第26話 老魔導師

 バーバラは瞠目どうもくした。

 長い魔導師人生の中でも、こんな物は見たことがなかった。


「石鍋に貯められた魔力が、火の魔法石へ魔力を込めていく。一見すると地味じゃが、これは革新的じゃな......」


魔法の泉マギアフォンス〕が完成した翌朝。バーバラは予定通り研究所へやって来るなり、ビーチャムから一通りの説明を受けた。

 理論と構造はベテラン老魔導師にもよく理解できなかったが、今までにない物であることだけは確かだ。


「じゃあバーさん。早速だが頼む」


「あいよ」


 ビーチャムに促されて、バーバラは石鍋に魔法の杖を向けた。

 

「どれだけ入るんじゃろうか」


「満タンまで魔力が込められると青く光るはずだ。そこまで頼みたい」


「そりゃようできとるな。ほんじゃあやるか」


 バーバラの魔力注入作業は心なしか普段よりも慎重に開始した。

 大成とビーチャムはバーバラの作業を無言でじっと眺める。

 前回とこれといって変わらない光景だが、二人ともやや緊張して見守っていた。

 しばらくして......。


「ん、これは」


〔魔法の泉〕がぼんやり青く光り出した。

 魔力充填完了の合図だ。


「バーさん、ありがとう。もう大丈夫だ」


「次はこれだな」


 今度は大成が魔法石の入った布袋を持ってくると、中身を石鍋いっぱいにザーッと流し込んだ。


「〔チャージ〕」


 たったそれだけ。

 ふたを開け、魔法石を入れ、蓋を閉じ、簡単な言葉を唱える。

 たったそれだけのことで、魔導師でもなければ魔力もない大成でも、魔導具への魔力注入が可能になってしまったのだ。


「これだけでいいのか......」


「まだだぞ、タイセー。火の魔法石を実際に使用してみて問題なければそこで初めて完成だ」


「そ、そうだな!」


 急いで石鍋から火の魔法石を取り出し、炉に持っていって投げ込んだ。


「〔イグニア〕」


 問題なく火が起こった。


「おおお!」


 大成はビーチャムに向かってガッツポーズを取った。

 ビーチャムも拳を握って応えた。

 ここに〔魔法の泉マギアフォンス〕の真の完成を見たのだった。


「良かった良かった」


 バーバラは若者二人に目を細める。

 とりわけビーチャムに対しては息子を見るような眼差しでうんうんと頷いた。


「それじゃわしは行くとするか」


「えっ、もう行くのか」


「レオ。良かったな」


「〔魔法の泉〕が無事完成したことか?」


「まあそれもあるが」


「?」


「じゃあ二人とも引き続き頑張りなさい」


 そう言ってバーバラは二人へ微笑みかけると、やけにそそくさと研究所から立ち去っていった。



 ビーチャムは首をかしげる。


「バーさん。気のせいかいつもと様子が違ったような......」


「そうなのか?次の予定があって急いでただけじゃないのか?」


 今回を入れてまだ二回しか会ったことのない大成には違いがよくわからない。


 窓から気持ちの良い風が吹き込んできた。

 今日はよく晴れていて、気温も暖かい。


「完成記念に、何か食べにでも行きたい気分だなぁ」


「そうだな。後で余ったパンの耳でももらいに行くか」


「それが現実......」


「何を落ち込んでいる」


「ビーチャム」


「なんだ」


「早く金を稼ぐぞ!」


 二人がそんな会話をしている頃。

 バーバラは往来を歩いていた。

 どうも足取りが重く見える。


「あっ......」


 不意にバーバラはふらついたかと思うと、その場にうずくまってしまった。

 

「だ、大丈夫ですか?」


 女性が駆け寄ってくる。

 バーバラは顔を起こし、無理やり笑顔を作って見せた。 


「ちょいと疲れただけじゃよ」


「あっちの診療所まで...」


「本当に大丈夫じゃ。ただ一気に魔力を使い過ぎた上に休まないで出てきたからな。やはり年には勝てんわな」


 バーバラは杖をついて何とか立ち上がる。

 相変わらず心配そうに見つめる女性を横目に、バーバラは遠くを見つめて言った。


「老人のせいで若者の情熱の腰を折りたくないからな。ああ見えてレオは優しい子じゃ。こんな姿を見せたらやりたい事を遠慮してしまうかもしれん。それは絶対にダメじゃ」


 町は暖かい陽射しに照らされている。

 せっかくの快晴に雨雲を運びたくない。

 それは老魔導師の優しさと意地だった。

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