第52話 献魂一滴
「・・・・・・」
「あらあら?どうされたのかしら、ロットン・バウソロミャウ中佐?」
部屋へ招かれ椅子に座ったは良いものの、ソワソワと貧乏ゆすりをするロットンへ、この砦跡の首魁であるリイカは優しく語りかけた。
「い、いや・・・別に」
「強がってはいけませんよ?それに・・・分かりますよ。敵が攻めてきたので、お気を揉んでおられるのでしょう?」
「!?・・・な、何故それを!」
「これだけザワザワとすれば、誰でも分かりますよ、中佐」
ふんわりと微笑むその表情はまるで近所の優しいお姉さんのようで、肩肘を緊張させつつもロットンは幾分か解れた様子で「はあ・・・」と息を零す。
「そ、それは何とも。不覚の至りですな。・・・で、ですが」
「はい」
「どうやら、見張りの傭兵が気付いてくれたらしくてですな。何とか入り込まれる前に迎撃出来たとか。そちらの魔術師もお手を貸して頂けているようで、お手数をおかけします」
「あらあら、ご丁寧に。お気になさらず、バウソロミャウ中佐。あの人たちは別に、私の配下という訳ではありませんので」
「そ、そうですか!」
「はい。そうなんです」
そう言って、リイカはニッコリと微笑んだ。
一聴、その台詞はロットンに対する気づかいとしか聞こえないが、然にあらず。言葉遣いは兎も角、彼女は事実を伝えただけだ。この砦跡にいる魔術師は先だって闘技場へ派遣された者も含め、別に彼女の指揮命令下にある者ではない。
そもそも、魔術師とは本質的に学究の徒である。ただ自分が魔術で行えることがどこまでいけるのか、どこまでの現象が魔術で実現できるのかを探求したい、殆どの魔術師の想いはそれだけである。だから郎党を組んだり誰かを頭に据えて派閥を形成することも殆ど無い。そんなことをする時間があれば、それが寸余の時間だろうと自分の研究を進めたいと考える生き物なのだ。
無論、魔術師と言っても様々であるから権勢を狙う者、配下を増やし王様を気取る者がいない訳では無い。そも、北辺にあるカルサ王国は魔術師による、魔術師の為の国家なのだから、今更の話だ。
また、学究の徒であることは別に彼ら大多数の魔術師が平和主義者、ということともイコールではない。彼らは自分の修める分野についてはストイックだが、それによって生じる被害や影響については知ったことでは無い者が多く、それどころか学究の手助けをしてくれるパトロンのため、寧ろ積極的に世情へと介入する者が大多数を占めている。ハッキリ言って存在としては傭兵や仕事人と変わりなく、先のリファンダム離宮の一件が良い例だ。
そして、それは同時にパトロンとして魔術師を『飼い』、自分の都合の良いように使う者が存在することを意味する。彼ら金だけはあるような連中は権勢を望む者にとって、魔術以外に食っていく術を持たない魔術師なんぞは良い道具なのだ。勿論、飼う側にそれなり以上の器量が無ければ、イズサン村の領主のように腕の立つ魔術師側から一方的に食い物にされるのは言うまでもないが。
「それで・・・リイカ殿」
「はい?」
「一応聞いておきますが、こちらへお招きして頂いたご用件というのは・・・」
「ありませんよ。強いて言うなら、一度お茶会をさせて頂きたくて」
ニッコリと微笑んでどこまで本気か分からぬ弁を述べる彼女、機物操作魔術の大家であるリイカ・コッペルもまた、その大多数の一画だ。
その言葉に従うようにスイ、と人差し指を立てると、どこからともなく木製のアームが伸びてきて、くるっと指を回すと彼女の前に並べられていた2つのカップへブラウン色の液体を注いだ。
「そうですか・・・」
「心配ですか?」
「それは・・・いえ、それは、別に」
台詞とは裏腹に、ロットンはキョドキョドと視線を泳がせる。彼が視線の先に捉える彼女の指1本、それが特定の動きを見せれば忽ち自分なんぞは始末されてしまうだろうという、怯えの色がありありと伺えた。
元より彼とてこんな所、魔術師のハラワタの中になぞ来たくは無かった。ただ、上からの命令に従ってこの街における不安定化工作をこなしているだけで、その手段の1つとして上から支給される金でパトロンを気取っているだけの、極めて小市民的なイチ軍人に過ぎない。
「まあまあ、そう怯えないで下さいな。さ、こちらをどうぞ」
そう言って彼女が差し出してきたのは、さっきアームに注がせたブラウン色の液体が入ったカップだった。
「け・・・」
結構です、という喉まで出かかった言葉を飲み込む。
「け?」
「いえ。・・・頂戴いたします」
不機嫌にさせてはいけない。その一念でロットンはカップを受け取ると、碌に中身も見ずにグイと呷るように飲み干した。緊張と恐れで、味も熱さも感じたものでは無かった。
「は、はあ・・・はあ・・・。よ、良いお手並みで」
「はい、お粗末様。もっとゆっくり味わって頂いても宜しかったのですが・・・そうだ、お代わりはどうかしら?」
「は、はあ。そ、それでは・・・どうも」
カチン、と音が鳴るほどの勢いで机に置かれたカップに、先ほどと同じような手順を経て再び液体が注がれる。それをロットンは今度はじっくりと味わうように臓腑へと流し込む。それは色からは想像できない、鉄のような味がした。
「それと、バウソロミャウ中佐」
「オッフ!?・・・な、何でしょう?」
吹き出しかけた液体を何とか喉の奥へと流し込むと、ロットンは口元をハンケチでい拭いながら彼女へ応えた。
「中佐が連れてこられた部下の皆さま、どちらに?」
「ああ、彼らですか。リイカ殿が、ここには連れて入って欲しくなさそうでしたので、外で待たせてあります。い、いけませんでしたかな?」
「いえ、とてもありがたいです。私の気持ち、察して頂けて」
本当は自分が逃げ去るための合図役、であるが。
「それに、若し敵が予想以上に強くここまで迫ってきそうならば、きっと注進してくれるでしょうから・・・リイカ殿におかれましては、どうぞご安心を」
すると、まるで話す会話のタイミングを計ったように、トントンと石造りの扉を叩く音が響いた。
「おや?」
「ノック・・・ですかな?」
その音を受けて、ロットンは縋るような目で「リイカ殿」と目配せた。何せ、その扉もまたリイカの魔術的操作で動くので、彼女が動かさなければ寸も動かないのだ。
「・・・仕方ありませんね。どうぞ」
諦めたような嘆息の後にリイカが指をクイクイと短く動かすと、石棺の蓋のような扉がズズ・・・と音を立てて横にスライドした。扉が開き切る前にロットンはスックと立ち上がるとさっきまでのオドオドぶりが嘘のように姿勢をシャッキと正すとスタスタと扉まで歩み寄った。
「どうした!」
「は、中佐!敵についてですが、どうやらかなりの手練れのようです」
「フン。傭兵どもの泣き言ではあるまいな?」
「かも、しれません。しかし実情として、敵は既に砦内部に攻め入って来ている模様で、傭兵どもだけでは心許ありません。つきましては、奴らの指揮権をいただき、賊を討伐したく存じます」
「そうか・・・痴れ者どもめが」
忌々し気に吐き出し、チラと横目で背後に座るリイカを見遣った。その視線を受けて「あら?」と声を上げる彼女へ、ロットンは部下の手前もあり居丈高に申し出る。
「リイカ殿!敵も中々やるようです、部下に傭兵や・・・・」
次の句を継ぐ緊張に、ゴクン、と生唾を飲み込む。
「・・・魔術師たちを指揮させての撃滅を図りたいのですが、宜しいですかな!?」
しかし、そんなロットンの緊張なんぞ知らぬとばかりに。
「ええ、構いませんよ」
そう、リイカはアッサリとその進言を認めた。
「な!?・・・ほ、本当ですか!」
「はい。あの者たちはさっきも申しました通り、別に私の配下という訳ではありませんし。それに、こと軍事なら貴方がたが専門家ですから、きっと私どものような素人より巧く対処してくださることでしょう?」
それは形の上では疑問形だったが、それを問われた側からすれば『巧く対処させろよ』という命令にしか聞こえなかった。
「は、勿論です!お、お前たち!」
「は、はい!」
ビシリと敬礼をして返す部下へ「行け!」とだけ伝えると、ロットンは彼らへ背を向けて元の椅子へと戻ろうとする。その後ろで部下の騒ぐ声と再びドアの塞がる音が聞こえたが、それが彼の耳に入ったかは疑わしい。
「・・・・・・ふう」
いつからだろう。フラフラと、まるで熱病に浮かされたような足取りの彼がドサリと椅子に体重を預けた時には、既に彼の目は虚ろに瞬いていた。すでに聴覚も、触覚もまともに働いてはおるまい。
「お疲れ様です」
だが。そんな状態の彼に、リイカの声だけが明瞭に届いた。まるで、脳内に直接書き込まれるかのように。
「ああ・・・・・・うん」
「よいタイミングでしたよ、バウソロミャウ中佐。もっとも・・・ノックがなくとも開く心算ではありましたけれど」
「うう・・・」
何故、と問うことすら今のロットンには億劫だった。
「本当はもっと時間をかけて、もっと真っ当なやり方でやりたかったんです。・・・本当ですよ?」
そんな彼をまるで実験器具でも見るような目つきで眺めながら、リイカはさっき彼に渡したカップに残されていた液体の残りを床へ溢して始末した。
「でも、敵が来てしまって。それがかなり腕利きの魔術師ともあれば・・・ええ、ええ。そうですね、間に合うようにするしかありませんね」
独り言のように、リイカが囁く。
「でも、良かったんですよ。丁度、あと1人分で賄えますから。これより早ければもっと多くが必要でしたから、もっと大変でした」
最早呻き声を上げるしか出来ないロットンはまるで眼中にないように。リイカはまるでチェンバロを弾くような手つきを見せる。
すると、それまで壁際に置いてあった石でできたオブジェのような物体がググッと動き出した。それはまるで太く大きな腕のように動くと、クワとこれまた手のようにその先を開き、ロットンの頭を握るように掴む。
「うぐぐ」
その強さにロットンが苦痛に喘ぐような声を出すが、既に『実験材料』としか見ていないリイカがそれを止めるはずもなく。ブラブラとまるで港湾にて荷揚げに使うクレーンのような動きでその腕はロットンを運び、オブジェの脇にある石鉢へと放り込む。その鉢は大の大人で軍人でもあるロットンを優に飲み込むほど深い物であり、そしてその上には金属製の乳鉢のような棒が、ギラリと鈍い光を放っていた。
そこまで言えば、用途の説明は不要だろう。
「では」
ふんわりとした笑みのままリイカが指を曲げるとゆっくり、しかし確実に。その棒は石鉢へと、そしてその中にいるロットンのへと降りていった。
「あ・・・ああ・・・あああ!」
最後の力を振り絞って彼が上げた縋るような悲鳴も、彼女を動かすには至らない。
「ありがとうございます、中佐。貴方の尽力で、愛しき我が子は産声を上げることでしょう」
その魔術師リイカによる、魔術師らしい心からの祝辞はしかし、骨を砕き肉を押しつぶす中佐が発する最期の音により掻き消された。
まるで「聞いてやらぬ」という、儚い意思表示であるかのように。
一方その頃。
「おっと!」
砦跡の内部まで押し込んだ久秀たちは、敵が最後に結集して守りを固める1室を攻めあぐねていた。
術が使えるとは言っても2人と1匹しかいないのにどうやってそこまで?と思うかもしれないが、真相は至ってシンプルだ。
先ず、入り口にて籠る敵兵を誘いだした彼女たちは仮普請のバリケードを築いた。そして、詰めていた傭兵の多くが「敵だ、叩き出せ」とばかりにそこへ殺到してきたのを、ミルシの矢で狙い射つ。つまり局地的に攻守を逆転させたことによって守る側だった敵兵を要害へと攻めかかる側へと変貌させ、その数的不利を覆させたのだ。
だが、そうして弓によって兵を損じた側が次に考案することなぞ、百戦錬磨の久秀にしてみれば手に取るように分かる。
「だ、ダンジョーさん、あれ!?」
「ふむ、仕寄りじゃな」
正確には違うものだが、本質的には同じものだ。敵は盾や木材なんかを集めて大きな援護物を作り、その後ろに隠れて久秀たちへと迫ろうと試みたのだ。成程、それなら確かに『弓は』怖くない。
「ほれ」
しかし、それが防げるのは飽く迄、直線軌道で迫る脅威だけだ。確かに彼らが進む通路は天井が高くないので曲射の心配は要らないだろうが、それ以上の脅威が彼らへ投じられた。
言うまでもあるまい、久秀の符である。
「は?」
「うん?」
自分たちの頭を越えカラン、と軽やかな音を立てて背後に転がったその木製の物体を、傭兵たちは胡乱気な目で見つめたが、次の瞬間。
「ひ!」
一瞬で眩いを光を放ち爆発を生じさせた符の爆風と熱波を受けて、悲鳴を上げられた者はまだ幸せだっただろう。5~6人はいた傭兵は一まとまりになっていたのが禍し、諸共爆発に巻き込まれて通路を彩る赤黒い物体に成り果てたのだから。
「・・・うえぇ」
「えずくで無い、次が来よるぞ!」
「わ、分かってます、よ!」
そうした防衛戦を2、3度繰り返したところで流石に敵も突撃の非理を悟ったか、パラパラと乱雑な足音を響かせて奥へと退がっていった。正しい情報を述べればこの段階となってようやくバウソロミャウ中佐の部下が指揮に加わったので退がれた、となろうか。
事実上、この段階で砦攻めとしての大勢は決していた。多くの傭兵を失ったこともその1つだが、何より大きな要因はこの戦闘の最中に残されていた魔術師3名が全滅したことが上げられるだろう。彼の部下たちはもっと早くこいつらが非理を悟るか、他に出られる所から這い出してでも外に出て挟撃していれば、と悔やまざるを得なかった。
そうして数を1/3以下に減らして彼らは今度こそ1室に籠った『防衛戦』に移った訳だが、当たり前と言おうか、今度は久秀たちが攻めあぐねる番となった。
「うお!?」
「ダンジョーさん!」
「いや、無事じゃ」
おどけながら頭の上を擦るが、その上を掠めるように矢が飛来したことで、久秀はヒョイと首を亀のように引っ込める。ミルシも矢を射ろうと悪戦苦闘しているが、
「うわ!?」
矢先を出した途端、彼女の隠れる角へドカンとサーペンタイン(※火縄銃の祖先のようなもの)から発射された石くれが着弾した。
いくら彼女でも通路の角に身を潜めたまま矢を放つのは難しく、素振りを見せれば先に向こうへ発見されて矢やサーペンタインをお見舞いされる現状では、こちらからの攻撃は不可能に近い。
「まったく。矢玉なら兎も角、あんな物騒なものどこから仕入れよった?」
「松永殿ならご存じでしょう?武具は幾ら管理しようと、色々な方向へと流れつくものです」
「やれやれじゃ。客人には礼儀を払うものじゃというに・・・」
「おや、押しかけて来て礼節を求めますか?」
「ほっほ、違いない。礼儀知らずは儂らの方じゃったか」
しかし、こんな場面だろうと2人から軽口が失せることは無かった。そもそも彼女たちにしてみればこれ程度の局面、苦境と呼称するだに烏滸がましい。
「何でもいいですけど・・・うわ!?どうして私の方にばっかり撃ってくるんでしょうねぇ!?」
「それはあれじゃろう。儂の符への対処法を編み出したので、最早脅威で無しと思うておるからじゃろう」
「加えて、ミルシ嬢の方が攻撃動作が見つけ易い、というのもあるでしょうね」
「ああ、もう!で・・・何かあるんでしょうね、手立て?」
「まあの」
ジロリ、と据えた目で睨めつけるミルシに、久秀は愉快そうに頷く。
「こうして手をこまねいておればノコノコ出て来るかとも思うたが・・・中々、性根の座った奴が指揮しておる様じゃなぁ」
「でしょうか。攻勢に出る度胸の無いだけでは?」
「少なくとも果心、お主よりは戦をしっておるのう。じゃが、それだけでは及第点はやれん。では・・・」
些か鼻につく前置きの後、こしょこしょと久秀は何やら果心に耳打ちすると、その彼をミルシへ向かって放り投げた。
「おっと?」
放物線を描いて飛ぶ果心に対しても敵方から矢が数本射かけられたが、幸運なことに彼へ刺さりはしなかった。もっとも、仮に刺さったとしても、それくらいで死ぬタマではないが。
「よっと。じゃあカシンさん、ダンジョーさんは何て?」
軽く果心を受け止めたミルシは流石に話が早い。そっと彼の口元を自分の耳元へと近づける。
「あと、悪戯したら握りつぶしますから」
そう、釘を刺すことも忘れずに。
「おお、怖い怖い。では、失敬して・・・」
そうして伝えられた、久秀考案の策を聞いたミルシは先ず、クシャリと相貌を崩した。
「ん、どうしたのじゃ?」
「ダンジョーさん・・・これって」
む?と「何が悪い」と言わんばかりに小首を傾げて見せる久秀に、大きな溜息が出た。まあ、そもそも今日ここに至るまでに経験した数多の戦闘でも、散々と悪辣な手法を見せつけてきた久秀のことだ。今更御託を並べても始まるまい。
「・・・まあ、良いです。じゃあ」
「うむ。合図は任せよ」
その言葉に、2人は大きく頷き合った。勿論、彼女の肩の上に移った鼠も。
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