それを言うなら『危うき』、よ」

「う、五月蠅い!」

 照れたように頬を染めて、ヴァスコダはプイと視線を逸らす。貴族然として振舞う偉そうぶった態度が剥げ落ちるとまるで年頃の少年のようで、それについてはレレンテも好ましく思っていた。

「そ、それより。本当に大丈夫なんだな!?」

「しつこいわね。大丈夫よ、この宝石は今、この子の片割れが傷つけた相手を呪うのに忙しいんだもの。他を呪う余裕は無いわ」

「そ、そうか・・・。それで、その片割れというのは、どこに?」

「これの片割れ?リイカに預けてあったけれど、どう使うのかは聞いてはいないわ」

 ただ・・・と思慮深げに顎に手を当てると、

「その宝石の用途は伝えてあったし、その子が傷をつけたという反応はあったのだから・・・上手くやったのでしょう、きっと」

「そんなアバウトな・・・」

 グッタリと、疲れたように肩を落とすヴァスコダはすっかり男爵家子息としてしゃちほこ張った物言いの剥がれた口調で吐き下すと、ノロノロと椅子を直してドッカと腰かける。勿論、宝石が禍々しい光を放つ机から離れていることは言うまでもない。

「アバウト・・・確かにね。でも、それを言うなら貴方こそアバウトではなくて?」

「私?」

 反射的に自身を指を指す彼に、レレンテも「ええ、貴方」と言って指を指した。

「確実な手段を、というのなら私に操られたことにしてこの場所を領主様へご注進するべきではなくて?」

 それで不十分なら、ケルダの企みを全て暴露すればいい。母子による王国軍の一部をも抱き込んだ爵位簒奪の企みの前ではイチ男爵の悪意などスキャンダル性も含めて風の前の塵と同じだろう。

「でも、実際の貴方はこうして、私の口車に乗ってくれた。自家の抱える私兵をありったけ引き連れて私の元へ来た。それはさっき貴方が言っていた『死んではならない』という意見とは異にするものではなくて?」

 不思議そうに、レレンテは小首を傾げる。蠱惑的にも生娘のようにも見える、不思議な仕草だった。

 そして、それを見てヴァスコダもまた「フフ」と不敵とも少年のようとも取れる笑いを漏らした。

「何よ、それ?」

「いや。マウリベック女史にも分からぬことがあるのか、と思ってな」

「馬鹿にしてるの?」

「そんな訳ないだろう。感心しているだけさ」

「・・・・・・じゃあ、いいわ」

 その言葉を受けて、レレンテはフン、とどこか満足したように鼻を鳴らした。どうやら、彼女からも『妖艶な魔女』という仮面は剥がれ落ちてしまったようだ。

「で?」

「で、とは?」

「それで、貴方がここに来た理由よ。聞いてないわよ?」

「言ってないからな。そして、言う気も無い」

 何よ!と言い募ろうとしたレレンテだったが、そのタイミングでゴン、ゴンとドアが叩かれたため諦めて浮かしかけた腰を椅子へと座り込ませる。

「何だ?」

「ヴァスコダ卿へお知らせしたいことが。どうぞこちらへ」

「と、言うことだ。良いな?」

「・・・好きになさいな」

 放り捨てるように言い放つと、レレンテはフードを目深に被りなおす。それが会話が終わりだという合図だと知っていたヴァスコダは、「では」とだけ断ってからドアを開けて出て行った。

「約束は守る、それだけさ」

 ただ部屋を出しなに、ドアの開閉音に掻き消されるくらいに微かな声音でそう伝えて。

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