第20話 大成の想い
バーバラが帰ると、大成はさっそく具体的な事業計画を立てることにした。
「おい、何をやっている。貴様は僕の助手だろ。僕の研究を手伝え」
デスクに向かう大成へ、ビーチャムがやや苛立って見せた。
大成は自室に行かずにビーチャムのいる研究室で堂々と紙にペンを走らせている。
「もちろん手伝うぞ。でも、これもやる。バーバラさんの協力も取り付けたしな」
「トクトミタイセー。貴様はそんなに金を儲けたいのか?」
タイセーのペンがぴたっと止まる。
含みのある言い方だった。
「金儲け?」
「そうだ」
「ビーチャムは、さっきの俺の話を聞いていなかったのか?」
「もちろん聞いていた。だが
「なるほどな」
大成はゆっくりと立ちあがり、ビーチャムに体を向ける。
「なんだ?」
「ビーチャム。お前は商売を何もわかっていない」
「僕は研究者だ。わかる必要もない」
「いや、言い方が悪かったか」
「?」
「ビーチャム。お前は、人間社会というものをわかっていない」
「なんだと?」
「今朝、俺たちが食べたラスクは、パンの耳と砂糖とバターを使っている。それらはすべて商売という流れを渡ってビーチャムの手元に辿り着いた物だ。それに対してビーチャムも金銭という形で対価を支払ったはずだ。
当然のことだが、物を供給する側にも物を供給するための費用がかかっている。パン屋ならパンを作るための設備費から材料費、輸送費やら保管費やら人件費やら様々な形で費用がかかっている。そうやって作られたパンという商品に対して、売主が価格を設定し販売するわけだ。
さて、ではパン屋はかかった費用をそのままパンの値段にするのか?
違うよな。実際は費用に何割かの利益分を上乗せした価格で販売している。
当然だよな。そうしないと自分たちの生活がままならないし、パン屋を続けていくこともできない。
したがって、パン屋が一切の金儲けをやめてしまったらパン屋は潰れてしまうだろう。当たり前の話だ。
では、パン屋が潰れて困るのは誰だ?
パン屋だけじゃない。多くの一般庶民だ。近所に住む人々だ。
これはパン屋に限ったことではないよな。砂糖もバターも一緒だ。農家や製造業者や問屋も一緒だ。
そうやって商売というものがお金や利益を伴ってぐるぐる回ることで、社会は成り立っているんだ。
これらは人類が時間と知恵を積み重ねて作り上げてきたモノだ。現在の文明社会はその上に成り立っていると言ってもいい。
つまり、商売を否定するということ、商売で利益を上げることを否定するということは、人類の蓄積、ひいては文明社会の否定を意味するということだ!」
大成の顔面は紅潮していた。
熱くなりすぎた、と反省する。
しかし、言わずにはいられなかった。
若いながらも大成は元やり手営業部長だ。
会社の利益を上げるために何百という契約をもぎ取ってきた。
時に利益を追求するあまり数字に追われ自分を見失いそうになったこともある。
それでも大成は、営業として、あるいは人として、断じて道を踏み外すようなことはしてこなかった。
確かにお金を稼ぐことは好きだけど、決して金儲けだけでやってきたわけではない。
向上心を持ち、努力をし、人生や社会について考え、誇りを持ってやり抜いてきた。
だから、ビーチャムの言い方は聞き捨てならなかったんだ。
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